2019年、という年を法務的見地から振り返った時に、「今年一番のトピック」として挙げられるのは、春以降一気に盛り上がった「巨大プラットフォーマー規制」の話題だと自分は思っている。
「別にうちはIT系のプラットフォームなんて展開してないから興味ない」という人もいるのかもしれないが、今の世の中、広告でも商品販売でも代金決済でも、デジタル・プラットフォームと無縁で商売することはできない世の中になっているし、仕事を離れて一消費者となればなおさらだ。
しかも、この問題、個人情報保護法から独占禁止法、さらには消費者法まで複数の法領域にまたがる上に、元々わが国とは土台が異なる欧州(おって米国)の問題意識がストレートに持ち込まれたこともあって、それぞれの法の守備範囲や私企業に対する行政規制・監視の在り方まで、これまでとは異なる発想が次々と飛び出してきている*1。
公取委が行った「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」原案に対する意見募集が141件に達し、個人情報保護重視派から優越的地位濫用規制の拡大懐疑派まで、様々な角度から鋭い指摘が加えられている*2ことからも分かるように、これは誰もが納得できるような答えを簡単に出せる話ではない*3。
最近の立法の傾向を踏まえると、最後は落ち着くべきところに落ち着くのだろう、とは思うのだけれど、これを契機に他の分野に議論が飛び火する可能性もないとはいえないわけで、今後の法制化の過程も含めて、来年まで目が離せない。
そんな中、年末に政府の「デジタル市場競争会議」が「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法案(仮称)の方向性」というペーパーを公表し*4、意見募集を開始している(期限は2020年1月20日まで)。
この方向性のまとめに関しては、日経紙でもちょっと前に「巨大IT規制案を決定」という見出しで、以下のように報じられた。
「政府は17日午前のデジタル市場競争会議で、巨大IT(情報技術)企業による市場の独占を防ぐ規制案を決めた。2020年の通常国会に提出を目指す新法案では取引相手との契約条件の開示や、取引実態を政府に報告するよう義務付ける。巨大ITが個人情報を不当に収集・利用すると独占禁止法違反になるとした公正取引委員会の新たな指針案も了承した。」
「議長の菅義偉官房長官は会議で「世界的にデジタル市場のルール整備の議論が本格化している。日本として新たなルール整備のあり方を示した」と述べた。」
(日本経済新聞2019年12月17日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)
このペーパーの内容自体は、「方向性」を示すものに過ぎないし、既に断片的に報じられていた内容をまとめた程度のもの、という認識だが*5、
(3)公正取引委員会との連携(3頁)
・本法における規律を超えて独占禁止法違反のおそれがあると認められる場合については、公正取引委員会に対し、同法に基づく対処を要請する仕組みも設ける。
とか、
(4)その他の規律(3頁)
a)取引事業者による情報提供を容易にする手当て
・取引事業者が行政庁に情報提供しやすい制度的対応を行う。例えば、報告徴収によって契約上の秘密保持義務を解除。
b)主務大臣
・ 取引に関するルール整備を所管する経済産業省が中心となりつつ、公正取引委員会や総務省の所掌事務に応じて、連携・共同して対応する方向で検討。
c)国内外の法適用
・本法の規律は、内外の別を問わず適用。このため、現状海外事業者にも適用が行われている独占禁止法の例等も参考に、国内代理人の設置、公示送達等の手続の整理も含め手段を検討。
といった記載に接すると、法執行ポリシーの話から、具体的にどう実効性のある制度を作るのか、というテクニカルなところまで、いろいろと興味は尽きない。
で、このペーパーがあくまで方向性を示した「骨子」に過ぎないこともあり、取りまとめを行った本年10月以降のワーキンググループでの議論を参照しようと思ったのだが、残念なことに現時点で公開されている議事録は最初の2回分だけである(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi_wg/index.html)。
ただ、そんな数少ない公開議事録の中でも、第1回の議事録*6を読めば、今回のペーパーの”行間”にある様々な思想と、その問題点を知ることができるような気がする。
例えば、「モニタリングレビュー」に関する山田香織委員(弁護士)と増島雅和委員(弁護士)のやりとり。
〇山田委員
