しびれる攻防~アスクル株主総会に向けた関係者の動き・PART2

ちょうど一週間前に、当ブログで、アスクル株式会社の大株主の株主総会での議決権行使(現社長の取締役再任拒否)をめぐる動きについて簡単に取り上げ、「ワーストおやじギャグ」という批判を受けつつも、多くの方に目を通していただいたところだった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

あの時は、両者のプレスリリースの応酬にも一区切り付きかけていて、「これから8月2日に向けた水面下の攻防が始まるのだろう」と思いながら書いていたところがあったのだが、週が明けて、事態はますます深刻化している。

何よりも衝撃だったのは、今朝の日経朝刊にも載ったこのニュースだろう。

ヤフーは24日、傘下のアスクルが8月2日に開く株主総会に向け、独立社外取締役3人の再任議案に反対する議決権を行使したと発表した。第2位株主のプラス(東京・港)も反対の議決権を行使したアスクル株式の約6割を保有する2社の反対で、アスクルには独立の取締役がいなくなる。」(日本経済新聞2019年7月25日付朝刊・第15面、強調筆者、以下同じ。)

これに先立つ7月23日には、独立社外取締役3名を含む独立役員がベルサール八重洲で記者会見を行い、「Y社による社長退陣要求は上場会社のガバナンスを無視」等、ヤフー側の対応を強く批判したばかりだったから、上のニュースを見た瞬間に、本来この件とは全く関係ない西の方の出来事だったはずの

www.asahi.com

が頭をよぎったくらいだった。

前回と同様に、今週に入ってから、双方が出したリリースを時系列で整理すると以下のようになる。

7月22日
アスクル:ヤフー株式会社の 7 月 18 日付プレスリリースについて
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/P0An/IEjX.pdf
※ヤフーがプレスリリースで説明した議決権行使理由や「LOHACO 事業譲渡」に関する説明が事実に反する、という趣旨の反論を展開。
アスクル:よくいただくご質問および当社からの回答について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/eZsy/qFmf.pdf
7月23日
アスクル:ヤフー株式会社からの社長退陣要求に関する一連の件に関する法律意見書取得のお知らせ
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/L1Ke/KWIW.pdf
あの、上村達男早大名誉教授の手による18ページにわたる法律意見書を全文掲載*1
アスクル:「アスクル株式会社 独立役員会 記者会見」実施のお知らせ、資料について
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/ln8K/nNMa.pdf
※添付されている資料の中身もさることながら、「独立役員会アドバイザー」として出席者欄に登場した「日比谷パーク法律事務所 代表弁護士 久保利 英明」氏のお名前に、皆、目を引き付けられることになった。
7月24日
ヤフー:アスクル株式会社の第56回定時株主総会における 取締役選任議案(第2号議案)に対する、当社の議決権行使のお知らせ
https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/24a/
プラス:アスクル株式会社の第56回定時株主総会における 取締役選任議案(第2号議案)に対する当社議決権行使に関するお知らせ
https://www.plus.co.jp/sp/news/201907/0003752.html
アスクル:ヤフー株式会社ならびにプラス株式会社による当社第 56 回定時株主総会における取締役選任議案(第2号議案)に対する議決権行使について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/RNMl/OSmn.pdf
7月25日
アスクル:7月23日「アスクル株式会社 独立役員会 記者会見」 質疑応答記録について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/C5Mj/YUjs.pdf
アスクル:第56回定時株主総会における議決権行使のお願い
https://pdf.irpocket.com/C2678/GDpy/LXQ0/NX3Q.pdf

ヤフー側の方が情報開示の「手数」としては多かった先週とは逆に、今週は序盤から23日の記者会見までアスクル側が怒涛の反論攻勢を仕掛ける、という形で始まったのだが、ヤフー&プラス側は24日に「社外取締役再任反対」という痛烈なパンチを放ち、それに対して記者会見の質疑応答記録の公開と、株主への「直接呼びかけ」で何とか抵抗しようとするアスクル・・・。

