夏休みに読むといいかもしれない本(その1)

7月も終わりに近づき、これから夏休みに突入、という方も多いのではないかと思うので、自分が最近読んだ本の中から、不定期に何冊か挙げていくことにしたい。

自分の時間にどんな本を読もうが俺の勝手だ、という方も多いだろうし、筆者自身が人から勧められると、あえてそれを回避するタイプの人間だったりもするので、あくまで、“お勧め”ではなく、“読んだらいいかも”的なトーンに留めておこうとは思っているが・・・。

労働法を考える上での新しいタイプの入門書。

法と経済で読みとく雇用の世界 -- 働くことの不安と楽しみ

法と経済で読みとく雇用の世界 -- 働くことの不安と楽しみ

某書店では、法律書の棚ではなく、ビジネス実用書の棚に置かれていたのがこの一冊。

神戸大学大内伸哉教授、といえば、分かりやすい(だが労働法のエッセンスをしっかり押さえた)解説書を書かれることで有名な労働法の先生であり、既に多くの著書や雑誌連載等も書かれている方だけに、当然の如く、“読みやすさ”については期待していたし、読み始めてすぐに、その期待は裏切られていないということは分かったのだが、期待以上だったのは、本書の以下のようなコンセプトが見事に体現されていた、ということ。

「労働の分野における法学と経済学の対話という試みは、すでに『雇用社会の法と経済』(有斐閣、2008年)で行われている。本書は、そこからさらに一歩進んで、単なる対話(ディアローグ)ではなく、限りなく単著に近いような共同作品を目指した。」(はしがき)

良くあるような、章ごとに執筆者が分かれている(そして執筆のトーンも微妙に異なる)本とは異なり、本書では、労働経済学者としての立場から書かれているであろう川口大司・一橋大准教授(労働経済学)と、大内教授の執筆箇所が完全に融合した形で全ての章が構成されている*1

そして、

「法学と経済学は、互いの分野で用いられるタームこそ異なっていても、双方の重視する理念を、たとえ部分的とはいえ取り入れている可能性があることを示唆している。重要なことは、法学と経済学がきちんとコミュニケーションをすることである。そうすることによって、互いに共有する価値を確認することができ、望ましい法規範の定立に向けた、法学と経済学の協働のための基盤が築かれていくことになろう」(5頁)

という両著者の思いが、内定取り消しから非正規社員、採用、労働条件不利益変更、男女格差、そして組合問題にまで、随所に反映されているように思われる。

元々、大内先生の発想自体が、労働法学者の中では相対的に柔軟で、近時の経済学的な労働分野へのアプローチとも融合しやすいのかもしれない。

例えば、本書では、初っ端の「採用内定取消と解雇規制」の章から、

「解雇規制が、正社員という一部の労働者グループにのみ利益を与え、その利益が既得権化する一方で、既得権を享受できない若者たちが損害を被るということであり、これは公平性を欠くことになろう」(31頁)

という記述が出てくるし、その後の「採用」を巡る問題を論じる際などにも、

「解雇規制の緩和には、労働市場に沈殿してしまっているこうした就職弱者に雇用機会を付与するという効果が期待できるわけである」(117頁)

と、解雇規制に対して懐疑的な視線が容赦なく投げかけられているのだが、この辺は大内先生の従来からの議論とも共通点が多いところだといえる。

また、解雇規制以外にも、「労働者性」を巡る問題について、

「使用従属性という基準で、法律による規制の要否を決めようとする発想がいつまでも妥当するとは思えない。」(73頁)

という記述が盛り込まれる等、「規制のコスト」を意識しながら、従来の“鉄板”的な労働法解釈を考え直す契機を与えよう、というスタンスの記述が随所にちりばめられており*2 、古典的な法解釈に馴染んだ実務家であればあるほど、刺激を受けるところが多い内容というべきかもしれない。

労使いずれの立場にある者かを問わず、本書で述べられる従来の解釈論に否定的なスタンスの議論に対しては、様々な評価がありうることだろう。

自分などは、教条主義的な“労働者保護”的発想よりも、大内先生のような柔軟な考え方で臨んだ方が、かえって本当の意味での現状の問題解決につながるのではないか、と思っているので、あまり違和感はないのだが、そうではない方もそれなりにいらっしゃるのかもしれない。

ただ、本書の多くの部分では、用語の解説に始まり、従来の議論における法学、経済学双方の主張に至るまで、一般人向けの入門書らしく、なるべく中立的に俯瞰しようという試みもなされており、一方的な見解の押し付けにはなっていないので、いかなる立場の方であっても、本書が思考と議論のベースに用いるに十分な構成となっていることは保証できるところである。