「この透明化法案の話なのですけれども、一番思っているのは、モニタリングレビューというのが非常におもしろい。 これは、実は、私が存じ上げている限りでは、欧米もここまではいけていないと。これをやるには、恐らくGAFAが中心になるのだと思うのですけれども、その大きな会社と信頼関係がないとうまく回らないと、これがネックになっているのか、ここまで突っ込んだものを考えている案というのは、私自身も初めて見たと思うのです。 運用できれば、恐らくこれがベストなのではないかと。なぜかというと、私自身も、このデータ関係の案件をやることがあるわけなのですけれども、やはり非常にテクニカルなのです。特に、弁護士なので余計デジタルに疎いのかもしれないのですけれども、物すごく頭がいい人たちがプログラミングをやっていると、それで戦略も練っているという中で、それを理解した上で網をかけないと、違う方向になるというのが1つある中で、モニタリングができればベストだと思うのです。 」(12頁)
〇増島委員
「先ほど少しお話がありましたけれども、法意識という観点から、日本の事業者さんと同じような目線で行けるかというと、また少し違うかもしれないという感じがしています。特に西海岸の発想からしますと、規制への対応は常に戦略的に行うというのが常識的でありまして、常にエンフォースメントの可能性を考慮して、どれだけ規制遵守にリソースをかけるかを決定するわけです。ですので、規制側も、相手が腹を割って何でも言ってもらえるということでは必ずしもないということを前提に、この仕組みをどういうふうに回すのかという、ストラテジックな発想がそこにはなければならない。規制とイノベーションに関する国際的な会議に出ると、やはり、そこにもちろん信頼を持ちたいけれども、そうではないストラテジックなコミュニケーションになることを前提に、どういう形で、ちゃんとやってもらうための脅しを与えるのかとか、エンフォースメントは果たしてどういうものなのかということが重大な問題として議論されます。法意識が異なる、ないし日本がマザーマーケットではないプレイヤーがいる前提で制度を考える場合、こうした脅しとか執行とか、厳しい対応を含めて組み込まないと、制度として思ったようには機能しない。その意味では、典型的な日本企業に対して信頼ベースでコミュニケーションをとりましょうみたいな、甘い形だと、おそらく所期の目的を達成できませんので、そのことを踏まえた仕組みづくりをしなければならないと思っているということでございます。 」(13~14頁)
一見するとトーンはかなり異なるように見えるが、「信頼関係がないと回らない」制度である、という理解と、「GAFA相手に『信頼関係』でやっていけるほど甘くない」という認識は完全に一致している。
〇山田委員
「法律の実務の観点からあえて申し上げると、要するに、消費者が優越の対象になるということは、ある意味、ポテンシャリーには、パンドラの箱をあけてしまう可能性があるというのを思っていまして、なぜかというと、これはプラットフォームだけなのですけれども、結局、優越が対消費者でも使えますよと言ってしまったときに、ほかにも対消費者ビジネスという関係は、世の中にあらゆる場所で存在するわけで、そこも消費者が訴えられるというような示唆を与えてしまうと。」(23頁)
と、よくぞ言ってくれました!という意見が出されている一方で、伊永大輔委員(広島修道大大学院教授)が、
〇伊永委員
「個人情報保護法と独占禁止法が重なりを持っているというのは、先ほどのことから明らかですけれども、特に、独禁法が個人情報保護法ではなかなかやりにくいところをやれるという部分に期待があるように思います。例えば、個人情報とは言えない情報を複数集めてきて、それをプロファイリングすることによって、個人情報が再構築されてしまうということ対して、独占禁止法上、何とか網をかけていけないかというところに期待があると思いますので、そういった部分の記載をより具体的に書いていただければ、と思います。書くだけでも十分効果があり、こういった行為はやってはいけないのだなというメッセージを発することになりますので、その点をなるべく具体的に書き込んでいただけたらと思っています。」
「個人情報保護法と独占禁止法の役割分担でもあるわけですが、それぞれ法目的が異なりますので、独占禁止法が何ゆえ、こういった問題に対して手をつけることになるのかということの説明部分について、もう少し詳しく書いていただけたらと思っています。」(25頁)
と”踏み込み”への期待感を背景とした発言も行われている。
これに対する公取委の担当官(東出部長)の回答が、
「網羅的には御容赦していただきたいと思いますが、まず最初のパンドラの箱をあけるという話ですけれども、消費者との取引において優越的地位の濫用規制の適用があるかということについて、これは法律レベルの話ですので、ガイドラインで新しくつくったとかそういうことではないというふうに理解をしております。ただ、おっしゃるように、消費者の濫訴みたいな話が起きるかというような話があり得るというのは、頭には置いておりまして、そういう点で、この考え方(案)でもデジタル・プラットフォーマーの特質といいますか、そういうものが競争上の力を持ちやすいという話と、データについてはそれがより出やすいのだということを前提に、優越的地位にありそうなものについて整理をしているということで、およそ全ての事業者が全ての消費者に対して、優越的地位にあるということを前提に書いているものではないということは御理解をいただきたいと思いますし、その点については説明をしていきたいというふうに思っております。」(31頁)
