最近の法律雑誌より~ジュリスト2020年7月号

このブログでも長らく連日連夜「緊急特番」みたいな状況が続いていたのだけど、さすがにそろそろじっくりと法律雑誌を読めるような日常に近づけていきたいな、ということで、久々にこのざっくりとした標題を付けてみたり。

ジュリスト 2020年 07 月号 [雑誌]

ジュリスト 2020年 07 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/06/25
  • メディア: 雑誌

確かこのエントリーの場合、記事構成パターンの約束事も決めていたはずだったのだけど、それを思い出すのも一苦労・・・という状況ながら、それでも何とか書いてみた。

特集 これからの企業結合規制

この特集の見出しを拝見して、そういえば、昨年末くらいには「デジタルプラットフォーマー」をめぐる議論の文脈でも「企業結合ガイドライン」が話題になっていたなぁ・・・という記憶が何とか蘇ってきた。

冒頭*1で書かれているとおり、この企画自体はまさにタイムリーに、かつ、より範囲を広げて、「主に平成31年/令和元年において企業結合規制に関し大いに議論された諸問題を確認し、それぞれの問題に即して骨太の将来展望を行おうとするもの」だし、それに続いて、

「いずれの論題も、新型コロナウイルス感染症の問題が生じても色褪せない、重要なテーマである。」(14頁、強調筆者、以下同じ)

と、きちんと釘を刺されてしまっていることで、目先の流行の話題に飛びつきがちな自分としては、まったくもって申し訳ございません・・・というほかない*2

掲載されている論文は、帰山雄介「垂直型企業結合と混合型企業結合の審査基準」*3池田毅「デジタルビジネスにおける企業結合規制」*4中野雄介「スタートアップ企業の買収と企業結合規制」*5川合弘造「乗合バス・地域銀行の企業結合の特例措置」*6で、いずれもここ1、2年のガイドラインや法令等の見直し議論の概要を紹介しつつ、執筆者独自の「展望」も随所に示されており、いずれも今後の動きを見通す上での資料価値は高いといえるだろう。

そんな中、特に自分が面白いな、と思ったのは、公取委による企業結合審査が難航した状況を踏まえ、一部の分野について独禁法の規定の適用から除外する「特例法」*7について川合弁護士が書かれた以下の評価である。

「乗合バス事業者や地域銀行は、収支状況が悪化する中でも、企業結合に必ずしも積極的であった訳ではない。むしろ、公取委による企業結合審査が問題とはなりそうもない事案についても、主務官庁による経営統合等による経営改善の働きかけに対して、公取委による企業結合審査を口実にするなどして、消極的であったものも多いとも仄聞する。その意味で、この特例法は、こうした地域企業による経営を、主務官庁主導で、言い換えると公取委による企業結合審査の困難を言い訳にさせずに、推進していくためのものと位置付けることもできる。」(40頁)

言われてみればなるほど・・・という見方だし、最近の様々な立法の動き*8ともラップするところがあって、非常に興味深かった。

そして最後に、この特例法ができたことで、主務官庁の介入が「私企業による自由な経営判断による事業方針の決定を阻害するおそれ」もあることを指摘しつつ(42頁)、

「特例法は、民間企業の経営者であれば、足元の市場環境だけではなく、近未来に確実に悪化することが想定される事業環境に備えて、会社を守るために企業結合を行うという当然の決断を尊重せず、足元の市場環境での競争制限(あるいは需要者の選択肢の制限)が生じるかを特に重視する審査姿勢をとってきた公取委の伝統的な企業結合審査に対する政治からの回答であったことを忘れてはならない。」(42頁)

と指摘し、公取委の考え方の変容をも促しておられる点は、まさにこれから(コロナの直撃が一息ついた頃に)「先を見据えた業界再編/業界横断的再編」が次々となされることが予想される中で、重要なポイントとなってくるのではないかと思うところである。

新連載 パンデミックと法実務

続いて、こちらは今号から始まった時宜にかなった新連載。初回は後藤元「パンデミックにおけるCSRとソフトロー」*9、山野目章夫「不動産賃貸借」*10という実に豪華な二本立ての構成になっているのだが、特に、後藤教授の論稿にはいろいろ刺激的な問題提起が多かった。

「Ⅱ.パンデミック下での営業の自粛と取締役の義務」という章では、「1.営業を自粛することが取締役の義務違反になるか」という問いと「2.営業を自粛しないことが取締役の義務違反となるか」という問いを立てた上で、前者については取締役の裁量に委ねられるため原則として会社に対する義務違反に問われることはない、としつつも、

「営業を自粛した結果、資金のショート等によって会社が倒産してしまった場合には、営業の自粛による長期的な利益を会社が享受することはできなくなる。このような事態に至る可能性が非常に高いと取締役が判断しているにもかかわらず、その状態で営業を自粛することは、取締役の会社に対する義務に違反する可能性が存在する。」(46頁)

