「正論」が常に正しいとは限らない。

すったもんだの末に、東証の市場再編が実行されたのは今春のこと。

それから四半期が一つ過ぎ、「プライム」とか「グロース」といった呼び名も何となく馴染んできた気もする中で、JPX主催の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の第1回が先月末に開催されたようなのだが、会議後、公開された資料*1がなかなか凄かった。

事務局が用意した資料は、↓で、これはこれで移行後の市場ごとに所属企業のデータを分析した貴重なものではある。
https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/nlsgeu000006j7nb.pdf

だが、この第1回の資料の中で一番迫力があったのは、会議を欠席した松本大マネックスグループ株式会社 代表執行役社長CEOが提出したペーパー*2だった。

事務局資料に対する意見、ということで、本論の冒頭から、

「安保・エネルギー ・金利情勢などが刻一刻と変化する中で、株式というもっともボラティリティが高い市場に関する議論が、提示されているようなのんびりとしたかつ数年にまたがるもので間に合うとは思えません。」(強調筆者、以下同じ)

という強烈なパンチが飛ぶ。

そして、事務局の資料からは未だに方向性が見えてこない「経過措置」の取り扱いに言及したくだりがこのペーパーのハイライトになっている。

・経過措置は、白紙委任状的であり、予見可能性も低く、公開市場の仕組みに合いません。 とにかく早く終わらせるべきで、或いはとにかく速やかに経過措置終了日を決めて明らかにすべきです
・そもそも上場維持基準に適合していない会社が 500 社程度あるということを容認することは、上場制度そのものの自己否定です。「上場維持に向けた計画」なら理解出来ますが、「上場維持不適合であるが適合に向けた計画」 とは、上場維持基準を形骸化しており、かつ経過措置を極めて不透明なものにしています。
・山道社長が、いわゆる受け皿市場について考えていきたいと発言されていますが、これは屋上屋ならぬ床下床であり、上記の「上場維持不適合であるが適合に向けた計画」が床下床とすると、受け皿市場は床下床下床となります。 本件は市場区分の見直しとは切っても切れない論点であるので、当会議で議論すべきと強く考えます。

「経過措置」によって上位市場に生き残っている会社の存在を徹底的に批判し、「床下」とまで言い切る。

最初から最後まで、とにかく辛辣さが目に付く意見ではあるが、この意見の冒頭に記された、

「そもそも市場区分の見直しはどのような大目的のためにするのか、その点をクリアにすることが、議論を効果的に進めるために肝要だと存じます。 私は最終的に東証に上場する日本企業の企業価値、並びに株式価値(ヴァリ ュエー ション)を高めることに資することにより、企業活動がより活発に出来るようになり、国際的な企業買収なども有利に進められ、日本企業が国際的に競争力のある技術などを蓄え、賃金を上げる余地も増え、株価の上昇により年金資産の充実にも繋がる、そのような資本市場のメリットを我が国がより多く享受出来ることを支え、推進することが、大目的であると考えています。」

という目的意識は、まさに”正論”にほかならず、その帰結として展開された上記のような意見に正面切って意を唱えるのもなかなか難しいものがあるのかもしれない。

ただ・・・


昨年の東証からの「一次判定」から1年が経過し、提出した「上場維持基準の適合に向けた計画書」の進捗状況を報告する会社も相次いでいるが、ウクライナ情勢等で失速気味な相場の状況もあって、特に「流通時価総額」が不適合となっている会社では、「上場維持基準」に近づくどころか「より遠ざかっている」という報告をしなければいけなくなっている会社も結構出てきている。

中には、昨年の時点では基準をクリアしていたにもかかわらず、その後の株価下落で「不適合」に転落した会社なども出てきており、想像した以上に厳しい状況がそこにはある。

これがプライムの上場維持基準の話であれば、多少不名誉でもスタンダード市場に鞍替えすることで何とか生き残ることはできるのだが、スタンダード市場やグロース市場で上場維持基準への不適合を解消できなければ、残された道は事実上「上場廃止」だけ。

それでもなお厳しく追い込んでいくのが良いことなのかどうか。

「企業努力」だけでなんとかなる話なら、ちゃんと対応しない会社が悪い、ということになるのだが、当ブログでも以前から指摘しているように、「会社の努力だけで株価を上昇させることはできない」のであり、特に今のように外的要因によって相場が大きく乱高下する状況下ではなおさらだ。

増配から株主優待まで当座考えられる様々な手を打ち、「中期経営計画」で将来の絵を頑張って描いて、熱心に国内外の投資家へのアピールを続けたところで、よほどの特殊要因がなければ大幅な株価上昇にはつながりにくいのが今の相場。

だからといって、今株価が低迷しているすべての会社を救済せよ、とまで言うつもりはないのだが、「(流通)時価総額」を上場を維持させるかどうかの基準として用いようとする今の発想は、株式会社のあり方の本質を見誤らせるリスクさえ帯びているのではないか、と自分は思っている。

当の会議の中でメンバーから出された以下の発言にもあるように、この問題を議論する上では、理想論を語る前に、既に上場している会社には不特定多数の株主がいる、という事実を避けて通ることはできないだろう。

「どのような方法を選択したとしても、万が一上場廃止になるような場合には、株主保護を強く意識しなければならないと認識しており、個人であれ、法人であれ、機関投資家であれ、ルールを厳しくしたがゆえに不利益を被る株主がでることは本来あるべき姿ではありません。」*3

そしてそれ以上に、決して万能ではなく、価格形成も様々な偶然に左右される株式市場において、時価総額」=「株価」の高低に上場企業のありとあらゆる価値が反映されているかのような発想に陥らないようにすることも、強く求められるべきことのはずである。


株式を市場で流通させるにふさわしい会社かどうかを判断するために必要な要素と、”市場の顔”として位置付けるべき会社かどうかを判断するために必要な要素は全く異なる、と自分は考えている。

前者については市場区分にかかわらず、ガバナンスや内部統制体制が一定の水準を保てているかどうかによって判断すべきだし、後者に関しては、その時々の企業の業績や時価総額を判断要素とした上で、もっとも優れた会社を選りすぐって最上位市場のメンバーにする、というのが合理的な考え方だといえるはず。

会社の業績には山もあれば谷もある。市場のトレンドだって同様だ。決算書も正しく作れない(作らない)ような会社はどんなに業績が良くても市場に乗せるべきではないが、そこをきちんとできるだけの体制を備えた会社なら、たとえ足元のパフォーマンスが優れなくても、いつか「山」が来ることを信じて株式を持ちたい投資家のために市場に乗せる意義はある。そして、海外市場との競争の中で、最上位市場をピカピカにしてマネーを呼び込みたい、というのであれば、半期ごとのパフォーマンスに応じて上位何社かを自動的に最上位のプレミアムな市場に組み込むようにすればよいだけの話であって、単純に株価、業績が「谷」に落ち込んでいるだけの会社に「上場廃止」という脅しまで突き付ける必要はない。

だが、現状は、本来明確に区別されるべき要素が渾然一体となった「上場維持基準」が設けられている結果、議論が必要以上に複雑になり、境界線上にいる企業をも混乱させてしまってしまっていることは否めないような気がする。


市場区分見直しの意義に照らせば、ひたすら議論に明け暮れて時間を浪費するのは決して賢い対応ではないが、かといってさほど合理的ともいえない「基準」を前提に、やみくもに事を推し進めれば後々まで憂いを残す。

急ぎつつもこの先の議論の中で、より合理的、合目的的な方向で軌道修正が図られることを今は願うのみである。

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