今日はゆったりとした休日、ということで、ちょっとかしこまったエントリーを。
どこの会社で、というわけではないのだけれど、最近、「法務部」をたたんでしまう会社が結構目立つようになってきた気がする。
歴史を紐解くと、半世紀くらい前までは、一部の大手メーカーや商社等を除いて、「法務」の機能が「部」のレベルで独立しているような会社はほとんどなく、総務部や経営企画部、あるいは管理本部といった類の大きな枠の中で細々と契約審査や訴訟といった「法務」っぽい仕事をする人たちが生きていた、というところが多かったと聞いている。
それが、やがて「法務係」くらいの存在になり、「法務室」とか「法務課」といったユニット単位に格上げされ、ここ10年~20年の「コンプライアンスブーム」の下で体制が増強されたのをきっかけに、遂に部門として独立を果たす、というプロセスを経て今に至っている、というのが自分の理解(もちろん、”最終形態”までたどり着いていない会社もまだまだたくさんあるが、つい最近までは次のステップ「進化」することはあっても、逆方向に戻ることは稀だった)。
会社によって「独立」までの歴史は様々で、大きな不祥事や訴訟に直面したことをきっかけに舵を切った会社もあれば、同業他社を横目で見ながらライバル心に駆られて設置した会社もあるだろうが、どんな会社でもそこに至るまでの過程では、ボードレベルのメンバーと法務の現場を担っていた人々との間で、少なからぬ駆け引きはなされただろうし、時には″魂のぶつかり合い”もあったことだろう。
どんな組織でも″創業”にかかわった人の思いは強い。
特にどちらかと言えば会社の中では”日陰”の存在だった法務部門の場合はなおさらで、そういう人たちの思いの上に「法務部」は作られてきた。
だが、時代は変わる。
元々、歴史的にも、仕事の内容的にも、一見すると単なるコストセンターと思われがちな「法務」には、コスト削減圧力が付いて回るのが常だった。
そして、ここ数年、それに加えて、どんな有名企業、大手企業でも、組織を維持するための「人」をこれまでのようにコンスタントには採用できない、という問題(そして、採用、雇用することによるコストが跳ね上がる、という問題)も生じるようになってきた。
そうなると、コスト以前の物理的な問題として、自ずから間接部門全体を縮小させる方向に向かわざるを得ない会社は増えてくるわけで、そうなったときに真っ先に狙われるのは、歴史が浅く、社内的なポジションも決して高くない「法務部」。
会社によっては、世代的に「部長」に相応しい人が現れたら「部」に格上げして、いなくなったら「課」に戻す、ということをしているところもあったりするようだから、その辺はフレキシブルに考えればよいではないか、と言われてしまいそうだが、「部門としての独立性」とそれがもたらす有形無形の効果を考えると、やはり「法務部」が独立した部、本部として存在していることの意義は非常に大きい、と自分は思うわけで、そこで「法務」の何たるかをよく分かっていない者たちが安易な整理・統合に走ってしまうと、会社の将来を歪めることすら懸念される。
そこで、以下、その辺の話を少し敷衍して書いてみることにしたい。
「法務部」を「管理部門」の中に吸収してしまうことのデメリット
近頃、「事業部門」との対比で、「法務」を「管理部門」の中に位置づけようとする整理がされているのをよく見かける(例えばCGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)第2期で議論されている「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(仮)」案*1の74~75頁の記載などはその典型といえる)。
その前提にあるのは、単純に言えば「企業の中で″悪さ”をするのはもっぱら『事業部門』であって、『管理部門』はそれを防ぐために管理・監督する立場にある」という見方なのだろう。
だが、企業の経営に重大なインパクトをもたらす不祥事を引き起こすのは「事業部門」だけではない。
「総会屋への利益供与」みたいな古い話を引いてきたら怒られてしまうかもしれないが、最近の話題を見ても、オリンパスの事件しかり、東芝の事件しかり、日産の事件しかり、「トップ」主導で引き起こされるもっとも深刻なタイプの問題の根源は、実のところ総務や財務、人事といった「管理部門」の中にあることも決して稀ではないのである*2。
それを踏まえた時、それまでまがりなりにも独立して機能していた法務部門を、総務や人事、場合によっては財務までごった煮で入っているような「管理部門」の中に組み込んでしまうことが果たして良いことなのかどうか、自分は大いに疑問を感じている*3。
先に引用したCGS研究会の実務指針案の記載も、「独立性を保つ必要がある」という点に関しては首肯できるものの、その独立性の単位が「管理部門」でひとくくりにされている、という点に関しては、企業の実態への踏み込みが足りないように感じられてならない。
もっとも、「法務」を「管理部門」の一カテゴリ―として位置付ける限り、有識者がどんなに声高に「独立性」を強調しても、「法務部門」が多くのスタッフを抱えたまま単独で生き残っていくには、今の企業を取り巻く状況が厳しすぎる、というのが実態だということは先に述べた通り。
