「知財立国」時代の残り香、のようなもの~令和元年特許法改正への雑感

余裕があるようで、ちょっと何かあるとバタバタ慌ただしくなって、ブログの更新が遅れ気味になってしまうのが最近の反省材料ではあるのだが、一つメモしておきたいネタを見つけたので、アップしておくことにする(2019年5月12日更新)。

10日の日経夕刊に、以下のような記事が載っていた。

「特許を侵害したと疑われる企業に専門家が立ち入り検査する制度を新設する改正特許法が10日午前の参院本会議で全会一致で可決、成立した。裁判所が選んだ中立公正な専門家が工場などの現場を調べ、特許を侵害した側にある証拠を押さえることができるようになる。損害賠償額の算定方法を見直し、優れた技術を持った中小やベンチャー企業の保護を強化する。」(日本経済新聞2019年5月10日付夕刊・第3面、強調筆者、以下同じ)

この改正法案の概要は、経産省のWebサイトに掲載されていて(↓参照)、「措置事項」として、大きく以下の2つが挙げられている。
www.meti.go.jp

(1)中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設

特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出する制度を創設します。

(2)損害賠償額算定方法の見直し

・侵害者が販売した数量のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとします。
・ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記します。

このうち、(2)の特許法102条の改正に関しては、各項の関係性についてこれまで様々な学説が乱れ飛んでおり、裁判所の判断も必ずしも一貫していなかった中で、102条1項に「譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合」の場合の損害額算定についての補充規定を入れた(「受けるべき金銭」による損害額推定を正面から認めた)点で、それなりのインパクトはあると思われるし、これと同趣旨の改正が意匠法、商標法でも行われている、という点でも影響は大きい*1

当初、「懲罰的損害賠償の導入」のようなエキセントリックな提言もあった中で、今回の改正は、損害賠償額算定規定を常識的な範囲に収めつつ、102条1項をより活用しやすくすることで「訴え損」を減らす、という方向の改正と理解できるだけに、評価できる面は多いのではないかと考えている。

一方、効果がよく分からないのは、上記日経紙の記事の中でも〝喧伝”されている、(1)の「査証」制度の導入に関する規定(105条の2)の新設のほう。

(査証人に対する査証の命令)
第105条の2
「裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、立証されるべき事実の有無を判断するため、相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(以下「書類等」という。)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合において、特許権又は専用実施権を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があると認められ、かつ、申立人が自ら又は他の手段によつては、当該証拠の収集を行うことができないと見込まれるときは、相手方の意見を聴いて、査証人に対し、査証を命ずることができる。ただし、当該証拠の収集に要すべき時間又は査証を受けるべき当事者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるときは、この限りでない。」

(査証)
第105条の2の4
「2 査証人は、査証をするに際し、査証の対象とすべき書類等が所在する査証を受ける当事者の工場、事務所その他の場所(次項及び次条において「工場等」という。)に立ち入り、又は査証を受ける当事者に対し、質問をし、若しくは書類等の提示を求めることができるほか、装置の作動、計測、実験その他査証のために必要な措置として裁判所の許可を受けた措置をとることができる。」
「3 執行官は、第百五条の二の二第三項の必要な援助をするに際し、査証の対象とすべき書類等が所在する査証を受ける当事者の工場等に立ち入り、又は査証を受ける当事者に対し、査証人を補助するため、質問をし、若しくは書類等の提示を求めることができる。」
「4 前二項の場合において、査証を受ける当事者は、査証人及び執行官に対し、査証に必要な協力をしなければならない。」
(査証を受ける当事者が工場等への立入りを拒む場合等の効果)
第105条の2の5 査証を受ける当事者が前条第二項の規定による査証人の工場等への立入りの要求若しくは質問若しくは書類等の提示の要求又は装置の作動、計測、実験その他査証のために必要な措置として裁判所の許可を受けた措置の要求に対し、正当な理由なくこれらに応じないときは、裁判所は、立証されるべき事実に関する申立人の主張を真実と認めることができる。」

確かに条文だけ読めば、査証手続きそれ自体も、立入りを拒んだ場合の効果も相当強烈なのは間違いないのだけど、問題は、「今、日本国内で起きている特許侵害係争で、ここまでの制度を入れたところで結論が変わるような事件があるのか?」ということと、「この制度の導入を促進した政府・自民党が強く意識している中小企業やベンチャー企業がこの制度を使いこなせるのか?」という点にある。

そもそも、特許訴訟における証拠収集に関しては、昨年成立した「不正競争防止法等の一部を改正する法律」の中で、特許法105条(書類の提出等)が改正されており*2、裁判所がより早い段階(「当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類に該当するかどうか」を判断する段階)でインカメラ審理に入れるようになっているし(105条2項)、専門委員のインカメラ審理への関与も認められた(105条4項)。

