とどまるところを知らない「改革」の先にあるもの

「市場区分の見直し」に端を発した東京証券取引所の「改革」が、昨年あたりからよりピッチを上げて加速しているような気がする。

日経平均の数字が史上最高値を超えそうな勢いにまで上昇を続け、国内外の機関投資家からの手ごたえも良い、ということもあるのだろう。
年が明けてから、さらに一段ギアを上げて突っ込んできた感がある。

まずは1月15日にリリースされた「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表の公表について」*1

まぁこれは、コーポレートガバナンス報告書の中に「キーワード」が入っているかどうか、というだけのことだから、そんなにハードルが高い話ではないとはいえ、一覧表で開示する、という発想がまぁ凄いな、と。

そして、公表されたExcelシートの中に「英文開示」の項目があって、「ん?」と思っていたところに、17日の日経朝刊でこれが出た。

東京証券取引所は2025年3月からプライム市場に上場する全約1600社に重要情報の英文開示を義務づける。まず決算情報などを対象とし、日本文と英文の同時開示を求める。上場規則を改定し、海外投資家が判断しやすい環境を整える。」(日本経済新聞2024年1月17日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ)

かつて、プライム/スタンダード・・・といった新市場区分の考え方が公表された時に、もしかしたら将来そうなるかもね~という話をした記憶はあるが、そんなに遠くなかった将来が来てしまった、ということで、この報道のとおりなら、来年の今頃には、プライム上場の会社は英文での適時開示体制まで整えておかねば・・・ということになる。

当然、様々な意見は出てくるだろうし、昨日から今日にかけて「そんなことやって意味あるのか?」的な言説も結構目に付く。

ただ、純粋な個人投資家としての目線で言えば、「発行体会社から出てくるリリースが、ローカル言語だけではなく英語でも出されているか」というのは、そもそも投資対象にするかどうか、という一番ベーシックなところにある話であって、それすら行っていないような会社は、海外投資家との関係では勝負の土俵にすら立てない*2

そして、今の時代、ビジネスをグローバルに行っていようがいまいが(むしろビジネス自体がドメスティックであればあるほど)、国境を飛び越えてくるマネーを味方につけることには大きな意味があることを考えれば、ここで東証がやろうとしていることは、圧倒的に正しい、というほかない。

ということで、昨今の「改革」に首を傾げることの多い自分でも、これだけはしょうがない、と認めざるを得ないのだけれど・・・


振り返って、自分がこれまでに見てきたいくつかのプライム上場企業の「開示体制」に思いを馳せるなら、やはり、「適時開示を全て英文で」ということになると、そう簡単にはいかないだろうな、と思わざるを得ない。

記事にもあるとおり、決算短信の英文開示をする会社は増えてきているが、そこからさらに踏み込んで、という会社はまだまだ少ない現状の下で、

「今後は業績予想の修正やM&A(合併・買収)、代表取締役の異動など、投資判断に重要な影響を与える可能性がある適時開示情報に関しても英文開示が必要になる。対応が難しい場合は、代わりに具体的な開始時期を開示するよう求める。」(同上)

ということになると、なかなか厳しい。

そうはいっても、株主総会招集通知の英文開示などは、てんやわんやしながらも、大概どこの会社でもできるようになっているのだから、フローをしっかり作れば何とかなるんじゃないか、と思いたいところではあるのだが、フローを組むにしても、準備に2か月かけられる総会招集通知と、いつ何どき事が起きるか分からない適時開示とでは、現場にかかる負荷が全く異なる。

今後の議論によっては、定型的ではない重要事実に関しても「英文化」の対象になってくる可能性はあるわけで、それゆえ、この記事が載った当日の東証で、こういう時に猛烈な引き合いが来ることが想定される宝印刷プロネクサスの株価が急騰したのも、まぁ当然といえば当然。とはいえ、彼らのリソースにも自ずから限界はある。

バーチャル総会でもなんでも、新しい制度が始まるときは、新しい市場が生まれ、そこを狙う元気のいいプレイヤーが出てくるものだから、今回も高性能翻訳ソフトにWチェックサービスまで付けて売り出す会社とか、さらに進んで開示ドキュメントを日英同時に自動作成してくれる生成AIのプロダクトを売り出す会社とかが、ガリガリと出てくることを期待したいところではあるが、そういう先端的な世界と実に相性が悪いのが、当局からエスタブリッシュ企業までこの分野の関係者の底流に流れる”無謬思想”だからどうなることやら・・・。

どうせやるなら、株価も現場の負担感も少しでも良くなる方向に行かなければ意味がない。

この先全てがうまくいくと思えるほど楽観的な人間ではないのだけれど、今は数年後、振り返ったときに「あんな心配してたけど今思えば杞憂だったな」と思えるような世界になっていることを、ただ願うのみである(まずは株価から・・・)。

*1:www.jpx.co.jp

*2:それは現地に行って気になったベトナムとかインドネシアの会社の株をうっかり買ってしまい、リリースが出るたびに「読めね~」と嘆いている自分が一番身に染みて分かっている。

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