さらっと読み進めることができる分かりやすさの一方で、思慮深い方ほど、本書から得られる多数の示唆により、いろいろと考え過ぎて頭が休まらない事態に陥ってしまうかもしれないが(笑)、せっかくの休みなのだから、そういう思考に頭を使うのも悪くない。

ゆえに、自分としてはお勧めしたい一冊である。
特に、日頃、本を読む暇さえなく追われまくっているビジネスマンの方々にはなおさら・・・。

*1:あえて言えば、各章の冒頭に登場するトピックと絡めた小話(小説風味)のところだけは、大内先生のテイストがかなり色濃く出ているような気がするが(笑)。

*2:逆に、男女格差や障害者雇用のように、一定の政策的介入が必要と判断されるところについては、むしろ積極的に“介入”の意義を経済的アプローチからも見出そう、というスタンスの記述も見られる。

「元社員を訴える」ことの意味。

先日、簡単に当ブログでご紹介した、新日鉄による対ポスコ営業秘密使用差し止め&損害賠償請求訴訟*1

日経紙は相変わらずこのネタがお好きなようで、今度は月曜日の法務面で大々的に特集を組んで報じている。

新日鉄がいかにして「営業秘密関係訴訟のハードル」を乗り越えたのか、というところに主な焦点を当てた記事であり、「技術の不正取得の立証」がポスコ元研究者の別件訴訟のおかげで可能になったこと、「営業秘密」該当性の立証について、「社内でもトップレベルの難しい技術で、厳格な管理をしていた」(佐久間総一郎・新日鉄常務執行役員)と新日鉄サイドが自信を示していることなどが、記事としてまとめられている。

そもそも「厳格な管理」をしていた、というのであれば、なぜに技術者1名が協力したくらいで、「営業秘密が流出」してしまったのか、ということに、個人的には重大な疑問を抱いているところであるが*2、その辺を除けば、この辺りの記述は良くまとまっていて、あえてコメントするほどではない。

だが、引っかかったのは、それに続く以下のような記述だ。

「今回、新日鉄は元社員の技術者も訴えた。同社では社員の退職時に秘密保持契約を結んでいたというが、それでも技術が漏洩した事実に強い危機感を抱いたためだ。」(日本経済新聞2012年5月21日付け朝刊・第15面)

前回のエントリーでも書いたとおり、一般論でいえば、法的な権利行使に耐え得るほどの実効性を持たせようと思えば、ある程度保護すべき情報の対象を限定したものにしないといけない、逆に漠然と広範囲な内容を定めただけでは実効性が伴わないものになってしまう、ということで、我が国において退職した社員との間に交わされる秘密保持契約というのは、そもそも法的には、あまり頼りがいのあるものではない。

それゆえ、会社としては、コア技術に関するキーマンともいうべき立場の技術者については、退職後、競争相手に情報を持って行くようなことがないように、社内で定年あるいはそれ以降に至るまで手厚く処遇するか、あるいは、1人の技術者が引き抜かれたくらいで重要な技術が流出するようなことがないように、技術情報の管理をあえて分散化する、といった事実面からの対応もしていく必要がある。

新日鉄くらいの大企業であれば、当然、そういった点については、しっかり行っていて然るべきだと思うのだが、本件では、果たしてその辺りの対応はどうなっていたのだろうか・・・。

また、記事の中では、

「企業のコンプライアンス強化を指導する公認不正検査士の1人は「営業秘密を流出させた社員を提訴すれば、再発防止効果が見込める」(同上)

などという、自分から見たら信じられないようなコメントまで紹介されているのだが、会社が退職した社員を訴える、ということが、会社にとって推奨されることか? と問われれば、企業内で働く多くの法律実務家は、それを推奨するのはナンセンスだ、と答えることだろう。

会社が、法的側面のみならず事実上も、技術を保持している社員に対して必要十分な対応を行い、それでもなお、重大な信義則違反といえるような事態が存在したのであれば、提訴したくなる気持ちも分からなくもない。

だが、現実に起きている営業秘密侵害に関するトラブルの多くでは、社員が前に所属していた会社の側の対応も不十分であったりすることが多いのであり、単に元社員の行為が不正競争防止法2条1項各号に形式的に該当する可能性があるからといって、安易に提訴する、というのは、いささか軽率とのそしりを免れ得ないように思う*3


