戦う相手を間違えるな。

やはり、今日エントリーを上げるのであれば、この話題に触れないわけにはいかない。
本日時点で以下のWebサイトに掲載されている、「当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて」というコメントについて、である。

www.kaneka.co.jp

本件のこれまでの経緯に関しては、Twitterの各種まとめサイトや「日経ビジネス」等でも取り上げられているところなので、あえてここでは書かないが、一言で申し上げるなら、伝統的な家庭内の役割分担が大きく変化した「令和」の時代の話としては、

「会社側の配慮がなさすぎる。その後の対応も稚拙にすぎる」

という話。

で、「それに対して、どういうリアクションをするのだろう」とそれなりに多くの人々が固唾をのんで見守っているところに、当事会社がWebサイトのトップページに、

「元社員の転勤及び退職に関して、当社の対応は適切であったと考えます。」

というコメントをストレートに返してきたものだから、ちょっと仰天した、というのが、本日のハイライトだった。

このリリースに至るまでの対応も含め、危機管理、広報、IR・・・、といった観点から、当事会社の対応について突っ込みたいところは多々あるのだけど、これらの点については、既に他の方がいろんなところで論じておられるようだから、それをここであえて問題提起するまでもないだろう。

ただ、長年、企業法務に従事してきた者として一点だけ突っ込みを入れておきたいところがあるとしたら、以下のくだりだろうか(強調筆者、以下同じ)。

3. 当社においては、会社全体の人員とそれぞれの社員のなすべき仕事の観点から転勤制度を運用しています。 育児や介護などの家庭の事情を抱えているということでは社員の多くがあてはまりますので、育休をとった社員だけを特別扱いすることはできません。したがって、結果的に転勤の内示が育休明けになることもあり、このこと自体が問題であるとは認識しておりません。
4. 社員の転勤は、日常的コミュニケーション等を通じて上司が把握している社員の事情にも配慮しますが、最終的には事業上の要請に基づいて決定されます

元々、当事会社の対応の是非、という話からは離れて、「転勤命令自体は法的に問題なかった」というコメントをされている方は、弁護士等の専門家の中にも多かったから、会社としてもここは自信を持って強調したい、と考えて、上記のような表現になったのだろう。

だが、転勤命令の適法性に関するリーディングケースとされる最高裁判例(最二小判昭和61年7月14日、東亜ペイント事件)*1は、以下のように説示している。

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもない」

ここで「濫用」というフレーズが使われていること、さらにこれに続く判旨が、

当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」

と、「濫用」となる場合を狭く限定するかのような内容になっていることから、「使用者の転勤命令に関する裁量は広範に認められる」というのが、これまでの人事業界、というかサラリーマン社会の定説だったのは確かである。

しかし、ここで重視すべきは、今から30年以上も前、「男性労働者は会社の言う通りに動くのが当たり前」だった時代ですら、最高裁が「転居を伴う転勤」が「労働者の生活関係に少なからぬ影響を与える」ということを指摘していたこと、そして、「転勤命令権は無制約に行使することができるものではない」と言い切っていることだと自分は思っている。

そして、「業務上の必要性」が認められる場合ですら、転勤命令が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」であるときは、「特段の事情あり」として、当該命令が無効となる余地があることを最高裁は認めている、ということも指摘しておかねばならない。

昭和61年最判以降に出された判例の多くが、上記規範のあてはめの場面で「通常甘受すべき程度」をかなり高いレベル(労働者にとっては厳しいレベル)まで認め、使用者の転勤命令の有効性をフレキシブルに認めてきた、という実態はあるのは事実だが、この「程度」に関する評価は、時代とともに当然に変わってくるもので、帝国臓器製薬やケンウッドの事件で配転命令の有効性が肯定されていたからといって、今、それと似たような事実関係の下で、最高裁が同じ判決を書くとは限らない*2

ましてや、(現時点での当事者側の主張をベースにするならば)本件においては、転勤命令を食らいそうになった当事者の「不利益」が、「通常甘受すべき程度を著しく超えない」と言い切れるだけの理屈を探す方が難しいように感じられる*3

それなのに、なぜ、上記3~4のような強気のリリース文になるのか・・・。


企業が何らかのプレスをする場合には、「多少見解が分かれるような話であっても、「強気」のコメントを打たないといけないとき」というのが必ずある。
新しい技術やサービス等に関し、世の中でもそれらに対する見解がまだ定まっていない場合(したがって、「強気」の見解を押し通すことによってそれをデファクト化することができ、しかもそれによって世の中の便益が高まる、といえるような場合)などは〝攻め”の観点から強気に出た方が良い結果になることが多いし、逆に、反社会的勢力からクレームを付けられているような場合であれば、”守り”の観点から「強気」で突っぱねても、それによって非難を受ける可能性は低いだろう。

だが、本件は、明らかにそのようなケースではないし、「強気」で言い切ったプレスリリースの内容自体、読んだ者に好印象を与えるものでは全くない*4

「中の人」としては、いきなりのツイートで会社が火だるまになったこともあって、”何としても外敵を撃退してやろうという義侠心”から、「強気」のリリースを出してきたのかもしれないが、それは蛮勇。

一連のツイートとその背景にある多くの人々の”共感”は、まさに今の時代の世相を的確に反映したものなのだから、当事会社が社会から「優れた会社」として評価を受けたいと望んでいるのであれば、それは戦うべき相手ではなかった

