「白猫」特許訴訟騒動を見て思うこと。

10日くらいから流れ始めた任天堂コロプラに対する特許権侵害訴訟提起のニュース。
差止め、損害賠償請求の対象が、ゲーム業界の勢力図を変えた人気スマホゲーム「白猫プロジェクト」ということもあり、ネット上でも大きな盛り上がりを見せた*1

コロプラは10日、任天堂特許権侵害で東京地裁に同社を提訴したと発表した。任天堂コロプラの主力のスマートフォンスマホ)向けゲーム「白猫プロジェクト」の差し止めと44億円の損害賠償、遅延損害金を求めている。白猫はコロプラの稼ぎ頭。差し止めになった場合、業績への影響が大きい。提訴は2017年12月22日付。任天堂によると、タッチパネル上で操作する際に使用する特許技術など5件が対象だという。任天堂が国内で特許権侵害について提訴するのは初めて。」(日本経済新聞2018年1月11日付朝刊・第16面)

コロプラは、同日中にリリースを掲載し*2、以下のように訴訟の経緯等を説明した。

4.訴訟の原因及び提起されるに至った経緯
任天堂株式会社(以下、「任天堂」といいます。)から平成 28 年9月に、当社のゲームが任天堂保有特許権を侵害するとの指摘がありました。それ以来、1年以上にわたり時間をかけて真摯かつ丁寧に、任天堂特許権を侵害しないことを説明してまいりました。しかしながら、当社の考えが任天堂に受け入れられるには及ばず、訴訟を提起されるに至ったものです。
(強調筆者、以下同じ)

5.今後の見通し
当社は、当社のゲームが任天堂特許権を侵害する事実は一切無いものと確信しており、その見解の正当性を主張していく方針です。なお、本件が当社グループの業績に与える影響を現時点で見通すことは困難でありますが、今後開示すべき事項が発生した場合には速やかに開示いたします。

これだけ読むと、特許係争においては良くありがちな展開だし、知財に長く携わっている者であれば、「そこまで言うなら裁判所でさっさと白黒つけましょう」と開き直る状況だと思うのだけど、それがこれだけ大騒ぎになってしまう背景には、業界的に、ユーザーも投資家も、そして中の人々も、この手の紛争には決して慣れていない、ということが大きいのだろう。

何よりも、損害賠償請求額が「44億円」と被告会社の規模に比べればあまりに大きいのが効いていて*3、そうでなくてもブームが沈んで、直近の決算で大幅減収減益になっている(2017年9月本決算の当期利益は58%減の約87億円にとどまっている)中で、こんな情報が開示されてしまえば、株価大幅下落(11日の相場では一時22%安。一気に1,000円を割り込む水準まで落ち込んだ)もやむを得まい。

元々、特許の世界で「ゲーム(のルール)」といえば、誰に聞いても「自然法則を利用していない人為的取り決めだから発明に当たらない」というフレーズが脊髄反射的に出てくるわけで、業界全体が“特許オリエンテッド”な価値観からは縁遠いところにあったはず。
それが、ネット配信の時代になり、IT技術との融合が進んだことで、ゲーム周りの「特許」にも俄然注目が集まるようになり*4、ハードを持たないソフト開発専業会社でも、毎年多数の特許を出願するようにはなってきている*5

ただ、紛争ビジネスモデルならぬ、“ゲームモデル特許”のような微妙な特許も多いだけに、客観的にみて権利行使まで行けるか、というと、なかなか難しいところもあるように思われる。
公表裁判例をみても、容易想到性の観点から無効理由を主張されて崩されているケースは良く見かけるし、逆にクレームを手堅く作れば作るほど、僅かな差異を持ちだされて構成要件充足性が否定されるパターンに陥ってしまう*6

そもそも「ゲーム」が需要者を引き付けるのは、そのストーリー性だったり、グラフィックの美しさ、操作パターンの多彩さ、といったところにあるのであって、純粋な技術的要素が寄与している部分は決して大きいものではないから、被告製品がどんなに売り上げの良いソフトウェアだったとしても、認められる損害賠償額は決して大きなものにはならないはずだ*7

なので、実務者としては、競合会社に牽制としてお手紙を出して交渉を仕掛けるくらいのところまではやっても、それ以上の泥仕合には持ち込まない、というのが賢い選択だし、実際、この業界自体も、そうやってこれまでやってきたのではないか、と思っていたのだけど・・・。

今回、任天堂が「提訴」にまで至った背景に何があるのか、会社の見解が何ら示されていない今の時点で推し量るのは難しい。

昨年末、大阪地裁で出されたカプコンコーエーテクモに対する特許権侵害訴訟の判決*8で、わずかな額(約9億8000万円の請求のうち517万円を認容)ながら、間接侵害による損害賠償請求が認められたことに影響されたのか*9、それとも、昨今の与党筋からの「特許でもっと喧嘩しようよ!」的な煽りに行動で応えたのか*10、あるいは全く違う次元の話なのか・・・。

ただ、いつの時代も、洋の東西を問わず、「特許訴訟が乱れ飛ぶようになったら、その業界&会社は終わり」というジンクス*11もあるので、できることなら、さっさと良い落としどころを見つけて、和解でカタを付けてほしいものだ、と思うところである。

*1:おそらく、この盛り上がりは10年一昔前の「釣りゲーム」著作権侵害事件以来じゃないか、という気がする。そして、その後、ガラケーのブラウザからスマホアプリにゲーム界の主役が移る中で、ガンホーと並んで一世を風靡したコロプラが訴訟に巻き込まれてしまった、というところに、いろいろと思うところはある。

*2:http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1543523

*3:後述するように、この請求額が満額認容される可能性は限りなく低いのだけれど・・・。

*4:2010年前後くらいから、知財担当者が大手メーカーからゲーム業界に転職するパターン、というのをやたらよく見かけるようになった。

*5:ざっとIP Forceの情報で確認する限り、現在でも年100〜200件程度の出願・登録はなされているようである。

*6:コナミが「大熱狂!!プロ野球カード」を配信する株式会社gloopsを特許権侵害で訴えたケースでも、構成要件非充足として請求が棄却されている(東京地判平成26年6月6日)。

*7:印紙代だけでも取り戻せればまだ良いほうで、弁護士費用まで含めれば到底元を取ることはできないだろう。もちろん、差止請求、ないし訴訟を起こすことそれ自体によって相手の勢いを止められればそれでよい、という場合もあるとは思うのだけれど。

*8:大阪地判平成29年12月14日(H26(ワ)第6163号)

*9:もっとも、カプコンの事件においても、請求原因とした2つの特許のうち1つは無効理由ありとされ、もう一つの特許についても、「実施料率0.5%」で受けるべき金銭の額が計算されてしまっている、という状況だけに、あえて訴訟を提起して判決までもらうメリットがあったかどうかは、かなり疑問のあるところなのだが・・・。

*10:本ブログでも過去に何度か取り上げているが、これこそまさに「亡国の理論」で、政治家でも有識者でも、こういうことしか言えない人間はさっさと一線を退くべきだと自分は思っている。

*11:単なる「偶然のめぐりあわせ」なのかもしれないが、個人的には、「知財」を振りかざす会社が出てくる、ということは、既にその市場において前向きな開発や営業に向けるだけのエネルギーが失われている、ということの証左なのではないかな、と思っていて、そういうニュースがチラホラ出てきたら「売りサイン」とみている。

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