誰も賛成しない罰則規定の不可思議。

慌ただしさにかまけていろんなことが後手後手になっているのだが、これだけは、ということでようやく目を通せたのが先月発売のジュリストである。

ジュリスト 2020年 12 月号 [雑誌]

ジュリスト 2020年 12 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/11/25
  • メディア: 雑誌

特集は、公益通報者保護法改正」ということで、座談会から解説まで、本年可決された改正法の記事がかなりのボリュームで掲載されている*1

感想としては、全体を仕切られた山本隆司・東大教授の「本特集は、改正項目ごとに細分せず、改正法に様々な視点から光を当てることに努めた。」*2というコンセプトが光る特集で、特に、労働法(桑村裕美子・東北大准教授)、会社法(田中亘・東大教授)、行政法(島村健・神戸大教授)という3つの切り口から、遠慮なく全体を俯瞰して論じられていることが、今回の特集を、この種の特集にありがちな消化不良感とは無縁な良質な解説論稿集にしているように思う。

このテーマは、自分もかなり前から気にしていたもので、大改正が見送りになった10年ほど前のタイミングでも一度エントリーを上げているし、

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

その後、オリンパス社の件なども挟んで、ようやく日の目をみた今回の改正に対しても半年前にコメントしたばかりであった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

当然ながら、通報を直接、間接に「受ける側」としての経験もあるし、また異なる切り口からこの制度と向き合ったこともあるから、個人的には、3条2号の行政機関等に対する公益通報の要件が緩和されたのは良い方向だと思うし、各所からの相当な抵抗があったと思われる中、3号通報についても、僅かながら公益通報者をプロテクトするための要件が追加されたのはまぁ良かったんじゃないかと思っている。

そもそも論で考えるなら、必死の覚悟で通報を行った者に法が与える効果が「解雇の無効」とか「不利益取扱いの禁止」といった”現状維持”策に留まっていてよいのだろうか、という疑問は依然として残っているし*3、あくまで「役務提供先に対する公益通報」が第一、という制度設計が見た目上は維持されているように見えることについても、もっと不満の声が上がって然るべきだろう*4

社内の窓口を中心に据えて運用してきたこれまでの制度の中で何が起きているかといえば、”小悪”、いや”悪”とも言えないような些末な話に社内の窓口担当者が忙殺され、その一方で本質を突くような話は皆警戒して上がってこない、という本末転倒な状況だったりもするわけで*5、将来的な制度の在り方としては、「ダイレクトに外へ」という方向に持って行く方が、皆幸福になれるのではないかと思わずにはいられない*6

ということで、いろいろ考えだすとキリがないところではあるのだが、話を戻して今回のジュリストの記事の中で一番興味深かったのは、新設された第12条(及び罰則規定としての第21条)の当否について議論されていたくだりだろうか。

公益通報対応業務従事者の義務)
第12条 公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなくその公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない
第21条 第12条の規定に違反して同条に規定する事項を漏らした者は、三十万円以下の罰金に処する
(強調筆者)

自分自身、最初にこの条文が盛り込まれた案を見た時に、これはちょっと厳しいんじゃないかなぁ、と思うところはあったし、法案の成立と相前後して、何人かの企業内の関係者から「勘弁してくれ」というトーンの話を聞かされた。

ここで細かくは書かないが、身元を明かされることを嫌がる通報者に限って、通報事実が極めてローカルで属人的な内容であることが多かったりするし、そもそも通報が真に正当な目的でなされているのかどうかすら疑われる場合も多かったりする。

当然ながら、その類の通報であれば、誰も何も言わなくても「ああ、あいつか」と衆目一致することがほとんどだったりするが、そういう通報者に限って「”秘密”を洩らされた」と誤解し、間に入って汗をかいている「窓口担当者」を標的に過剰な攻撃性を発揮してくる、というのは概してよくある話だったりもする。

おそらく立法者が意図していたのは、会社の重大な不祥事が告発された場面で、窓口担当者が「犯人捜し」に加担させられないように牽制する、という効果だったのだろうが*7、ここで義務を課され、最悪、刑事罰まで課されるリスクを負っているのは当の「窓口担当者」自身であって、「犯人捜し」をしている者ではない。

山本隆司教授も指摘されるように(座談会31~32頁)、専門調査会で議論の末「今後の検討課題」に留めていたことや、当の事業者に対して行政措置も刑事罰も課されないことと比較すると、あんまりではないか・・・というのがこの話なわけで、いかに今後のガイドラインで「正当な理由」の外延が広めに確保されたとしても、当の「公益通報対応業務従事者」としてはやり切れないだろう、と思うところはある。

