いろんなところで旗が振られていたにもかかわらず、なかなか普及していなかったキャッシュレス決済が、ようやくじわじわ広がってきたな、と感じられるようになったのは、「ポイント還元」が始まった2年前の秋辺りだっただろうか。
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さらに、昨年春から始まった長い新型コロナとの戦いの中、店頭での「接触なるべく回避」という流れもあって、最近は、レジの前で小銭のやり取りでもたつく先客にイラつく機会も随分減ってきたような気がする。
そんな中、遂に来たか決定打!?というような記事が日経紙の1面に踊った。
「政府は今春から企業が給与を銀行口座を介さずに支払えるようにする。従業員のスマートフォンの決済アプリなどに振り込む方式を認める。利用者は銀行からお金を引き出す手間がなくなる。遅れていた日本のキャッシュレス化を進める契機になりそうだ。」(日本経済新聞2021年1月27日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)
「給与口座」と言えば銀行、ないし郵貯。自分も「新入社員」になった20数年前に当然のように口座を開設して、それを未だに生活口座として使い続けている。給与生活者にとって、それは至極当たり前のことで、そんな常識を誰も疑ったことはなかったはず。
だが、それが変わるかもしれない・・・という話。
記事にも書かれているが、恐ろしいことに、日本の法制では、未だに賃金は「現金払い」が原則。
労働基準法24条1項本文が、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」という原則を定めた上で、
「ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、」
というただし書きがこれに続き、さらに、労働基準法施行規則で
第七条の二 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
二 当該労働者が指定する金融商品取引業者(金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号。以下「金商法」という。)第二条第九項に規定する金融商品取引業者(金商法第二十八条第一項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限り、金商法第二十九条の四の二第九項に規定する第一種少額電子募集取扱業者を除く。)をいう。以下この号において同じ。)に対する当該労働者の預り金(次の要件を満たすものに限る。)への払込み
イ~ハ (略)
というところまで行って、ようやく金融機関を介した振り込みができる、という流れになっている。
自分の感覚からすれば、「生の現金」ほど危なっかしいものはないから、この原則と例外は逆でもいいんじゃないか、と思うくらいなのだが、とにかく今の原則と例外は上記のとおり。
そして、前記のとおり金融商品取引業者に対する払い込みまでは認められていても、資金移動業者を介した支払いは認めない、というのがこれまでのルールだった。
「免許制の銀行に比べ安全網が整っていない資金移動業者は対象外だった。」
「日本は安全性などへの懸念から解禁の先送りが続いていた。給与は生活資金の土台になるため資金移動業者が破綻した際などの影響が大きく、連合などが反対してきた。」
(前記日経紙記事)
それが変わる。
「政府は安全基準をみたした企業に限ることで理解を得る方針だ。3月末にも労基法に基づく省令を改正し、資金移動業者も例外的に認める対象に加える。」(前記日経紙記事)
確かに銀行法、金商法の世界から資金決済法の世界に入ってくると、登場するアクターも途端にピンキリになる、というのは言わずもがなで、何でもかんでも認めて良い、ということには当然ならないだろうが、かといって、今は「銀行ならどんなところでも絶対安全」と言えるような時代でもないから、これだけ電子決済が普及してきた今、あえて電子決済事業者を「差別」する合理的な理由はもはやない。
なので、個人的には前記のような改正の方向性には全く異論はないのだが、こういうことを朝から書かれてしまうと出てくるかなぁ・・・?と思ったらやはり出てきたのが今日のお昼ごろの電子版の記事である。
「決済アプリに数十万円規模の多額の給与が振り込まれることを望む個人が多いかどうかには懐疑的な見方もある。免許制で厳しい規制をかけられている銀行と、相対的に規制が緩い決済アプリなどの運営業者の競争条件の平等性をどう保つかといった論点もある。多額の現金が滞留する「疑似預金」の扱いなどクリアしなければならない課題も多い。銀行側は「(立場の弱い)非正規労働者などがデジタル払いを強要されるリスクもある」として規制緩和に反対の立場だ。」(日本経済新聞電子版2021年1月27日11時36分)
電子マネーの場合、セキュリティ以上に、「そもそも自分たちの住んでいるエリアで使えるのか?」という話もあって、一昔前は、都会に住んでいる人なら電子マネーで支給されても何ら不便はないが、電子決済対応レジのある店が街に1~2件しかないような人だともらったところで困るだけ、なんてことも現実にあったりはした。
ただ、マルチ電子決済端末が比較的安い導入コストで入れられるようになり、全国チェーンのコンビニ、ドラッグストアから、地場のスーパーまで、全国津々浦々まで普及してきた今、「デジタル払いを強要」されたからといって、そこまで困るかと言えば疑問もある。ましてやそれを、支店からATMまで続々と廃止してご不便をかけまくっている銀行関係者が言うのはあまりにお門違いではないか、とすら思ってしまう・・・*1。
何だかんだ言っても、多額の現金を貯めておくには銀行の口座が一番、クレジットカードだって紐づくのは銀行口座。そういった現実を考えると、すぐにキャッシュレスの世界に大量の「給与」が流れ込むような事態になるとは考えにくいところではあるが*2、最近のフィンテック連携のスピード感を考えると、それも今は昔、という話になってくるのかもしれない。
いつの時代かは分からないが、もっと遡れば「給与も賞与も現金手渡し」という時代は、確かにあったのだ。
そして、その頃の毎月の分厚い札束の感触が、預金通帳*3の無機的な印字へといつしか変わった、その時のドラスチックさに比べれば、銀行預金か、それとも電子マネーか? なんて違いはただの誤差にしか過ぎないわけで、
「昔は、給料は銀行に振り込まれてたんだよ」「えー、そんな時代あったんですね(笑)」
という会話ができるような日が来ることを、もう少し楽しみに待ってみることにしたい。
*1:ちなみに自分の給与口座は都市銀行で開設していたから、入社早々着任した地方都市には一軒も支店がなく、振り込まれた給料を下ろすのにわざわざ2時間かけて東京に戻る、という、今思うとあり得ないような状況だった。当然ながら日々の資金繰りには随分苦労させられたが(唯一持っていたクレジットカードのキャッシングもかなり使い倒したものだ)、そのおかげで自然に貯まった分が今の資産の礎になっていると思うと、感謝すべきなのかもしれない(もちろん皮肉)。
*2:ついでに言うと、会社によっては給与伝送の手間を省くために、社員の給与口座を特定の銀行、かつ支店まで決め打ちで作らせているようなところもあったりするわけで、いくら自分一人LINEペイとかペイペイにして!と叫んでも、事実上恩恵を受けられない場合がある、ということにも留意する必要がある。
*3:これも今や死語になりつつあるが・・・。