まもなく株主総会一週間前、というタイミングで、ここまでわかりやすく空中戦が展開される、というケースは、これまでほとんどお目にかかったことがなかっただけに、大変興味深い、というのが半分、そしてアスクルの中の事務方の方々の心情は察するに余りある・・・というのが半分、といったところだろうか。

今週も、既にあちこちで様々な意見が飛び交っているのだが、自分が今思っていることを率直に述べるなら、

「ヤフーは何がしたいの?」

の一言に尽きる。

アスクル側のリリースで22日の時点で指摘されているとおり、ヤフー側の行動や主張には元々一貫性がないように思われるし(アスクル社長の再任拒否理由や「後任人事」に関するコメント等)*2、18日のプレスリリースで「岩田社長の取締役の再任議案が否決された場合、当社はアスクル筆頭株主として、引き続きアスクルの上場企業としての独立性が重要との考えから、新経営陣とアスクルの意向を尊重いたします。」と述べておきながら、その「上場企業としての独立性」を担保するための最大の肝である社外取締役に関し、24日のプレスリリースで「業績低迷の理由である岩田社長を任命した責任など総合的な判断から独立社外取締役戸田一雄氏、宮田秀明氏、斉藤惇氏の再任にも反対の議決権行使を行いました。」と手のひらを返すような対応をしたことによって、”場当たり的対応”という印象をますます強く与えてしまうことになった。

ここで、もし、最初から「アスクルの今のガバナンス体制が業績低迷につながっているので、現取締役のメンバーを入れ替え、自社主導で経営を再建する」というスタンスをヤフーがとり、かつ、そのようなシナリオで進めなければいけないことの合理性をきちんと説明できていたなら、賛否両論はあれど、一応「筋の通った対応」として評価してくれる人はもっと多かったことだろう。

だが、将来の紛争で争う材料とされることを恐れてなのか、「総合的な判断から」等、プレスリリースでは必要最小限の情報提供しか行っていない上に、先述したとおり、周りからは、あたかも「社長が機嫌を損ねたから方針転換だ!社外取締役もクビにしてしまえ!」というふうに見えてしまうような対応になってしまっているために、最初は「どっちもどっちなんじゃない?」と思っていた外野の人々も、何となく「大丈夫か?ヤフー・・・」という方向に傾いてしまっているのが今の状況ではないだろうか*3

株主総会で議決権を持たない”外野”の人間はもちろん、他の少数株主でさえ、「議決権の数」で言えばヤフー&プラス連合には手も足も出ない状況だから、ヤフー側も、どう思われようが知ったこっちゃない、経営立て直しのためなら手段を選んではいられない、という思いで突き進んでいるのかもしれない。

また、25日にアスクル側が公表した記者会見の質疑応答記録に記された、「戦術として、今のアスクルに何ができるのか。8 月 2 日までに、と、8 月 2 日を過ぎたあとの挽回方法を教えてほしい」とか(リリース4頁参照)、「上村先生の意見書と、考えは同じか?異なるのであれば、そこはどこか」(リリース5~6頁参照)、「売渡請求権の要件を満たす状況にあると考えているか。あるのであれば、将来チャレンジを受けた際に、十分跳ねのけられるのか教えてください。」(リリース6頁参照)といったセンシティブな質問への久保利、松山両弁護士の回答の歯切れの悪さ*4からも、「議決権の過半数を押さえられている状況では、どうあがいても厳しいかもしれない」という雰囲気は伝わってきており*5株主総会の場で、か、それとも、それ以前に、かは分からないが、結局はアスクル側が白旗を上げることも容易に想像がつくところである。

しかしそれでもなお、「このままヤフー側が押し切る」展開で本件の決着がついてしまうことになれば、上場企業間の業務・資本提携の在り方、さらには、日本における資本市場の成熟性に疑義を生じさせることになるのではないか、というのが自分の懸念するところで、「強い側」にこそ、あと一週間の間に何とか常識的な線で事をうまく収めるだけの度量を発揮してほしい、というのが外野からの切なる願いだったりもする。

