すったもんだの末に・・・。~令和元年改正独禁法成立。

さすがに気付いてはいたものの、記事の扱いとしては非常に小さかったし(見出しも含めて雑件欄で僅か8行)、翌日の朝刊でのフォローもなし、と、1年前にまさかの”足踏み”の憂き目を見た割にはあっさりと可決成立してしまった感のある改正独禁法

公正取引委員会の課徴金減免制度を見直す改正独占禁止法が19日午前の参院本会議で全会一致で可決、成立した。談合・カルテルを自主申告した企業への課徴金について、公取委調査への協力度合いに応じて減免幅を拡大する。調査に協力するインセンティブを高め、違反行為の解明につなげる。2020年末の施行を目指す。」(日本経済新聞2019年6月19日付夕刊・第3面)

1年前に法案提出が「見送り」となった際の経緯もあり*1、今回の改正に関しては、いわゆる「弁護士・依頼者間秘匿特権」の観点から注目されている方も多いと思うのだが*2、この記事の書き方を見ても分かるとおり、公取委がオフィシャルなリリース*3の中で「改正法の概要」として紹介しているのは、以下の4点(実質的には3点)だけ。

(1)課徴金減免制度の改正
減免申請による課徴金の減免に加えて,新たに事業者が事件の解明に資する資料の提出等をした場合に,公正取引委員会が課徴金の額を減額する仕組み(調査協力減算制度)を導入するとともに,減額対象事業者数の上限を廃止する。
(2)課徴金の算定方法の見直し
課徴金の算定基礎の追加,算定期間の延長等課徴金の算定方法の見直しを行う。
(3)罰則規定の見直し
検査妨害等の罪に係る法人等に対する罰金の上限額の引上げ等を行う。
(4)その他所要の改正を行う。

「秘匿特権」に関しては、その他の欄に「いわゆる弁護士・依頼者間秘匿特権への対応として,新たな課徴金減免制度をより機能させるとともに,外部の弁護士との相談に係る法的意見等についての秘密を実質的に保護し,適正手続を確保する観点から,改正後の独占禁止法の施行に合わせて,独占禁止法第76条に基づく規則や,指針等を整備することとしている。」と淡々と記載しただけで、その方向性については「別紙2」(「事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の取扱いについて」)のペーパーで一応示されているものの、あくまで「公取委の規則制定権の範囲内で善処します」というレベルの話であることに変わりはない。

もちろん、平成29年4月の「独占禁止法研究会報告書」をはじめ*4、これまで数々の場面で、当局が「秘匿特権」に対して極めて冷淡な対応をしてきたことを考慮すれば、まがりなりにも公取委自身が「秘匿特権」を考慮した運用を正面から認めた、というのは、ただの一歩どころではなく、大きな”進歩”であるのは間違いない*5

ただ、今回の改正全体を見ると、そうでなくても恣意的な要素が入っているように見えがちな手続の中で、課徴金に関する当局の裁量幅をより広げる*6方向での改正をする、ということのインパクトが大きすぎて、運用レベル、かつ、これまで実質的に大した問題は生じていない*7「秘匿特権」でいくら前進したからといって、プラスの効果は実感しづらいのも確かである。

実務の中で、どれだけやり取りをしても当局との見解の溝が埋まらなかった案件を担当した経験がある法務担当者であれば、公取委が作成した概要の資料*8の中で堂々と書いている、「事業者と公正取引委員会が,対立した関係ではなく,同じ方向を向いて協力して独占禁止法違反行為を排除」というフレーズが、どれだけ気持ち悪いものか、ということが実感できるはずだ。

一つの事象でも、それを見る立場、眺める角度によって、頭の中で描かれる「絵」は全く異なるものになる。
だから、それを噛み合わせて、同じ尺度の下できちんと評価できるようにするために、適正な手続の下、双方の主張と証拠に基づいて認定された「事実」の下で、処分の適否が判断される必要があるのに、ここで公取委が言っていることは、「我々が『クロ』と考えたものは、どうあがいても『クロ』なのだから、事業者に残された道は、真相解明のために積極的に協力することだけだ!」ということに等しい。

自分は、改正法が成立した今となっても、上記のような思惑をより強化するような改正は易々と認めるべきではなかったと思っているのであるが、せめて改正法施行後の運用だけでも、「事業者の白旗前提」の安易な方向に流れることがないように、今回「秘匿特権」の導入を押し進めた方々には、(秘匿特権以外の部分での)「防御権強化」のための方策を取り込ませる努力(二の矢、三の矢)を継続していただきたいと思うところである。