「考え方(案)の中で示しておりますのが、個人情報保護法と重なっているところになっておりますのは、どういうものについて消費者に対して不当に不利益を与えていると言えるか、というのはこの分野に関して執行経験が豊富ということはとても言えず、あまり具体的な例を示すことはできないというのが正直なところですので、かたいところといいますか、これは消費者に対して不当に不利益を与えているものであるというものを例示したということで、御理解をいただければと思います。」
「そういう意味で、個人情報保護法と独占禁止法の役割分担といいますか、すみ分けといいますか、その点については個人情報保護法でカバーできない部分についても、独占禁止法でカバーできることはあり得ると思っていますけれども、それがどこまででもいけるということでは必ずしもありませんし、逆に、明らかに個人情報保護法に違反すると思われるものであっても、この分野でいきますと、デジタル・プラットフォームの優越的地位にあるかないかというところで、独占禁止法の問題になるかどうかの判断は分かれてきますので、少し重なる部分もあるし、個人情報保護委員会でやっていただく部分、我々のほうでやれる部分というのはできてくるというふうに考えております。」(32頁)
といささか防戦モードに入っているのが、いかにも官邸本部の会議らしいのだが、やり取りとしてはなかなか興味深いところではあった*7。
個人的には、名実ともに「現場の人」という立場で参加されている上野山勝也委員(㈱PKSHA Technology代表取締役)が、
「プラットフォーマーが強い理由というのは、データを押さえているからでもあるのですけれども、データを押さえているから強いわけではなくて、あくまで消費者であるとか、消費者との接点としてのメディアのシェアが一定程度高いがゆえに強いというのが、まず、大前提としてあると思っています。」
「これは、例えばですけれども、プラットフォーマーの全部のデータを使わないでくださいということが仮に実現したとしても、プラットフォーマーの売り上げというのは、多分0.8掛けぐらいにしかならない。それは、なぜかというと、彼らは広告のターゲッティングの精度を上げているだけであって、データを使わなくてもユーザーというのは、プラットフォーマーが提供する便利ツールを使って、そこにアクセスしてくるということですので、その独占を議論するときに、データの議論もあるのですけれども、消費者の接点としてのメディアの独占の議論が、1つ非常に重要なのではないかと思っています。 」(18頁)
と、”ちょっとでもこの業界にかかわったことのある人なら、先走る報道を見ながら誰もが思っていること”を、ズバッと言ってくださっているのが非常に痛快だな、と思ったりもしたのだが、こういった指摘を経て、一連の規制の動きに軌道修正が図られるのかどうか。
パブコメを書く上でのネタとしても、今後の法制化に向けた動きや、多々湧いてくる”自称実務家”の発言をモニタリングする上でも、読んでおいて損はない議事録だな、と思った次第である。
*1:これまでの自分の問題意識に関しては、折々でエントリーを上げてきているのだが、今年を振り返る意味も込めて、改めて主なものを再掲しておく。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com、k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
*2:もっとも、どこまで内容に反映されているか、といえば、「プラットフォーマー」の名称が「プラットフォーム事業者」に改まったこと以上の大きな修正はないようにも思える。
*3:その後意見公募が行われた「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」及び「企業結合審査の手続に関する対応方針」原案への意見募集でも、「データ等の重要な投入財」を有する事業者の競争法上の評価に関して、様々な意見が出されている。(令和元年12月17日)「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」及び「企業結合審査の手続に関する対応方針」の改定について:公正取引委員会
*4:https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000196589
*5:今週の日経紙のコラムでは「一年の総集編」のような体裁でよりブレイクダウンした形で、一連の問題にフォーカスした連続企画も打たれている。(データの世紀)始動・巨人規制(1)IT大手の圧力を監視 取引透明化法案で報告義務 くすぶる反発 :日本経済新聞など。
*6:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi_wg/dai1/gijiroku.pdf
*7:他にも、企業結合ガイドラインに関連して、増島委員が「今の日本で、スタートアップ企業のM&Aエグジットが少ない、安いという問題」(34頁)という指摘を鋭く行っているところもさすが、という印象である。