本件が、このままの形で進んでいくのか(株主総会においてアスクル現社長と社外取締役の再任が否決される、という幕切れになるのか)、それとも、ギリギリのところで現多数株主の全部又は一部が行使した議決権の内容をひっくり返して*6事が収まることになるのか(その場合、岩田社長と独立取締役の筆頭格である戸田氏だけが退任する、という幕引きになる可能性もある)*7

あるいは、質疑応答でも出ていた「株主総会の延期」を行い、新たに設定する基準日の前に、大株主に対して提携契約に基づく売渡請求権を行使したり、第三者発行を行って大株主の議決権比率を下げたりする、といった大技を使うのか、はたまた、既にアスクル側がリリースでも打ち出している「2019 年 6 月 28 日付「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(「上場子会社に関するガバナンスの在り方」)に反する」という主張を大展開して、霞が関から何らかの介入をさせる、というウルトラCを見せるのか等々、(うまく行くかどうかは別として)限られた時間の中でも様々な「手」を使うこと考えられるところ。

ただ、こういう時は、徹底的に争って法解釈の可能性を突き詰めるよりも、当事者のビジネスを少しでも前向きな方向に向けられるような策を考えるべきだ、というのが、世界中の企業の成熟した経営者、担当者に共通したマインドなわけで、できることなら弁護士を前線に出す前にリーズナブルに決着を付けてほしいものだ、と思わずにはいられない。

明日以降も、またいろいろと新たな動きは出てくるのだろうし、それはそれで追いかけていくつもりではあるが、ひとまずはここまでの感想として、以上のとおり書き残しておく次第である。

*1:内容については推して知るべし。ここではあえてコメントはしない。

*2:なお、ヤフーがプレスリリースの中で後任社長の名前に言及したくだりについては、東証からの指摘で削除されたようである(https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/18b/)。

*3:24日のプレスリリースに関しては、前半こそヤフーと概ね同様の書きぶりになっているものの、後半で「アスクルが、ヤフー、プラス両社の議決権行使に関する意向表明後に突如として、ヤフーとの業務・資本提携関係を解消しようとされたことについては、担当取締役が本件発覚後の記者会見の場ですらLOHACO事業での連携を含むヤフーとのシナジーを強調されていたことと相反しており、アスクルの業績の維持向上のためではなく、岩田社長による現体制維持と保身のための行動にほかならないと捉えております。それを適切に是正できなかった独立社外取締役各位の姿勢は、少数株主の立場からしても遺憾であったことを付言させていただきます。」と明確な理由を付け加えたプラス株式会社のリリースの方が(内容の当否はともかく)あるべき姿だと思っている。

*4:これに関しては、両弁護士も述べられているとおり、内容以前に、「独立役員会アドバイザー」という立場でどこまで踏み込んだ発言ができるか、という問題も絡んでいるとは思うのだが、そういったハードルがない状況だったとしても「ご安心ください」と簡単に言える状況ではない、ということは容易に推察できるところである。

*5:この質疑応答のQ11にある「可能性としてヤフーは岩田社長の再任に反対するうえで、戸田さん、安本さんを含め社外取締役についても反対して、取締役の過半数を入れ替えることも可能だと思うが、法律的に可能か。」という問いが、今まさに現実のものとなってしまっているわけだが、これに対する久保利弁護士の回答も、ご本人の歯がゆさが痛々しいくらい伝わってくるものになってしまっている。

*6:ヤフーのリリースでは「議決権行使は、インターネットを用いた方法により実施しました。」とあるので、ひっくり返そうと思えば前日まで(あるいは当日会場で)ひっくり返すことも十分可能なステータスだ、というのが自分の理解である。

*7:戸田氏は2007年から継続してアスクル社外取締役を務めておられるようで、既に10年以上会社とかかわりを持っていることになるから、本当に「独立」した存在なのか?という突っ込みも十分あり得る、という点にも留意する必要がある。

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