鶏が先か、卵が先か。

最近、いろんなところで取り上げられることが多い「リーガルテック」周りの話になるが、ちょうどBUSINESS LAWYERSに「Hubble」の記事が取り上げられているのを見つけていろいろと思うところがあったので、ちょっと取り上げてみることにする。

business.bengo4.com

残念ながら自分はこのサービス自体は使ったことがないし、今の仕事の中で使うこともちょっと考えにくいところではあるのだけど、株式会社Hubbleの早川CEOが別の媒体で以下のようなコメントをされているのをたまたま見かけてから、「どこまで広がっていくのかな?」というのを、結構興味深々で眺めている。

「仕事で契約書のやり取りをする人は経験したことがあると思いますが、Wordファイルをメールに添付して、先方に送信。返ってきたメールのファイルをダウンロードして、編集。編集後「名前をつけて保存」して、添付する。これが何回も続きます。あれ、結構面倒ですよね?そんなことしているうちに、無数のファイルがデスクトップに溜まっていくということが起きます。(笑)そして、無駄に時間もかかる!(笑)あれって本当に苦痛だし、なんか楽しさがないと思うんですよね。」
「酒井さんをはじめとする、弁護士や法務のみなさんの皆さんって僕らの100倍苦労しているんですよ。」
「【これが本当の最終】〇〇契約書_20181201のコピー.docx みたいなファイル名があって、どれが最新?っていうことも結構ある。」
「そこで、僕と克也さん(CTOの藤井)はビジネスサイドの人でも簡単に操作ができ、Wordが使えるGitHubのような仕組みがあれば、と考えたのです。そして、2017年の12月にアイディアが誕生し、2018年から本格的に開発をスタートさせました。」
Hubble早川晋平が語る「リーガル領域にもたらしたい新しい価値と体験」 | 株式会社Hubbleより。

これってホントに、そうそう、そうだよね! という話で、自分も、多量の契約ドキュメントに囲まれて仕事をしていた時は、

・まず共有フォルダの中にフォルダを作って(場合によってはさらにその下の階層のサブフォルダも複数作って)やり取りしているファイルを放り込む。
・元々のファイル名をちょっといじってバージョンが分かるようにした上で、時系列順にファイルがちゃんと並ぶように日付も付ける。
・バージョンは相手方から修正ドキュメントが戻ってきたタイミングで更新、社内のやり取り、部内のやり取りによるバージョンアップはそれと分かるように、バージョン名も階層化していく(例えば、契約相手方と一往復して、事業部門から転送されてきたファイルを担当者が修正した後に自分が修正するときは「Ver.2.1.2」にするなど)。
・バージョン名と日付だけだと、どこが重要な条文に関してターニングポイントとなる修正だったかが分からなくなるので、大体やり取りが落ち着いてきたタイミングで、ファイル名に重要なポイントを追記する(例えば「賠償上限条項の追記を条件付きで承諾」とか「二者間契約⇒三者間契約」とか)。

といったような感じで、結構手のかかる作業をやる羽目になっていた*1

個人的には、一番面倒だったのが、「部内でやり取りしたコメントを、契約相手方向けに書き換える作業」だったりもするし、記録として一番残さないといけないのも相手方とのやり取りの部分だったりするから、そこまでやろうと思ったら、今後の機能拡張と導入企業の拡大を待たないといけないのかもしれないが、社内、部内のバージョン更新ややり取りだけでも定型のフォーマットに載せて整理することができるのであれば、それだけでもメリットは大きいのではないかと思う。

そして、「Hubble」に自分が好感を持っているのは、

「プロダクトを使っていて「楽しい」とか「好きだ」といった感覚をもってもらえたかどうか」

ということが、常に意識されているように思われること。

どんなサービスでも一番大事なのはここで、新しいツールは、(代替する手段がまだ残っている間は)「誰かに強制されなくても使いたくなる」という要素がないと絶対定着しない。その意味で、「このツールは結構いいですよ」という話を耳にするたびに、むべなるかな、と思うのである。


で、なぜ、この話を取り上げたか、というと、近頃の「リーガルテック」に関する言説の中に、少々気負い過ぎではないか?と思われるようなものが散見されるのが気になっていたからだ*2

もっとも典型的なのは、「法務の仕事のやり方を変えるために○○を導入しましょう」というパターンのもので、善解するなら、おそらくは単なるポジショントークを超えた”企業内法務部門のあり方に対する思い”を吐露されているがゆえのセールストークなのだろう。

だが、大きな会社の中で長く働いている人であれば、これまでの歴史を振り返った時に、「何かを変えるために」導入したツールやシステムが思惑通りに機能した例というのは決して多くない、ということに気付いているのではないだろうか。

例えば21世紀になるかならないか、くらいの時代に「ナレッジマネジメント」というバズワードが流行して、自分の会社でも特定の部門で「みんなのノウハウを共有しましょう」みたいなコンセプトのシステムが導入されたことがあるのだが、数年たって、導入に関与した社員が異動でいなくなった後にはほぼ廃れてしまった*3