そして、それを受けて、書類提出命令の審理に際しても、「原告側に書類を開示しないまま書類提出命令の申立てを却下」していた従前の取扱いを改め、

「実務の運用上は、当該書類の秘密の核心をなす部分を黒塗りするなどした写しを作成して、これを書証として任意に提出し、秘密保持契約を締結するなどした上で原告訴訟代理人に当該書証を開示して確認させるという方法もあり得る。営業秘密の保護と相手方の納得という観点からは、上記の方法のほうが、円滑な訴訟進行が図れるように思われる。」(高部眞規子「証拠収集をめぐる特許法改正」ジュリスト1525号46頁(2018年))

という考え方も裁判所関係者から示されていたところだった。

特許訴訟の本質は、「被告の製品・サービスやそれを生み出す方法が、言語化された「特許請求の範囲」の中に含まれるかどうか」であって、それを抽象的な技術論争の場にすることは許されない、と自分は思っているし、それを前提とするならば、訴訟の場での審理対象になり得るのも、自ずから「言語化・文書化されたもの(被告製品・サービスの構成に関する当事者の主張とそれを支える書証)だけ」ということになってくる。

だとすれば、審理の過程で当事者に積極的な主張・立証を促し、それでもダメなら(原告としては)既にある書類提出命令の制度を使いこなして、必要な書類を審理の場に出させることで必要十分ではないか? というのが自分の考えだっただけに、昨年の改正法が施行され、これからその威力が発揮されるかを見定めよう・・・という時に、さらに屋上屋を架すような制度を突っ込むのはどうなのかなぁ、というのが、今回の特許法改正に対する率直な感想である。

もちろん、これまでの特許侵害係争やそこから発展した訴訟等の中で、訴えられた側(特に大企業)が、「営業秘密」を盾に、何かと理由を付けて証拠の提出を拒む態度をとってきた、という現実があることは否定できないし、そういった”逃げ道”を封じるために(自主的な証拠提出を促すために)ドラスティックな「査証」制度まで導入せざるを得なかったのだ、という説明もあり得るだろう。

ただ、その背景には、日本の中小企業やベンチャー企業が振りかざしてくる「特許」や、そのバックにある〝技術思想”の多くが、それだけで被告企業側の実用化に向けた長年の努力や多額の投資に優越するような代物とは到底評価できない、というリアルな現実もあるわけで*3、原告側の立証を充実させるための様々なオプションを追加したところで、それをめぐる攻防が新たに惹起され、無駄に裁判コストが膨らむだけで、立法者が意図している(?)ような正義衡平にかなう結果からはより遠ざかるだけではないか、と思っている。

また、既に特許の数だけなら日本を凌駕している中国やその他の新興国の企業が、こういったオプションを駆使して、日本の大企業にプレッシャーをかけてくる事態も十分想定しなければいけないだろう*4


かつて「知財立国」というフレーズを掲げた時代から、日本を取り巻く状況は大きく変わってしまったし、その中で特許政策に関しても抜本的に見直すことが急務だと自分は思っているのだけど、そんな中、あたかも「下町ロケット」にインスパイアされたような、無邪気な「中小企業×特許」志向の政策を見せられてしまうと、どうしても辟易してしまう。

今回の改正はあくまで「平成時代」の落とし胤。

自分も、今は無名のベンチャー企業が、この先、日本発のイノベーションをけん引していく可能性があることを否定するつもりは全くないし、それを支えていく社会的な基盤は必要だと思っていて、あとは、それを小手先の「政策」(法改正)で実現するのか、地に足の付いた正攻法の「実務」で成し遂げるのか、の考え方の違いでしかないのだが、「新しい時代には新しい発想が必要。そしてそれは特許政策に関しても例外ではない。」ということは、ここで強調しておきたいと思っている。

※なお、「下町ロケット」に関しては約8年前に書いたエントリーのとおりで、現在に至るまでそれ以上でもそれ以下でもない、と思っているので、一応再掲。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*1:もっとも、あくまでこれらは懲罰的な損害賠償ではなく、日本の損害賠償理論の枠組みの中での損害額「推定」規定に過ぎないため、改正後も「特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。」という留保が付されている点には一応留意する必要があると思われる。

*2:改正条文についてはhttps://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/sangyozaisan/document/fuseikyousou_h300530/05.pdfの56~57頁参照。

*3:もちろん、中小企業が持ち込んだ技術を大企業がそのまま召し上げて使ってしまった、というようなケースであれば話は別だが、そういうケースでは、どんなに特許法の制度を変えたところで、「被害者」の救済を正面から図ることは難しいのではないかと思っている(今の日本の取引慣行を前提とすれば、召し上げられた企業が相手やその同業者との取引を続けようと思う限り、裁判で争う、という選択肢は封じられてしまうので・・・)。

*4:今回の改正では、査証人が作成した査証報告書も秘密保持命令の対象となるし(第105条の4)、査証人自身の秘密漏示罪も規定されているから(第200条の2)、査証手続を通じて営業秘密を知得しよう、という試みは、制度上は排斥される仕組みにはなっているのだが・・・。