おそらく、新日鉄としては、会社の命運を左右するような高度な技術情報を、元社員がかなり悪質性の高い方法で持ち出したといえるかどうか、事案の内容を慎重に吟味した上で提訴に踏み切ったのだと思われるが、記事の中では、「本件の特殊性」が丁寧に説明されている前半(不正取得立証、営業秘密該当性について記載された部分)と比べ、この後半については、本件の特殊性があまり論じられておらず、逆に「社員への責任追及」をあたかも普遍的な方法であるかのように解説しているようにも見えなくはないわけで・・・。

今回の裁判が、どの程度で決着を見ることになるのかは自分も分からないのだけれど、判決が出るまでは、一種の“象徴的事案”として今回の新日鉄ポスコの話が使われることは間違いないだけに、あまりに射程を広く一般化し過ぎた議論、に向かっていかないように、内外からの牽制も必要ではないか、と思うところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120430/1335888934

*2:もちろん、表に出ているのがたまたま1人の技術者、というだけで、もっと深い組織的な産業スパイ行為があったのかもしれないが、その辺りは今後の裁判所の審理に真相解明が委ねられることになろう。

*3:残念なことに、自分が入手可能な情報だけでは、本件において「どのような形でどのような営業秘密が、元社員を通じてポスコに流れたのか」ということが良く分からないので、ここで自分が述べていることもあくまで一般論に過ぎない。

「技術流出に歯止め」をかけるために必要なこと。

4月25日付け夕刊から26日付けの朝刊にかけて、「新日鉄が韓国ポスコを相手取って不正競争防止法(営業秘密不正取得)に基づく訴訟を提起した」というニュースが華々しく掲載された。

そして、それを受けて、4月30日付けの日経紙には

「技術流出に本気で歯止めを」

というタイトルの社説が掲載されている*1

要約すると、日経紙が主張している内容は、ざっと以下のようなものである。

(1)「新日鉄だけでなく、他の日本企業も知的財産の流出で不正行為があったと判断できるなら、司法の場で争うなど毅然とした態度を取るべき」
(2)「部品や材料など日本が強みとする技術流出は今も続いており、歯止めをかける対策を十分に講じる必要がある」
(3)「企業には、転職・退職する社員と秘密保持契約を結ぶことが最低限求められるが、実際にそれを行っている会社は2割にとどまっている。企業は情報管理体制を点検すべき」
(4)「技術者が海外企業に引き抜かれないようにし、人とともに技術が流出するのを防ぎやすくする必要もある」

確かに、日本企業がこれまで多額の投資を行って開発してきた技術が、会社に何の見返りもなく海外に流出していくような事態は、避けられるなら避けたい、というのは、多くの日本人が抱いている“願望”だろう。

だが、営業秘密とされるような「図面」等の有体物を“退職の記念”に持ち帰り、横流しするようなコテコテの事案ならともかく、長年研究開発に従事していた社員が、退職後に頭の中のノウハウを活用してライバル企業を手助けしたような事案で、「秘密保持契約」がどれほど役に立つのか?といえば、大いに疑問はある*2

また、今回の新日鉄のケースでは、ポスコの従業員がたまたま別件訴訟で“自白”したがために、訴訟提起まで至ることができた、ということなのだが、そういうレアな事例でない限り、「技術を盗まれた」と主張する側が、法廷で必要な立証を成し遂げるのは至難の業なわけで*3、「毅然とした態度を取る」ことすら、そんなに容易なことではない。

そうなると、「技術流出」の歯止め策、としては、最後の「技術者が海外企業に引き抜かれないようにする」という選択肢しかないんじゃないのか? ということになるはずなのだが・・・。

*1:日本経済新聞2012年4月30日付け朝刊・第2面。

*2:そもそも「営業秘密」にあたるような情報の仕様・開示であれば不正競争防止法の規律でもカバーできるし、逆に、そうでないものにまで広く網をかけるような秘密保持契約であれば、ガチンコで争われた場合にそれが常に有効と認められるとは限らない。その意味で、「秘密保持契約」固有の効力を信頼するのはリスキーで、むしろ“確認”と“牽制”のためのもの、と位置づけるにとどめる方が賢明ではないかと思う。

*3:これまで、営業秘密侵害訴訟に関しては、裁判手続が利用されない理由として、訴訟手続が俎上に挙げられることが多かったが、現実には、手続制度にかかわらず、立証そのものが難しいことこそが、裁判手続利用の最大の障壁になっているのではないかと思う。

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「過労死」の労災認定増加は企業のリスクか?