で、座談会*8の議論に目を移すと、山本教授の問題提起と、神田企画官の”弁解”に続いて、次々と疑問の声が投げかけられている。

島田陽一教授(労働法)が、

守秘義務自体は重要ですけれども、従業員に罰則の制裁を科すことは妥当でないと思います。」
「今ひとつ分からないのが、罰則で考えるべきではないという議論がこれまでの大勢であったのに、どうしてこれが入ったのかということです。」
「窓口担当者に負担がかかるような運用にならないように、できれば撤廃していただきたいところですが、慎重な運用を考えていただきたいと思います。」(以上32頁、強調筆者)

と口火を切り*9、山口利昭弁護士が、

「この規定は結局、内部通報制度を良くできないというか、良いものを作る方法とは真逆の方向に持っていってしまうという懸念を持ちます。」(32頁)

とかぶせる*10

そして興味深かったのは、ここは消費者庁側の肩をもっても不思議ではなかった日弁連代表の光前幸一弁護士までもが、

「私も、個人的には罰則導入に反対です。」
「抜かずの宝刀だとしても、罰則導入は角を矯めて牛を殺すではないですけれども、通報制度そのものを萎縮させてしまうというのが、私の個人的な意見です。」(以上33頁)

という見解を述べられていることで、何のことはない、既に出来あがってしまった規定であるにもかかわらず、立案担当者以外は座談会出席者全員が「反対」の方向を示されている、という何とも凄い状況・・・。

とかく、高邁な理想論や、(企業側、労働者側双方から)建前論が飛び交いがちなこのテーマの議論において、リアルな実務視点からの指摘で出席者のほとんどが一致した、というのは珍しいことで、だからこそ、本来ならバランスよく収まるはずの「座談会」でこんな異例の展開になってしまったともいえるのだが、やはり何度見返してもため息が出る。

先ほど述べたような自分の”理想論”で言えば、この罰則規定が「守秘義務が重すぎて企業内では抱えきれない。もう外で受けてくれ・・・」という方向に向かっていく嚆矢となるのであればそれでもいいじゃないか、ということになるのかもしれないが、そこまでたどり着くまでの間に、良心的な「公益通報対応業務従事者」が一人でも傷を負うようなことになってしまうことに耐えることもまたできないので、願わくばこれから出てくるガイドライン等で、この規定がきれいに封印されることを願ってやまない。

そしてこの先、5年、10年経って、この法制度にさらなる変化が求められる必要な時が来たならば、その時は自分も何らかの形でかかわることができれば、と思っている*11

*1:個人的には、解説を書かれている方々の名前を見ながらちょっとした感慨を覚えたりもした。理由はここでは割愛。

*2:山本隆司公益通報者保護法の2020年改正」ジュリスト1552号15頁。

*3:少なくとも、事業者が明らかに法に抵触する行為を行っている場合に、自らの立場を賭して通報した者には相応の見返りが与えられて然るべきだろう、と自分は思っている。

*4:行政機関にしても、メディアにしても、いきなり「通報」を受けて的確な対応ができるだけのリソースや、企業組織の内情に対する理解能力が十分に整っていない、という実情があるにしても、である。

*5:もちろん、「些末」と思える話の中に、企業の根幹にかかわるような重大な問題が潜んでいたりもするので、軽く考えすぎるのは良くないのだが、今の状況が限られたリソースの割き方として適正か、と言えば、首をかしげる人は多いのではないかと思う。

*6:そもそも、真にその目的で行われたものである限り、違法な行為を正そうとする行動は、手段の如何を問わず正当化される、という価値観をしっかり根付かせないと、世の中がどんどん歪んでいく。極端な言い方にはなるが、やれ機密資料の持ち出しだ、とか、やれ会社に不測の損害が・・・等々、反対側の保護法益を持ち出して、解雇権行使の限界といった文脈でこういった事柄を議論しようとすること自体が、ことの本質から目をそらそうとする所為に他ならないと自分は思っている。

*7:座談会でも消費者庁の神田哲也企画官が「社内で経営陣から、いったい誰が通報してきたのかと問われたときに、自分には守秘義務がありますと言えることに、一定の意味があるのではないか」という議論があったことを紹介している(32頁)。

*8:山本隆司=神田哲也=光前幸一=島田陽一=山口利昭「座談会・改正公益通報者保護法の実務上の論点」ジュリスト1552号17頁以下(2020年)。

*9:労働法の観点からは、桑村准教授の論稿でも「『理由』を具体化する解釈上の手掛かりがなく、裁判規範としての曖昧さは否定できない」(桑村裕美子「改正公益通報者保護法の労働法学上の論点」ジュリスト1552号46頁(2020年))という指摘がなされている。

*10:まぁ、会社の中の人間は「お前が担当しろ!」と言われてしまえばそれを断ることなどできないので、「担当者が業務に従事することに躊躇する」といった類の懸念は当たらない、とは思っているが。

*11:もうちょっと時代が進めば、窓口として最初に申告を受けるのは「人」ではなく、多少の感情表現も備えた「AIの自動応答システム」になるかもしれないし、そうなると、また新たな規律が必要になってくることもあるのではないかな、と思ったりしているところである。

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