なお、以下蛇足だが・・・

・法案が審議に入ってからあっという間に可決されてしまったこともあって*9、現時点では国会の会議録にすら審議の状況がアップされていない。附帯決議の内容も含めて、ここはおって確認しておきたい。

・「秘匿特権」に関して、社内弁護士が原則対象になっていない*10ことがどうか、という話もあるが、事実に関するやり取りではなく「法的意見」に関するやり取りを対象にする、という前提が変わらない限り、社内弁護士を対象に含める必要性は感じられないし、含めてしまうことでかえって無駄にリスクを負う恐れもある(法的な意味でも政治的な意味でも)ので、そこまで広げるべきではないというのが自分の考え。そもそも、同じように会社に勤めている他の社員との比較の中で、弁護士資格の有り無しだけで特定の社員に「特権」を与える、という制度設計自体が自分はナンセンスだと思っているし、「弁護士」としての必要なスキルを備えている社員であれば、「秘匿特権」の対象にならなくても当該社員は十分にスペシャルな貢献ができるはずなので、インハウス系の団体が”業革”的なノリでこの話題を使うのはどうなのか?というのが、率直な意見である。

*1:当時の経緯については、公取委を足踏みさせた“神風” - 企業法務戦士の雑感参照。

*2:dtk氏のブログでも、その旨言及されていたのでご紹介しておく。最初の一歩? - dtk's blog(71B)

*3:(令和元年6月19日)「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律」の成立について:公正取引委員会

*4:当該報告書の「概要」では、次のような整理がなされている。「○ 弁護士とその依頼者との間における一定のコミュニケーションについて,当該依頼者が調査当局に対する開示を拒むこと等ができるという,いわゆる弁護士・依頼者間秘匿特権(以下「秘匿特権」という。)が認められていないことにより,事業者に現実に不利益が発生しているという具体的事実は確認できなかった。○ 一方,今回の見直しにより,課徴金減免制度が拡充された場合には,課徴金減免申請を行うために弁護士に相談するニーズがより高まると考えられるため,新たな課徴金減免制度をより機能させる観点から,公正取引委員会は,運用において,新たな課徴金減免制度の利用に係る弁護士とその依頼者(事業者)との間のコミュニケーションに限定して,実態解明機能を損なわない範囲において,証拠隠滅等の弊害防止措置を併せて整備することを前提に,秘匿特権に配慮することが適当である。○ その場合でも,我が国の現行法体系上秘匿特権が認められていないこと等に十分留意する必要がある。」(強調筆者)https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/apr/170425_1_files/170425_1besshi2-2.pdf

*5:しかも、今回公表された「別紙2」によれば、対象となる場面も、研究会報告書の時点からは若干広がっている(少なくとも「課徴金減免制度の利用」の場面には限られていない)ように思われる。

*6:改正概要の説明を読むと、「減額」方向での裁量しか働かせる余地がなさそうに見えるが、(2)の「算定方法の見直し」のところで、実質的に従来と比較して当局が大幅な「増額」もできるような仕掛けになっているので、ここは十分に警戒する必要がある。

*7:JASRAC事件のように、被審人と弁護士との打合せ内容をわざわざ証拠で出されてしまったり、某ゼネコンの事件のようにわざわざ弁護士とのやり取りを含む法務担当者のパソコンを押収されたりするのは気持ちが悪い、という感情は容易に理解できるところだし、国際的な比較の観点から「海外諸国では認められるのに、日本で認められていないのはおかしい」というドグマティックな理屈も決して無意味だとは思わないのだが(ただし、規範として存在するかどうかはともかく、例に挙げられる海外諸国でどこまで現実に「秘匿特権」が認められているのか? とか、それが認められたことによって結論に差異が生じることがあるのか?といった点まで突っ込まれると、導入推進論者にも弱いところはあると思うが)、これが認められることによって事業者側の防御権が大幅に強化される、ということには決してならない、と自分は思っている。

*8:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/keitorikikaku/190619besshi1.pdf

*9:審議経過は公取委のリリース参照(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/keitorikikaku/190619pressrelease.pdf

*10:一応「違反事実の発覚等を契機として,雇用主である事業者からの指示により指揮命令監督下になく,独立して法律事務を行うことが明らかな場合には,法律専門家の範囲に含める。」だそうだが、こんな扱いをされたら、ほとんどの社内弁護士はかえって対応に窮すると思われる。

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