SNSで沸き立っている人が考えるほど、SNS上の評判は企業の業績に直結するものではないし、BtoB主体の会社となれば、それはなおさらなのだけど、「戦う相手」を間違えて無駄なエネルギーを放出している組織の中で仕事をするのは実に空しいし、そういった空気がこの先も持続するようなら、組織は確実に疲弊する。

今回はとっさにやむなく「強気」のコメントを出してしまったものの、その裏でひそかに平行して、この会社が「古い日本企業的な価値観」とも戦ってくれている(今後の転勤命令の運用を多少なりとも見直す等)のであれば、まだ救いはあるのだがなぁ・・・と老婆心ながら思わずにはいられない。


ちなみに、もう少し掘り下げると、配転命令の有効性に関する他の要件、特に「業務上の必要性」に関しては、会社側でこじつけようと思えばいくらでも理屈は出てくる*5

また、当事者も含めて多くの人が問題にしていた「他の不当な動機・目的」(会社側のプレスリリースの表現も借りつつ端的に表現するならば「育休に対する見せしめ」)については、これが認められれば一発で転勤命令を無効にできるだけのインパクトはあるものの、異動を画策した上司なり、人事担当者なりが、「実は見せしめでした」などと証言することはまず考えられないので*6、「それ以前から上司等が育休取得に対する嫌悪感を示していた」と客観的に証明できるような何か、が出てこない限り、これを立証するのはかなり難しい作業になる。

したがって、本件で転勤命令の有効性に遡って訴訟で争うとしても、争点は事実上「不利益」の程度、という評価の部分一点に委ねられることになるから、多くの弁護士は、「争ったら勝てるかもしれないけど、裁判官の匙加減一つで結論が変わるし、時間もかかりそうだし、その間の当事者の負担も大きいから、さっさと次の人生に頭を切り替えた方がいいんじゃないですか?」と労働者側にアドバイスをするのかな、と思うところ*7

そもそも、本件を法的解決に委ねたところで、ご本人やそのご家族が本当に求めていたもの(何が何でも会社に残りたかった、ということではないようだし、金銭面に強いこだわりがあるわけでもなさそうで、それよりはむしろ、育休明けでモチベーションが上がっていたタイミングでなぜ?、とか、自分の手掛けているプロジェクトに最後までかかわりたかった、といった思いの方が、当事者の憤慨の根底にはあるように思える)が満たされるのか、といえば、かなりの疑問もあるわけで、こと、こういう人生を左右するような事柄に対しては、法律、そして法律家というのは、つくづく無力だな、と感じさせられる話であったことも、最後に申し添えておきたい。

*1:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/925/062925_hanrei.pdf

*2:昭和61年最判以降の判決はあくまで事例判決に過ぎないので、ややこしい判例変更の手続きをとるまでもなく、ちょっとでも事案が異なっていれば、判断がガラリと変わる可能性はある。

*3:こういうことを言うと、「転勤命令に関する使用者の裁量がなくなってしまう」とか、「転勤命令がフレキシブルに出せないようになってしまうと、今の日本の終身雇用システムを維持できない」等々の反論が必ず来るのだが、一定以上の規模の会社であれば、当事者の利益や希望に最大限配慮しても、人を回せるだけの余裕はどこかにあるし(大きな組織では、現在の職場で仕事をし続けたい人もいれば、「上司と合わないので今すぐ他の部署に行きたい」と思っている人とか、「将来の出世につながるなら多少の場所的不利益も厭わない」と思っている人もいるのだから、本人の利益への配慮を強めたとしても、会社の選択肢がなくなるわけではない)、そもそも「終身雇用」なんて話自体がもはや砂上の楼閣のようになりつつある今、一貫したキャリアや人脈形成を寸断させるリスクがある「会社都合の異動」を野放図に認める方が、日本の雇用システムの危機につながる、ということも自覚する必要がある。かつて使用者側に配転の裁量を認めることのメリットとして説明されていたことの多くは、今の時代には通用しない、というのが自分の認識である。

*4:特に「元社員から5月7日に、退職日を5月31日とする退職願が提出され、そのとおり退職されております」というくだりなどは、この「元社員」がそのように記載した退職願を出すまでの間にどれほどの有形無形の圧力を受け、どれほど逡巡したか、容易に想像がつくところだけに、「社員が勝手にそうしたんだから、会社には責任がない」的なコメントには怒りしか湧いてこない。

*5:もっとも本件は、事業場の閉鎖等に伴ってやむに已まれず・・・という話ではないため、会社がどれだけこじつけても高度な「業務上の必要性」が認められる可能性は低いと思っていて、業務上の必要性の高低と本人の不利益の程度の大小の相関関係で有効性を判断するアプローチをとる場合には、労働者側にとって有利な材料となる可能性もある。

*6:自分の経験上、こと労働関係の事件に関しては、”(顧問弁護士等も含めて)身内”だけで行う社内調査であればもちろんのこと、裁判所で争われる段階になっても、会社側の証人やその訴訟代理人に”人間的な誠実さ”を期待するのは極めて難しい、という現実がある。

*7:ましてや、本件では転勤命令拒否→自主退職、という流れだけに、転勤命令の有効性を否定できても、その後の雇用契約の継続まで法的に認めてもらうためにはさらに高いハードルが待っている。