と、なかなか背筋が寒くなるようなことを書かれている(笑)*11

また後者に関しては、より厳しく「営業継続の決定に関与した取締役が会社に対する任務懈怠責任を追及される可能性」や、追加融資や不祥事発覚後に取締役に認められる裁量の幅を狭く解する裁判例に触れつつ、

「感染リスクが一定以上に高まり、法令上の根拠に基づく休業要請が出されている場合などにおいては、取締役が取るべき行動はある程度固まっているとして、取締役に認められる裁量の幅が限定される可能性があろう。」(47頁)

と、より厳しい解釈の可能性も示唆されている。

本稿の最後で「休業指示等に応じない事業者の名称を公表する」という対応に関し、これを一種の「ソフトロー的手法」であるとして一定の評価を与えていることも含め(49頁)、いろいろと議論を呼びそうな論稿でもあるだけに、この先も注目しておきたいところである。

時論  橋本阿友子「音楽教室裁判にみる著作権法の問題点」*12

さて、最後に、東京地裁令和2年2月28日判決*13に関し、かなりのボリュームで書かれた解説記事もご紹介しておくことにしたい。

ここで橋本弁護士が分析の対象とされているのは、もっぱら裁判所が「利用主体」論と「公衆」要件該当性に関して示した判断の部分に限られているが*14、そこに向けられた指摘にはなかなか手厳しいものがある。

「利用主体を、物理的行為者と同視し得るほどの密接な関係のない者にまで拡張するのであれば説得的な根拠が求められるところ、本判決が管理・支配性及び利益性に着目する根拠は必ずしも明らかではない。」(81~82頁)

「そもそも、教師の演奏につき、音楽教室事業者との密接な支配関係によりその利用主体を音楽教室事業者と考えることが可能な本事案において、生徒の演奏にまで利用主体を音楽教室事業者と評価すべき価値判断はどこから生じているのだろうか。教師の演奏と生徒の演奏は区別して判断すべきであったと考える。」
「確たる証拠も適示しないままに大手音楽教室の実態につき他の音楽教室事業者に推認を及ぼし、あらゆる音楽教室について広く生徒の演奏の利用主体を音楽教室事業者と評価したことにも疑問が大きい。」(82頁)

「自分が自分のために演奏する行為を公衆に対する演奏と評価することは、据わりが悪い。この不自然さは、利用主体を規範的にみたことに起因するもので、そもそも生徒の演奏の利用主体を音楽教室事業者と評価することに無理があったのではないかと考える。」(83頁)

音楽の世界でのバックグラウンドを持つ弁護士が書かれているだけに、「本判決では音楽教室の実態を『正しく』反映していない部分があるように思われる。」(84頁)というコメントにも重みがある。

そしてこの論稿の最後に書かれた

控訴審では、従来の最高裁判例を引用するだけではなく、事実に即した、権利保護と自由な利用のバランスが適正に図られた判決を期待したい。」(84頁)

という点については、自分も大いに共感している、ということも改めて申し添えておきたい。

*1:白石忠志「特集にあたって」ジュリスト1547号14頁(2020年)

*2:強いて言い訳をするとしたら、昨今の新型コロナ禍の影響で今後しばらくは各国独禁当局が申請企業とがっぷり四つでにらみ合うような「攻めのM&A」の機会が激減するのは間違いないと言われており、当面はいわゆる「救済合併系」の案件にシフトすることが予想されるため、これまでの議論の前提も大きく変わってくる可能性があり、「コロナ前」にはなかなか頭が切り替わらず・・・といった類の話になるだろうか。もちろんこれはただの言い訳に過ぎない。

*3:ジュリスト1547号17頁。

*4:ジュリスト1547号23頁。

*5:ジュリスト1547号30頁。

*6:ジュリスト1547号36頁。

*7:「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律」、2020年5月20日に可決成立している。

*8:どう見ても解釈上、その法律が物事を進める際の障害となっているとは考えにくいのに、それを理由として物事を進めようとしない人が多いことにいら立って「えいや」と法律ごと変えようとしてしまうような動き。

*9:ジュリスト1547号44頁。

*10:ジュリスト1547号50頁。

*11:一般論として、CSRの観点からの行為に全て取締役の裁量が認められるわけではない、という点については自分も全く同意見なのだが、今般の新型コロナに関しては、2.でも書かれているとおり、営業を継続することによって感染拡大を引き起こすリスクがかなりの確率で存在する以上、よほどのことがない限り、「自主的な営業中止」によって取締役が責任を負うことはない、というべきではないか、と自分は思っている。

*12:ジュリスト1547号79頁。

*13:当ブログでの紹介記事はこれが法解釈の限界なのか?~音楽教室 vs JASRAC 東京地裁判決に接して - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~である。

*14:「聞かせる目的」による演奏かどうか、という論点にも少し言及されているが、この点については「(原告が)本判決の指摘に対し説得力に反論するのは困難」という評価となっている(83頁)。

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