最初は日経電子版で見かけて、思わず読んでしまった一本の記事。その後、昨日の朝刊にも掲載されていた。
「世界の企業がデジタル対応を急ぐなかで、日本の足踏みが目立つ。アップルなど米IT(情報技術)大手5社の時価総額は東証1部の合計を上回る。差はどこでついたのか。日本企業にまだ勢いがあった2000年代、当時は新興企業だった米グーグルで働くことを選んだ日本人社員らへの取材から20年に及ぶ「デジタル敗戦」の要因を探った。」(日本経済新聞2021年11月9日付朝刊・第14面、強調筆者、以下同じ。)
00年代、まだ社員1,000人くらいの規模だった”夜明け前”のGoogleに入社した幸福な方々。
もちろんそこは会社であり、日々向き合うのは仕事。良いこと、楽しいことばかりではなかっただろうけど、ラリー・ペイジ氏の面接を受けて入社し、尖った頭脳集団の中で磨かれて、猛スピードで世界に技術を展開していく過程を肌で味わう、というのは、それ以上に幸福なことがこの世に果たしてあるのだろうか・・・?と思うくらい羨ましい経験のように思える。
記事そのものは、昨今の情勢も踏まえつつ、
「とはいえ、この20年で社会インフラと例えられるほどに成長したグーグルなど米巨大テック企業には足元で逆風が吹く。プラットフォーマーとして強力な地位を築いたことで独占への批判が高まり、経済格差が広がるなか「稼ぎすぎ」への不満も向けられるようになった。プライバシー保護の要請も強まる。」
「若かったグーグルも持ち株会社アルファベットの下で約15万人の従業員を抱える「大企業」になり、かつてのように自由には振る舞えない。革新からその後の社会的な要請への対応も含めて、日本企業が学ぶところは多いはずだ。」(同上)
と綺麗にオチを付けている。
だが、それでも停滞期に突入して久しい日本企業と比べるとまだまだ成長できる会社、”戦える集団”ではないのかな、と思ってしまうのは、やはり先日読んだジュリスト特集の座談会が影響しているのかもしれない。
読んだ直後にTwitterで紹介したら結構なインプレッションをいただいたので、もうとっくに読んだ、という方がほとんどかもしれないが、それでも感動をもう一度、ということで改めて取り上げてみる。
ジュリスト11月号の特集を拝読したのですが、特集の座談会はとにかく読み応えありです。
— 企業法務戦士 (@k_houmu_sensi) 2021年10月24日
会社の看板を背負ったGoogleの野口さんの気迫と、かわしつつ一太刀浴びせようとする公取委の担当者、盛り上げる生貝先生と、節々で絶妙なコメントを入れる司会の白石先生。実に凄い・・・。
ジュリスト1564号特集『デジタル広告の法的問題』・座談会「デジタル広告と競争法・透明化法」より
白石忠志東大教授を司会に、生貝直人一橋大准教授、公正取引委員会企業結合課の鈴木健太氏、そしてグーグル合同会社法務部長の野口祐子氏、というメンバー構成で行われているこの座談会。その分野の花形研究者と政府の関係官が揃った中に、影響を受ける企業関係者が混じる、というパターンの座談会は、この種の雑誌でも日頃から良く見かけるものだし、企業関係者から「実務からの問題意識」が二つ三つ示されつつも、最後は「立法お疲れさまでした。これからの動向を注視しましょう」というシャンシャンで終わるのがこの手の企画の通例だった。
ところが、そうではなかったのがこの企画。
透明化法(特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律)や、この座談会でも度々やり玉に挙げられた公取委報告書*1に象徴されるように、ひたすら「巨大プラットフォーマー」を叩くことだけに注力しているようにも見える昨今の政策村界隈の動きへの危機感が、唯一の「プラットフォーマー代表」として参加された野口部長を夜叉に変えたのかもしれない。
「読者の皆さんも、お時間があれば、是非公取委報告書を見て頂きたいのですが、それぞれの論点についてアンケート調査等をしており、それによると、理論上の懸念があったとしても、実際には関係者が現状に不満を持っていない論点も多くあります。今挙げて頂いた可能性が、全て実際に問題として存在するわけではないことを、まず1点明確にしておきたいと思います。」(19頁、強調筆者、以下同じ。)
というのが、報告書のまとめをベースに「問題点」を概説した公取委の担当官の発言を受けて飛び出したコメント。
そしてこれを皮切りに、「規制の手段としての適切性について政府と業界とが完全に合意できていない点」として、手数料体系の話から「アドフラウド」対策まで、”理解しない政府”に対する問題意識が切々と語られ、さらに契約やシステムの変更をめぐる問題について、
「二面市場、三面市場では、あちらを立てるとこちらが立たない。全員がハッピーになることは、プラットフォームの宿命としてあり得ません。したがって、不利益な取扱いや、一方的な変更というときには全体を見て頂いて、なぜそれが必要なのか、合理的な理由に基づく合理的変更の場合には、独禁法上も透明化法上も問題でないと整理をして頂かないと、我々としてはビジネスをやっていけません。この点は独禁法と透明化法の両方で考慮されるべき点だと考えています。」(21頁)
と、プラットフォーマーの様々な対応を「(他の事業者との関係での)優越的地位の濫用」という「一面」だけから切り取ろうとするかのような公取委に対して、厳しい指摘がなされている。
また、「対消費者」の観点から公取委が行っている問題提起に対しても、野口部長の反論は鋭い。
「消費者が利用規約を読まないというのは、一消費者として私にも身に覚えがあります。これはデジタル広告特有の問題ではなく、プラットフォーム特有の問題でもない、ありとあらゆるサービスの利用規約に共通の問題なのかなと思っております。そして、それをどう解決するのかは難しい問題だと思います。透明化法は、規約を透明に説明して、消費者が読んで理解することを解決の手段とする法律だと思うのですが、利用規約を30分も掛けて読みたい消費者は少ない、という中で、透明化法が根本的な解決になるのかは疑問があります。」(25頁)