そこまで極端な例でなくても、「鳴り物入り」で導入した施策が空振りに終わる、いつのまにか元に戻る、という経験をしたことのある人は決して少なくないはず。

逆に、「手書き」⇒「ワープロ」⇒「パソコン」とか、「電話/FAX」⇒「電子メール」のような、いわばツール側の変化に対応した「仕事の変化」に際して、「やり方を変えよう」的な大上段に構えた言説に接した記憶はほとんどないが、そういったものは、ほぼ例外なく、後戻りすることなく定着している。

もちろん、これらの変化が浸透した背景には、多くの会社で、そもそも「後戻りできない」(従前のやり方で代替したくてもできない)状況が強制的に作られたから、ということもたぶんにある*4のだけど、それ以上に押しつけがましい理念以前に、「使って便利」、「使って楽しい」という要素が強かったからこそ、世の中全体が「変わる」方向へと動いていったのだと思っている。

こういった点を踏まえると、「リーガルテック」に関しても、徹底的に追求され、アピールされるべき要素は「便利さ」と「楽しさ」だけで良くて、「それを使って仕事のやり方をどう変えるか」なんてことは、導入してから考えればよいと思う*5し、契約書のレビューやバージョン管理に活用できるようなツールに関しては、(その手の作業には慣れているし、自力で何とかできてしまう)「法務の人」向けにアピールするよりも、契約書を扱うのが本業ではない事業部門や*6、全社のシステムやドキュメント管理を所管している部門*7に向けて直接売り込んでいく方が普及スピードははるかに速まるはず。

本当は、「Hubble」にしても、冒頭でご紹介したBUSINESS LAWYERSの記事の中でCLOの酒井氏が述べられている「これからの法務部門の理想形は、契約書の内容を法的に精査したりするだけではなく、新しいビジネスの適法性について事業部とコミュニケーションを取りながら検討したりといったような、事業価値に寄与する仕事をしていくことだと思うんです。」といった理念*8に賛同した「法務の人」が会社全体を動かして新しいツールを全社的に導入させる、というようなストーリーで展開されていくのが理想だとは思う。

でも、上にも下にも横にも抵抗勢力が現れることが予想される中で、弱小法務部門の一管理職に過ぎなかった自分にそれができたか、と言えばたぶんかなり厳しかっただろうし*9、そうでなくても多忙で死にかけている各社法務部門のマネージャークラスにそんな労力を負わせるのもどうなのかな、と思うところもあり・・・。

いつか、まっさらな会社で、「法務部門も、契約ドキュメントの管理手法も一から作っていいよ」と言われるような機会があれば、自分も予算が許す限りで今最先端のツールを徹底的に入れて使い倒すだろうけど*10、そうではない環境では、そう簡単にはいかない現実もある、ということは、一応書き残しておくことにしたい。

*1:社内のサーバの容量が小さかった頃は、共有フォルダに何でもかんでも保存しておく、ということができず、今ならデータで保存しておけるようなものまでいちいちプリントアウトして、その束をスキャンしてPDFで保存する、みたいな作業までしていたから、その時代に比べるとそれでもだいぶ負担は減ったのだが・・・。

*2:その意味で、冒頭でご紹介した記事からも(媒体の性格を考えるとやむを得ないところはあるが)、多少「気負った」印象は受ける(特に見出し・・・)。既に書いたとおり、他のサービスと比べれば「プロダクト重視」の印象が強いサービスなので、この記事も含めて悪い印象は全く抱いていないのだが。

*3:このシステム自体、他社の例を参考に導入したものだったのだが、先行導入した会社でも先んじて廃れていた、という話を後日耳にした。

*4:どんなに富士通ワープロに愛着があっても、全社一斉にWindows PCに置き換えられてしまったらどうにもできなかったわけで。

*5:もちろん、導入に際して予算を取るためのそれなりに理屈付けは用意しておく必要があって、そのために「業務効率化」という殺し文句を活用することは全く否定するものではないのだけど。

*6:当然、そういう人たちにアピールしたほうが、ツール導入による「便利さ」を実感してもらえるから、という意味で。

*7:こういった部門は、「強制的に後戻りできない状況を作れる」という点で、弱小法務部門をはるかに凌駕しているので。

*8:この考え方自体には全く異論はないし、自分は「契約書の細々としたレビューをするだけで仕事をした気になっている人」「法務には契約書の細々とした修正をさせるだけでよいと思っている人」をいかに減らすかが、これから多くの会社で法務部門の存亡にかかわるポイントになってくると思っている。

*9:極端な例にはなるが(そして、そんな人は他にはそうそういないと信じているが)、「自分のノウハウを他のスタッフに見られたくない」という理由で自分が修正・コメントした契約書ファイルを共有フォルダに保存することを頑強に拒む法務スタッフすら現実にはいるし、しかも、専門的な資格を保持しかつその点に過度なプライドを持っている、という人の中に、大なり小なりそういった傾向があることは否定できないので、「仕事のやり方を変えよう」的なアプローチだけだと、まず「中」を通せないだろうな、というのが率直な印象である。もちろん新しいものに柔軟に対応できる若い世代で構成されているチームなら異なる反応になるのだろうけど。

*10:なので、その頃にはもっとグレードアップしたツールが世に出回っていることを期待しているけど。