「過去」ではなく「今」を考えるための一冊。

某カネカ社の件をはじめ、世の中では、会社という組織の”闇”を窺わせる話が、時々局地的に出てきたりもするのだけれど、それでも、どちらかといえば美辞麗句で彩られる話の方がまだまだ多い気がして、そんな状況にちょっと辟易しているので、最近世に出た一冊をここでご紹介しておく。

暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史

暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史

本書の内容自体は、先行著作(小林峻一氏に始まり、西岡研介氏や宗形明氏などの著作)に依拠している部分が多いし、週刊誌等でも時々取り上げられていた内容も多々含まれているので、これまでこの手の話を見聞きしたことのある方にとっては、改めて読む意義は乏しいかもしれない。また、あくまで「主役」になっているのは労働組合側のあれこれなので、いわゆる労務問題に関心が薄ければ、タイトルのおどろおどろしさと合わせて敬遠したくなる方も多いだろう。

ただ、本書の中で描かれている事実*1を、上(統治者の立場)からの俯瞰的な視点ではなく、「会社の中の人」の視点、「その時自分が当事者だったらどう振る舞うか?」という視点で眺めたとき、多少なりとも労働法務に関する心得がある方であれば、本書の著者が意図するところとは全く異なる感想を抱くことになるはずである。

そして、会社の中で一定の経験を積んできた人であれば、2018年春闘での組合側の争議行為予告を機に「起きた」事実として、著者が淡々と記している以下のくだりに関し、「なぜそうなったのか?」を想像することも容易にできるはずだ。

「約4万7000人(2月1日現在)だった組合員数は3か月半後の6月1日には1万4000人まで落ち込んだのである。この間の脱退者数は実に3万3000人に上る(2018年10月末現在、脱退者3万4500人、組合員数1万2500人)。」(本書425頁)
「大量脱退はまず管理部門から始まる。その波は現場にも広がり、現場管理職組合員はもとより若手組合員も相次いで脱退を始めた。全員が脱退した職場も多く、職場は大混乱に陥った。脱退者は最初の一週間足らずで1万人近くに膨れ、以後も急ピッチで増え続ける。」(同432頁)

仮に、これがどんなに滅茶苦茶な組織だったとしても、これだけの規模で”自壊”する、ということは常識的には考えにくい。
そして、そこには、著者自身もおそらく分かった上であえて書いていない何かがあるし、本書にも書かれているとおり、この状況はまだ現在進行形で続いている。


違う角度から眺めれば、本書は、「ある程度安定した価値観の下で運営されてきた組織の中で、突如として昨日までとは180度異なるコペルニクス的な大変動が起きた時に、唯々諾々とそれに従うことが正しい道なのか?」ということを問いかけるものにもなるし、もっと深読みすれば、「組織の底流に流れる大きな流れ、大きな動きを前にして、『コンプライアンス』のような”きれいごと”を果たして貫けるのか?」ということを考える材料にもなり得る。

ここまでどろどろとした歴史を抱えている会社や組織は決して多くはないと思うのだけれど、伝統格式のある会社であれば、どんな会社にも大なり小なり、法務・コンプライアンス部門のようなポッと出の弱小部門には決して踏み込めない「タブー」もあるはず。

自分は、たとえ目指そうとする結果が真っ当なものであっても、用いる手段には踏み越えてはならない一線があると思っているし、真っ向勝負ではなく、裏で権謀術数を駆使した結果、それまでの秩序を壊して権力を得た者はいつか同じ憂き目にあう(本書の「主人公」がそうであったように。)と信じてやまない人間だから、本書の続きは、誰にとっても決してハッピーエンドにはならないような気がしてならないのだけれど、異なる感想を持つ方がいるならそれでもよし。

いずれにしても、”闇”の重さを知らずして、本当の”正義”を貫くことはできない*2、という思いで、お勧めする一冊である。

*1:もちろん、ここに書かれている全てが真実である、と証明されているわけではなく、著者がタイトルになっている人物の毀誉褒貶をことさらに強調しようとしたがゆえに、記述にバイアスがかかっている可能性があることは、差し引いておく必要はあるが・・・。

*2:知ったところで多くの場合は挫折することになってしまうのだけれど、知らずに軽い”正義”を振り回すよりはマシだと思うので。

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