「我々の立場から見ると、調査をされた人たちだけが規制をされて、同じ問題を共有していても調査をされない人は規制されていないように見えます。」
「同じ問題があるのに、一部の人だけが規制されるようなアプローチが正しいのかなという気持ちはあります。」(26頁)
(利用者情報の取扱いについて)「場合によっては法律の規制が互いに矛盾している場合もあるわけで、重畳規制を受ける立場としては非常に困ります。その点をお尋ねすると、『各法律の規制目標が違うのですから、内容は違って当然です。我々はこの観点からこの規制についてだけお話ししていますので、他のことは知りません。』と言われるわけです。しかし、事業者の目から見ると、異なる省庁が膝を突き合わせ、国のデータ保護政策全体をまとめてもらえないものだろうかという気持ちは非常にあります。縦割り行政の問題が言われておりますが、法とデータの分野は、それがかなり顕著になってきているのかなと思います。」(28頁)
「透明性・公平性と言うからには、透明化法の運営自体も、是非、透明・公平にして頂きたいというのが事業者からの切なるお願いです。」
「極端な話、いわゆるアンチGAFAの人たちを集めて、良くなかった点ばかりを指摘する評価体制にすると、我々は毎年、何かが足りないと永遠に注文を付け続けられることになってしまいます。評価する方をどのように選んだのか、プラットフォームの視点を理解して下さる方も含めて多角的に公平にレビューをしているのかという意味で、透明化法の運営も是非、透明性・公平性を持ってやって頂きたいと思っています。」(31頁)
自分自身、ここ数年の「GAFA叩き」に辟易している上に、元々、極めてアナログではあるが、今思えば構造的には紛れもない「プラットフォームビジネス」のど真ん中で仕事をしていたこともあって、ここで取り上げたような野口氏の一連のコメントは実に痛快なものだった。
そして、これまでのこの国の規制立法の歴史の中で、これだけ堂々と主張をオープンに発信できる会社があっただろうか、さらに、ご自身の専門的な知見もバックグランドに持ちつつ、説得的に分かりやすく発信できる素晴らしいスポークパーソンを法務部門長として擁しておられる会社があっただろうか、ということを考えた時、「大企業」になってもこの会社は”別格”であり続けるのだろうな、と思わせてくれるものがここにはあった*2。
いかに前線のスポークスパーソンが奮闘されても、世界中で今のGoogleの旗色が決して芳しくないのは事実である。
世界中で競争法上の規制とプライバシー規制の挟み撃ちに遭い、国によっては著作権法上の問題も依然としてくすぶっている中で、帝国の足元がぐらつき、様相が変わることもまたあり得るのかもしれない。
ただ、それでも、技術革新で時代を一気に前に進めた、かの会社の偉業が色あせるわけではないし、たとえ今とは異なる形であっても、時代の中で新たな居場所を見つけて存在感を発揮し続けてくれるのではないかなぁ、と今は思っているところである*3。
なお、今回のエントリーでは、ジュリスト特集の本題であった「デジタル広告の行方」についてはコメントできなかったのだが、これについては、昨今の動きを眺めつつ、「たぶん、2024年以降*4はこうなるだろうな」ということを今確信しつつあるので、おってどこかで書ければ、と思っている。
また、これまでジュリストの特集ばかりを取り上げていたが、「プラットフォーマー」の問題に関しては、『法律時報』誌最新号の小特集(「プラットフォームビジネスに関する学際的研究の手法」)にも、かなりの読み応えがある論稿がいくつも掲載されており、特に、品田智史・大阪大学准教授の「プラットフォームビジネスと刑法学」(法律時報93巻12号93頁以下)は、現在の政策提言の潮流と伝統的刑法学の間のギャップを的確に分析して問題提起されている論稿として、ご関心のある方にはご一読をお薦めしたい*5。
*1:公正取引委員会「デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」(令和3年2月17日公表)。なお、この報告書に対しては、当ブログでもデジタル広告分野における「独占」の意味。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーで適宜内容をご紹介しつつコメントしている。
*2:Googleという会社が今浴びせられている攻撃は、世界各国で概ね共通しているところもあるから、野口部長のご発言の中には「全世界共通」のこの会社のプロトコルに則って発せられているものも多々混ざっているとは思う。ただ、それでも、ご発言の節々に、単なる”棒読み”ではないほとばしる何かを感じるのは、その言葉を発しているのが、かつて著作権法の世界で「コモンズ」の理想を説かれ「ルールを動かす」ことへの思いを語っておられた野口氏だからだろう、と思うのは自分だけだろうか。発せられる”熱”に強い共感を覚えてしまうのは、10年以上前から自分も変わっていないような気がする(↓のエントリー参照)。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
*3:その「存在感」が、現在のマイクロソフトのようなそれ、だとしたら、ちょっと複雑だったりもするのだけれど・・・。
*4:Google ChromeのThird Party Cookieサポート終了後
*5:他に知的財産法の観点からの鈴木將文教授の論稿、抵触法(国際私法)の観点からの横溝大教授の論稿など、今後の本格的な学際的検討の必要性を強く意識させるものも多く、これからの議論の展開が益々楽しみになってきたところである。