先月に続き、今月も購読中の法律雑誌のコンテンツがかなり充実していたので、再び2回に分けてご紹介することにしたい。
まずはジュリストから。
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2019/06/25
- メディア: 雑誌
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堀部政男=宍戸常寿「対談 第1期個人情報保護委員会を振りかえる」*1
今号のジュリストは「個人情報保護法特集」としての色彩がインパクトが極めて強い。
それを象徴するのが、巻頭カラーページから登場するこの対談記事である。
主役が個人情報保護委員会初代委員長、かつ、この分野で長年第一人者として存在感を発揮されてきた堀部名誉教授ということもあり、あの宍戸教授がひたすら”聞き役”に徹しておられる、という点でも珍しい構成なのだが、個人的に興味をひかれたのは、国内の法改正対応以上に、「GDPR十分性認定までの道のり」としてまとめられているEUやアメリカとの生々しいやり取りの過程と、今年1月の「十分性認定」に至るまでの成功譚である(55頁以下)。
「アメリカの関係者からは、連邦の1970年『公正信用報告法』(Fair Credit Reporting Act of 1970)と同じようなものかと聞かれ、類似のものであると答えますと、日本はアメリカ方式(セクトラル方式)になるであろうということで喜ばれました。欧州委員会の関係者は、日本はEUと同様に、オムニバス方式をとって欲しいという要望を表明していましたので、セクトラル方式に傾くのではないかと懸念し始めました。」(56頁、「個人信用情報保護・利用の在り方に関する懇談会報告書」が出された1998年頃の話)
「EUのデータ保護ユニットの担当者とは30年以上にわたって意見交換などをしてきました。その一端については既に述べましたが、2014年に特定個人情報保護委員会ができたので、挨拶に行ってきたりしました。欧州委員会の関係者などは、私をプロフェッサーという肩書で呼ぶことが多いですが、欧州委員会では日本のデータ保護についてのアンバサダーであるというような表現を使っている人もいます。これまでの積み重ねが今日につながったと言えます。」(59頁)
もちろん、舞台裏の全てが明かされているわけではない(むしろ肝心なところはすべてオブラートに包まれている・・・)のだけれど、日本の多くの実務者がここ数年限りのトピック、としてしか認識していないEUのデータ保護法制にこれだけ長い間コミットされ、当局者とコミュニケーションをとってこられた偉大な先人がいらっしゃる、ということ、そして、だからこその「十分性認定」なのだ*2、ということが、大衆法律雑誌の記事として残されたことには、大きな意味があると思っている。
特集 個人情報保護と利活用の現在
ここからが本来の特集。
ジュリストの最近の個人情報保護関係の特集は、各論稿で取り上げられているテーマが若干偏りがち、という印象もあったのだが、今回は、GDPRから、公的部門、民の各領域(通信・放送・医学研究・金融)と比較的カバー領域の幅が広い構成となっており、内容的にも骨太で読み応えのある論稿が多かった。
特に興味をひかれたものを挙げるなら、藤原靜雄「GDPRをめぐる法的課題-特色と留意点」ジュリスト1534号14頁で紹介されている「正当な利益」の利益衡量モデル(17頁)や、生貝直人「通信分野の個人情報保護と利活用」ジュリスト1534号26頁での「プラットフォーム」を基軸とした「個人情報とそれを用いた統治のあり方」についての議論*3、さらに山本龍彦「医学研究領域における医療情報の保護と利活用について」ジュリスト1534号38頁で言及されている「学問研究の自由を根拠とした個情法上の義務の「適用除外」に関するコメント*4、といったところだろうか。
日本の個人情報保護法自体、改正されてからの実務の蓄積が決して十分とはいえないところではあるし、GDPRに至ってはなおさら、というところではあるので、実務をベースとした「学術的検証」までできるようになるのは、まだまだ先かもしれないが、この分野に関しては、欧州をはじめとする世界の動きを「縦」書きにして伝えていただくだけでも意味があると思っているので、今後の特集の機会にも注目したいところである。
連載 新時代の弁護士倫理
今回で第7回、石田京子[司会]=高中正彦=植田正男=西田弥代「座談会 相手方に対する配慮義務」ジュリスト1534号72頁、ということで、「なぜ『頑張りすぎ』『熱心すぎ』が駄目なのか、その根拠や弁護士としての適切な弁護活動をどのように考えるか」ということをテーマに議論が行われているのだが、前回に続いて考えさせられるところは多かった。
