「職務発明制度」がどうなったのかを知るために欠かせない一冊。

このブログでも過去何度も取り上げてきた特許法35条の改正に関し、非常に良い解説書だな、と思って紹介するタイミングを見計らっていた一冊の本がある。

おそらく、BLJ誌にronnor氏が連載している書評で取り上げられるのではないか、と思い、その反応を見てコメントすることを考えていたので随分と遅いタイミングになってしまったのが、今月発売のBLJ誌上でのコメントは特になかったので*1、ここでご紹介しておくことにしたい。

実務解説 職務発明――平成27年特許法改正対応

実務解説 職務発明――平成27年特許法改正対応

この書籍の最大の特徴は、著者4名がいずれも特許庁総務部総務課制度審議室法制専門官」として今回の立法に関与した(と思われる)大手法律事務所の弁護士たちだ、ということだろう。

立法に関与した省庁の担当官が、法改正直後に「解説」を書くのは一般的なことで、そういった解説はある種の“公権解釈”として重宝されることも多いのだが、加えて本書の著者の方々は任期付きで派遣された若手弁護士で、4名のうち3名は既に事務所に復帰され、立場を変えてクライアントの側から改正法(及び改正法指針)にかかわっている先生方、ということになる。

通常、当局の担当官が書く解説、というのはとかく保守的で、役所の建前を前面に出すものになりがち*2だが、本書の場合、「立法プロセスに密接に関与しつつも、任期が終われば当事者として改正法に向き合わなければいけない」という著者の立場ゆえに、一歩踏み込んだところまでしっかりとした記述がなされているように見受けられる。

特に、「第5章 職務発明Q&A」(92頁以降)では、「総論」から「新入社員・中途入社・組織再編での入社の取扱い」(Q43、178頁)、「退職者に対する『相当の利益』の付与」(Q50、197頁)といった実務上頭を悩ませることが多い論点まで広範な論点が取り上げられ、改正法や指針の条文を適切に引用しつつも、そこに書かれていないことまでさらに一歩踏み込む、というスタンスが徹底されており*3、企業の実務家にとっては非常に有益な記載も多い。

また、産業界の一番の関心事であった「『相当の利益』の内容と不合理性の判断」に関する指針の記述について、

「平成16年法改正以降においても、自主的な取決めによる『相当の対価』は、特許法35条5項によって定められる額を考慮して決定しなければならないとの見解が存在するが、本項が当該見解をも否定する趣旨か否かは明らかでない」(55頁)

と記載しているくだりなど、産業界の強い意向が反映されているはずの「指針」を客観的に突き離しているような印象もあり*4、なかなか興味深く読むことができる。

前半で、平成27年法改正の立法事実や改正の意義を「公式見解」に則って淡々と説明しながらも、いざ具体的な設例に則って解説を行う場面では、むしろ「平成16年法改正の趣旨」の方が多用されている、というところに、合理的で賢明な法律家たちの今回の改正の受け止め方が如実に現れているような気もするのだが*5、いずれにしても、これ一冊で今回の特許法35条改正はほぼカバーできるし、「結局、何がこれまでと変わり、何が変わっていないのか」ということを深く考えることができる*6のは間違いないところで、ここは本書を強くお勧めしておきたい。

まぁ、本書を紹介するタイミングを見計らっている間に、先月発売されたジュリストに、竹田稔弁護士と中山信弘名誉教授という知財界二大巨頭の対談企画(「日本の職務発明制度と平成27年改正」ジュリスト1495号2頁(2016年))が掲載され、

「子細に検討すればするほど大きな制度変革は行われなかったというほかありません」(3頁、竹田発言)
「理論的には画期的な変化であるとは思いますが、現実にどの程度の変化があるのかという点では、『大山鳴動鼠一匹』という感じは否めないと思います。」(4頁、中山発言)
「『相当の経済上の利益』は実質的には『対価』に集約されるものであり、大臣指針において『対価』の算定をどのようにすべきかまで触れることは望ましいことではないし、大臣指針でそのような介入をすることは到底不可能だといわざるを得ないと思います。」(72頁、竹田発言)*7
「私は、実体的正義から手続的正義への転換を図った平成16年改正のほうが、平成27年改正よりも重要であると考えています」(75頁、中山発言)*8

等々、今回の改正を「画期的な変化」と位置付けようとする人々に強烈な冷や水を浴びせてしまったために、上記解説書に込められている(?)メッセージもだいぶ霞んでしまっていたりもするのだけど・・・。

*1:なお、ronnor氏の第1回の連載をこのブログで取り上げたところ、今月号の書評の冒頭でご紹介いただける、という光栄に預かってしまった。この場を借りて御礼を申し上げたい。

*2:したがって、審議会の中で整理され公表された内容に忠実な記載となるし、そこで明確にされなかった“かゆいところ”の記述はあえてぼかしてあったり、捨象されていたりすることも多い。

*3:例えば、Q43では、「協議の状況」を「基準を策定する場合において、その策定に関して・・・行われる話合い全般」と定義するガイドラインの記述を引用しつつも、「平成16年改正以降の手続重視の思想」として「『相当の利益』を受ける発明者たる従業者との関係で適正な手続を要求している」ということを挙げ、「基準策定後に入社した者に対しても何らの手続を保障することが望ましい」(178頁)という結論を導き出している。

*4:もっとも、これに対応して設けられているQ15では、「平成16年改正の趣旨」を引用しつつ、「上記見解は、このような改正の趣旨に反するように思われる」(124頁)という使用者寄りの見解が示されている。

*5:ちなみに、先日、日経新聞のコラムに、こともあろうに、「各社がルール見直しに消極的なのは知財部門の社内の地位が低いから」といった特許庁関係者のコメントが掲載されていて仰天した(日本経済新聞2016年7月9日付朝刊)。確かに、知財部門に全社横断的なルールを構築する力がない、というのは事実だとしても、今回の法改正に関しては、そもそも“変える必要がないから変えない”というのが合理的な実務家の感覚で、特許庁が小さな成果を大きく見せたいがために企業側にあらぬ責任転嫁をしようとするのは、正直勘弁してほしいと思う次第である。

*6:そして、深く考えれば考えるほど、平成16年改正時から「何も変わっていない」ということに気が付く。

*7:この点に関して、中山名誉教授は、「改正法にいう利益が、厳密な意味で対価と同じか否かという議論ではなく、正当な手続を踏んだか否かという点を問題とすべきではないか」(73頁)、「利益の概念を、対価の概念よりは柔軟に解釈してもよいのではないか」(74頁)という発言をされているが、一方で「徹底した条文とはならなかった」(72頁)ことは肯定されている。

*8:中山名誉教授は、これに続けて、「16年改正後も企業の職務発明管理には大きな変化は見られなかったようです。」として、今回の改正を機に「企業はより柔軟な規程を設けることが可能となったので、それを大いに活用してほしいと思います」(75頁)という前向きな姿勢を示されているのだが・・・。

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