見出しは人を惑わせる。

ここ数か月、新聞に踊る見出しとその中身とのギャップにずっと戸惑い続けていたものがあった。

3月に閣議決定され、通常国会に提出された不正競争防止法等の一部を改正する法律案」

よくありがちなパターンで、法律案のタイトルには「不正競争防止法」しか出てこないが、改正対象となっている法律は、知財系のものだけでも、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、工業所有権に関する手続等に関する特例に関する法律の6本に上り*1経済産業省の概要資料には知財一括法」という副題まで添えられるほど改正の対象は多岐にわたっている。

だが、6月7日、参院本会議での法案可決を報じたニュースの表現は最後まで変わらなかった。

見出しにはメタバースで模倣、差し止め可能に 改正法成立」という今年の鉄板フレーズ。

さらに中身を見ても、以下のような、これまで繰り返されてきた”解説”が記事のメインを占めていた。

不正競争防止法や商標法を含む知的財産関連の改正法6本が7日、参院本会議で可決、成立した。メタバース(仮想空間)などのデジタル空間で販売・譲渡されている模倣品の差し止め請求を可能にする。アバター(分身)が着用する衣類や小物などが対象になる。」(日本経済新聞2023年6月8日付朝刊・第5面、強調筆者)

もちろん、今回の法改正が「メタバース」空間での模倣を全くターゲットにしていなかったわけではない。

不正競争防止法2条1項3号の形態デッドコピー行為の定義条文に「電気通信回線を通じて提供する」というフレーズを追加することで、より権利行使を行いやすくしたのは確かだ。

しかし、この点に関する不正競争防止法の改正は、上記の箇所くらい。

むしろここに至るまでの審議過程では、「メタバース」というポッと出の聞きなれない言葉に過剰反応した人々があれもこれも、と改正対象に押し込もうとする中で、冷静に、2条1項3号に該当するような場合に絞って改正した、という良識派の方々の苦労の跡がしのばれるようなところもあった。

それだけに、今回の改正を「メタバース」対応の・・・と言われてもなぁ・・・というのが率直な思い。

そして、さらに言えば、記事ではほとんど取り上げられない改正点の方がインパクトが大きい、というのが今回の法改正の特徴だったりもする。

不正競争防止法に関して言えば、営業秘密侵害に係る損害賠償額の推定規定(第5条)に見直しがかかっているし、外国公務員贈賄に関する規定も法定刑の引き上げがひっそりと行われている。さらに19条の2、19条の3で「本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であって、日本国内において管理されているもの」の侵害事案については日本に裁判管轄を認め、日本の不正競争防止法が適用されることまで明記したことは、まさに画期的な改正であり、メタバースなんかよりよっぽど世の中に与える影響が大きいのではないかと思われる。

また、商標法に関しては「氏名を含む商標」を需要者の間に広く認識されている氏名を除いて登録可能にする、という4条1項8号の改正は、まだ比較的取り上げられることが多いのだが、新設される4条4項(コンセント制度的な何か)に触れる報道は決して多くはない。だが、先行類似商標の権利者の「承諾」をもって4条1項11号審査のハードルを下げる、というのは、長年議論されてきたイシューに関する大きな決着といえ、今後の実務にも大きなインパクトを与えうる改正と言えるのではなかろうか。


最後に、10年後、20年後に振り返って「ターニングポイントになったのはいつだろう?」と考えた時に、今年の法改正に行き当たる可能性は決して皆無ではない。そしてその頃にはメタバース」なんて言葉も遠い過去の記憶になっているのだろうな、と思いつつ、以上をもって今回の法改正の簡単なまとめを終わらせていただくことにしたい。

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