そこで、発想の転換が必要ではないか? という問題意識から出てきたのが、次の章の試論である。
「事業部門」に溶け込む、という生き残り策
昨今の状況を踏まえると、もはや、「法務」が本来の機能を最大限発揮する形で生き残るためには、それを担う主力部隊を「管理部門」ではなく「事業部門」の中に置いて、「法務」職能の存在意義が「ビジネスを円滑に進めること」にある、もっとストレートに言うなら「金を効率的に稼ぐこと」にある、と再定義するしかないと思っている。
実際、契約書のレビューにしても、紛争対応にしても、一定の知識を持った人間がそれをしっかりこなすことで、スピード感を持って取引を進め、損失の発生を最小限に抑えて利益を確実に取る、という役割は十分に果たしているわけで、この定義自体は、今、多くの会社の「法務担当者」が担っている仕事の実態に照らして、そんなに突拍子もないものではないはずだ。
そして、どんな会社でも「法務」の看板だけで人を集めることがままならなくなっている時代には、生粋の法務人材だけではなく、契約書を読む、作るセンスのある事業部門の担当者を「法務」職能に寄せる、という手段も、法務機能維持のためには欠かせないわけで、「法務部」に人を出すことは渋りがちだった事業部門の人々が、自分たちの組織の中で担当者の職能の色を少し変えるくらいならまぁいいか、と思ってくれたらしめたものだと思う。
で、こんなことを言うと、「いやいや、法令遵守とかコンプライアンスといった機能はどうやって果たすんだ?」という突っ込みは当然来るのだろうが、そもそも、ビジネスの内側にしっかりと食い込んでいない者が、いかに「コンプライアンス」の旗を掲げて型通りの研修だの啓発活動だのをしたところで、ほとんど効果は期待できない、というのは、既に多くの会社が実感しているはず。
むしろ、事業部門の一員として日常的にその会社のビジネスに絡んでいる人間が、状況に応じてアクセルとブレーキをしっかり使い分ける、というスタンダードで動く方が、よほど実効性のある体制構築ができるわけで、その意味でも、コンプライアンス施策の起点は事業部門内に置く方がはるかに合理的だと自分は思っている。
もちろん、先ほどの「独立性」の話はここでも考えなければいけなくて、事業部門に組み込まれた「法務」担当者の生殺与奪の権限をその事業部門のトップだけが持っているようだと、いざという時に「ブレーキ」を引くこともままならないのは事実だし、法改正への対応等、統一的な施策を効率的に行う、という点でも、どこかに「司令塔」としての「法務部門」が独立して存在している方が望ましいのは言うまでもない。
また、どんな仕事でも、担当者が日々の業務を通じて専門性を高め、スキルを磨いていくためには、自分の職能に対する「帰属」意識を持ち続けていることが不可欠だから、「事業部門に所属していても君の本籍はここだ!」と言えるようなマザーシップとしての「法務部門」の存在も必要になってくる。
ただ、「司令塔」や「母船」としての機能を果たすだけであれば、独立した「法務部門」をコストのかかる大所帯として維持する必要はなく、シンボリックな存在として「法務担当役員」ないし「法務部長」を置き、その下に若干名のスタッフだけを配置して、社内の各事業部門や子会社の「法務」職能を持つスタッフを指揮させることも不可能ではない。
下手に頭数を揃えようとして「効率化」の一言で“取り潰し”の憂き目にあうよりは、小粒でもとにかく「独立性」だけは死守することが、「司令塔」にとっては一番大事なことだと思う。
「数こそ力」という発想は、どんな会社にも多かれ少なかれ存在するから、これまで社内の人事運用や中途採用を通じて組織を拡大してきた「法務部」を持つ会社にとっては、ちょっと寂しく思えてしまう話なのかもしれないけど、「法務」がこれからの時代を生き残っていくためにはこうするしかないんじゃないか、独立性を失ってまで総務や人事の下で支配されるよりは、事業部門の中に溶け込んだ方がよほどポジティブな仕事ができるはず、という思いで、以上書かせていただいた。
あくまで「一試論」に過ぎないので、法務機能を社内の各部門に分散させることは効率性の観点からどうなのか?等々、まだまだ様々な反論は予想されるところなのだが*4、ここは読者の皆様の反応等も伺いつつ、もう少しじっくり煮詰めていきたいな、と思っているところである。
*1:https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/2_016_04_00.pdf
*2:会社にもよるが、トップが人事労務系や総務系の幹部から選抜される会社や、キャリアパスとしてこれらの系統を経験した上でトップに選抜される会社、というのも常に一定の割合では存在しているから、そういった会社では特に、「トップの暴走を管理部門が止める」という発想は出てきづらく、むしろ管理部門のリソースは、それらをいかに巧妙に隠蔽するか、という方に使われてしまうことも多い。
*3:仮にその部門のトップに「法務」の経験を持ち、会社を外側の視点から冷静に見ることができる人が付くようであればそれでも良いのかもしれないが、いわゆる「管理部門」内の各組織間の中の力関係を考えると、そんな幸運に恵まれる会社はおそらくほとんどないだろう。
*4:分散していた法務機能を一か所に集約した経験をお持ちの会社の方などはなおさらそういう感想を抱かれたかもしれない。