「私も経験しましたが、法科大学院や司法研修所の法曹倫理教育では、依頼者のことを第一に考えなさいということをかなり詳しく教えてもらいますが、相手方や第三者への配慮までは十分に教えてもらっていないように思います。もしかしたら、当たり前ということかもしれませんが、とにかく依頼者のために頑張れと言い続けられているという感覚が実務に就いても残っていることが問題の背景にあるかもしれません。」(西田弁護士発言・74頁、強調筆者、以下同じ。)
「かつて、典型的な弁護士は、プロフェッションとしての自己の信念に従って仕事をしてきたと言えるのではないかと思います。いわば『俺に任せておけ』というやり方でしたが、それが、弁護士は尊大であるとか敷居が高いという批判を生んできました。その反省から、弁護士業もサービス業であるという認識が広まり、依頼者、市民のための弁護士像を求める傾向が顕著となってきました。しかし、それはまた、『依頼者のため』を免罪符とするような行きすぎを誘発している負の面もあったように思います。」(植田弁護士発言・74頁)
座談会の中でも紹介されているように「相手方を含む第三者に対する配慮義務」は、現在の職務基本規程の中には、訓示規定としてすら盛り込まれていないし、高中弁護士が繰り返し強調されている、「弁護士に対する国民の信頼」を根拠とした”相手方への配慮=弁護士の倫理規範”という建前論に対しては、弁護士として仕事をしている人であっても、そうでなくても、反発する人は多いだろう*5。一度でも、自らが「弱い当事者」の立場を経験したことがある人ならなおさら、だと思う。
ただ、「感情を解きほぐして、紛争の核心・実体を的確に把握し、いわゆる落としどころ、真の紛争解決に導くのが弁護士の役割である」(植田弁護士発言・76頁)というのは間違いないところだけに、最後はそこから遡って考えていくしかないのだろうな、と思うところ。
いずれにしても、一読をお薦めしたい記事である。
その他連載、判例評釈等
連載が続いている「知的財産法とビジネスの種」は、和田祐造「ビッグデータと知的財産権」ジュリスト1534号64頁、ということで、ビッグデータに対する知的財産権による保護の可能性がコンパクトに論じられている。
結論としては「現行法上、あらゆるビッグデータについて知的財産権として保護を受けることはできない。」「原則は自由に利用でき、あとは当事者間の『契約』に委ねられることとなるため、契約による保護が重要になる。」(以上65頁)とまとめられているのだが、この点については、この後に取り上げる法律時報の特集ともラップするので、そちらで改めてコメントさせていただくことにしたい。
また、判例評釈関係で興味深かったのは、「優越的地位の濫用の適用範囲が政治的に拡大していく可能性」に言及し、無効の判断基準や性質を限定的に解釈する必要性まで論じた、「独禁法事例速報」(札幌高判平成31年3月7日)でのコメント(柏木裕介「下請け法違反の返品合意が優越的地位の濫用にも該当し無効・違法とされた事例」ジュリスト1534号6頁)と、「我が国不競法において刑事罰が併科されている行為類型」について特別連結により日本法を適用すべき、とした「渉外判例研究」(知財高判平成31年1月24日)でのコメント(嶋拓哉「不正競争行為を巡る国際的な法の適用関係」ジュリスト1534号130頁)だろうか。
なお、最後に、次号予告の中の「HOT issue」のテーマと鼎談参加者の顔ぶれがすごく気になったのだが、こちらは来月までの楽しみに。
*1:ジュリスト1534号ⅱ頁、52頁(2019年)。
*2:既に各所から指摘されている通り、個人情報保護に係る制度の背景思想がEUとは大きく異なる日本が、こんなに早いタイミングで「十分性認定」を得られた、というのはある種の奇跡なのであって、そこに”外交の力”があったことは、心に留めておかねばならないと思っている。
*3:生貝准教授は、最後に「例えばもし、個人情報保護法や通信の秘密を、もっぱら『プライバシー』を守るためのものとしてのみ位置づけるのであれば、幾度の改正を繰り返したとしても、我が国は、上述の状況に対処するための道具立てを持ち得ないだろう。」(31頁)と述べられたうえで、「基本権としての」個人データ保護や、憲法上保障されている通信の秘密が持つ射程に目を向けるべき、と指摘されており、今後の法規制の在り方を大局的に考えていく上で参考になる。
*4:そもそもこの分野で本稿で紹介されているようなアプローチが採用されていること自体、自分は寡聞にして知らなかったのだが、政策的に設けられた除外規定を突き詰めて考えるとこうなるのか、という点で興味深い内容だった。
*5:特に、「当事者」の立場で長年従事してきた者にとっては、代理人が民事事件に関して「勝つな、負けるな、ほどほどに」(76頁参照、ちなみにこのフレーズ自体は自分も修習の時に聞かされた気がする)などと言いながら仕事をしているかと思うと、少々腹が立つ、というのが本音である。