今必要なのは冷静な議論~ジュリスト・個人情報保護法改正特集より

ここのところ法改正特集が続くジュリストだが、今月発売号は「2020年個人情報保護法改正」の特集だった。

ジュリスト 2020年 11 月号 [雑誌]

ジュリスト 2020年 11 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/10/24
  • メディア: 雑誌

2015年改正で一息ついたと思ったのもつかの間、海の向こうでGDPRやらCCPAやらその他もろもろの個人情報保護法制強化の動きがあり、それに煽られるようにより複雑な法規制に向かって歩みを進めた結果生まれたのがこの2020年改正、というのが自分の理解で、ちょうどコロナのバタバタの中の通常国会で審議されていたものだから、成立した時点では比較的反響は薄かったものの、いざ説明会等が始まるとあちこちで「よー分からん」という声があふれているのが今の状況だと自分は思っている。

で、そんな中出たのが今回の特集だったわけだが、自分がとても良いな、と思ったのは、掲載された論稿に共通する”冷静さ”。

冒頭に掲載された藤原靜雄=宍戸常寿「2020年個人情報保護法改正の背景と今後」*1では、堀部政男初代個人情報保護委員会委員長*2の系譜を継承する藤原教授が、この5年間の動きだけでなく、これまでの個人情報保護法の形成過程まで振り返って、随所にバランスの良いコメントをされている。

中でも「そうだよなぁ・・・」と感じさせられたのは、個人情報保護法がどんどん複雑さを増している印象も受ける、という宍戸教授の問いかけに藤原教授が答えた以下のくだりだろうか。

「個人情報に当たればこの法律の規律に服する。しかしながら、経済活動、社会生活の関係上、全ての個人情報の扱いに等しい規律をかけるわけにはいかないから、最初に立法した時から難しい判断があって、個人情報、個人データ、保有個人データと規律の網の範囲を区別した。当初から、国民は、個人情報も個人データも通常は区別していないという批判を受けているわけです。近時では、利用の側面がぐっと出てきて、匿名加工、仮名加工という類型が入った。その結果、より複雑なものになっている。」
Cookie情報や位置情報というのは、そもそも諸外国でも個人情報に当たるかどうかという議論があるわけですが、我が国では、ここを利用の実態に鑑みて、「これは個人情報だ」と言ってしまうわけにもいかないし、しかしながら保護もしなければいけないという、その両にらみで定義を作っていくという方向をとっている。すると、このように、その時々の状況を踏まえてはいるが、複雑なものになるのかなという感じはしています。」(22頁、強調筆者、以下同じ。)

淡々と述べられてはいるが、両方向から飛んで来る矢を交わしながら法律の規定にしていかなければならない、という苦悩がここに滲み出ているような気がして、いろいろと考えさせられるところは多かった。

これは我が国に限らないのかもしれないが、この種の議論をするときに非常に不幸なことだと思うのは、今の技術の下では特定の個人に結び付けて活用することが極めて難しいような情報にまで「個人情報」として網を賭けられようとしている風潮であり、氏名をフィクションにした時点でもはや「個人に結び付く情報」でもなければ、統計的に処理する以上の用途で活用するのも厳しい、という情報であるにもかかわらず、当の事業者自身があたかもそれを財産的価値のある”ビッグデータ”であるかのように喧伝しているがために、より警戒心を持って受け止められ、統計情報として活用することすらままならなくなっている、という現状だったりする。

本来なら、情報主体にとって脅威になり得るかどうか、という実質的観点から判断すべき問題を、個人と”紐付けしうる”かどうか、という抽象的な観点からとらえようとする発想にも問題がないわけではないが、自分はこの点に関しては、「情報」の価値を過大に喧伝する事業者や一部の”ビッグデータ推し有識者”の方により問題があると思っていて、結果的に、そうでなくても進んでいなかった「ビッグデータ活用」の進化スピードがより鈍ることになり、この4~5年の間に未だに微々たる成果しか出せていない、ということは猛省されるべきではないかと思っているところである。

バランスを取って「仮名加工情報」という概念を導入することで、企業内で少しでも使いやすくした、という関係者の尽力には頭が下がるというほかないが、そもそも5年前に「匿名加工情報」のエキセントリックな規律が導入されなければこんな苦労もしなくてよかったはずだから、ちょっともったいない時間だったと思わずにはいられない。

また、法執行に関していえば宮下紘「個人情報取扱事業者等の新たな義務」*3で指摘されていた「破産者マップ」に対するコメントにも、納得させられるところが多かった。

「破産者マップについては、肝心のいかなる権利利益が侵害され、そしてなぜ違法・不当な行為の助長・誘発であるのかについての立ち入った説明がみられない。」
「現行法では、第三者提供についてオプトアウト手続を用いることで破産者マップを公表することは個人情報保護法上必ずしも禁止されているわけではない。」
「忘れられる権利が明文化されているEUにおいてさえ、破産者情報に関する個人データ削除は原則として認められていない。」
(以上39頁)

宮下准教授はこういった点を指摘した上で、利用目的の通知・公表義務や第三者提供の同意取得違反、という根拠だけで行われた個人情報保護委員会の処分の進め方をやんわりと批判した上で、

「破産者マップについては、オプトアウトの届出という手続論として処理するのではなく、破産者の権利利益の保護という実体論と向き合わざるを得ないのである。」
「このような比較衡量の透明性あるプロセスをもって不適正な利用禁止の文言を釈義し、新16条の2の法執行にあたることこそが法目的に適合する。」(以上40頁)

と述べられる。

自分自身、「破産者マップ」に対する個人情報保護委員会のリリースを見た時に大いなる違和感を感じていて、一方でそれを上手に言語化することは今まであまりできていなかったのだが(以下引用の過去エントリーも参照のこと)、本稿を拝読して、まさにこれだな、と感じさせられたということは書き残しておきたい。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

法の守備範囲である『権利利益』が十分に確定されていないことがかえって義務内容の可変性・非限定性をもたらしているように思われる。」(41頁)

という指摘は、「権利」だからこそ、その限界が認識されている(事業者側でも必要以上の過剰な配慮はしない)EU域内の現場レベルの実務プラクティスに照らしても納得できる点は多いわけで、今後の法改正の議論の中でも「ここを整理して変える方向で検討しましょう」という発想はもう少し出てきても良いのではないかと思っている。


以上、他の論稿でも変わらず、淡々と必要なことが描かれているのは、さすがジュリスト、というべきだろうか。

本号の特集に目を通しただけで、今回の改正の内容をすべからく理解する、というのはどうしても難しい気はするのだが、バランスの良い説明で大枠を掴むきっかけさえ得られれば、後はいくらでも自分で調べて勉強することはできるわけだから、自分はこれで良いのではないかと思っている。

そして、「当時の法解釈の下では誰も『違法』と位置付けることができなかった事例を、実態も知らないまま後付けの理由だけで「違法」と断じるような論稿ではなく、冷静かつ中立的に論じようとする論稿が揃っている、というのは、このテーマの”党派性”を考えると大変貴重なことで、その意味でも有益な特集といえるのではなかったか、と感じた次第である。

*1:ジュリスト1551号14頁。

*2:堀部名誉教授が登場された昨年のジュリストの対談記事(最近の法律雑誌より~ジュリスト2019年7月号 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)も非常に記憶に残るものであったことが最近のことのように思い出される。

*3:ジュリスト1551号36頁。

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