6日付けの日経紙の法務面に、

「過労死の『労災認定』幅広く」

という記事が掲載されている*1

要約すると、

・最近、裁判所が労災認定請求を幅広く認めるようになった。
・最近の判決の中には、長時間労働を放置して「過労死」を招いた、として、取締役の善管注意義務違反まで認めたものまである。
・これらの判決は、「従来のやり方では過労死・過労自殺はなくならないという裁判所の危機感の表れ」なのかもしれない。

といったことになるだろうか。

記事そのものは、過労死弁護団サイドの主張に引っ張られた感が強いもので、もう少し多角的に分析した方が良いのでは・・・?という突っ込みも入れたくなる代物なのだが、実際、裁判所で、5年前、10年前に比べれば「過労死」が認められやすくなっているのは確かだろう。

その理由としては、「裁判所の意識」以前に、諸々の労災認定基準が改正が定着したり、新設されたりしたことによって、より柔軟に労災認定をしやすくなった、というのが一番なのではないか、というのが自分の見立てなのだが*2、いずれにせよ、企業側の目線で言えば「リスク」が高まった、ということになるのかもしれない。

だが・・・

*1:日本経済新聞2012年2月6日付け朝刊・第20面。

*2:脳血管疾患や心疾患に関する認定基準が改められたのが10年ちょっと前。精神障害については、頻繁に改正が繰り返され、つい最近にも大きな改正が行われたばかりだ。

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競業避止特約の有効性をめぐる一事例

14日付けの朝刊に掲載された「アリコ社の転職禁止条項『無効』」事件を、少し懐かしい気分で眺めていた。

「優秀な人材とノウハウの流出防止を目的に、外資系生命保険会社が執行役員との間で取り交わした「退職後2年以内に競合他社に就業するのを禁止し、違反した場合は退職金を支給しない」とする契約条項の有効性が争われた訴訟の判決で、東京地裁は13日、「職業選択の自由を不当に害し、公序良俗に反して無効」との判断を示した。」(日本経済新聞2012年1月14日付け朝刊・第38面)

「労働者の退職後の競業避止義務」というのは、我妻栄博士の時代からの(もしかすると、もっと前からの)一大論点、知財法と労働法の規律が交錯する(そして、双方の研究者がそれぞれ言いたいことを言っている)非常に面白い領域で、自分も一時、いろいろと調べ物をしていたことがあった。

さすがに、最近はほとんどフォローできてないし、ちょっと判例DBを見ると、ここ数年でかなりの数の裁判例が世に出されているようだから、すっかり時代に取り残されてしまったかも・・・という不安はあるのだけれど、

「光本洋裁判官は、男性はアリコ社で機密情報に触れる立場になく、転職後は異なる業務に携わっていたとして「アリコ社に実害が生じたとは認められない」と指摘。「転職先が同じ業務を行っているというだけで転職自体を禁じるのは制限として広すぎる。禁止期間も相当ではない」とした。」

といった判示を見ると、「秘密保持(機密保持)とリンクする競業制限」なのか否か、によって有効性の判断基準を変える(リンクしない場合は、競業禁止規定の有効性を厳格に判断する)、というここ10年くらいの流れは、依然として踏襲されているように思われる。

競業行為の差し止め自体には厳しい姿勢を示しつつも、損害賠償請求や退職金の一部減額(特に後者)については比較的許容しがちな傾向にあった裁判所のスタンスを鑑みれば、メットライフアリコ社の競業制限規定が、「退職金全額の不支給」ではなく、もう少し段階的なもの(原則半額、悪質な場合には全額等)になっていれば、もう少し異なる結論になったのでは・・・という気もするのであるが、「執行役員」という地位ゆえに、会社としても、ある種教条的な厳しい規定を設けていたのかもしれない。

いずれにしても、事実認定とそれに基づく評価によって、結論が正反対の側に振れても不思議ではない事案だと思うだけに、今後の行く末に注目したいところである。

「痴漢で懲戒解雇」は許されるのか?

日経法務面の片隅に「リーガル3分間ゼミ」というミニコーナーがあるのだが、24日付けの朝刊では、

「30代の男性会社員が電車で痴漢に間違われ、大幅に遅刻して出社したところ、「疑惑が晴れるまでは自宅待機するように」と通告された。身に覚えのない疑いで、自宅待機命令になるのはおかしいのでは?」

というネタが掲載されていた。

まぁ、会社で法務の仕事をやっていると、こういう話は時々あるわけで、さすがに「遅刻して出社した」くらいなら、おおごとになることはないものの*1、逮捕勾留されて・・・なんてことになると、さすがに笑い話では済まなくなってくる*2

特に会社として判断が厄介なのが、弁護人が頑張って不起訴になるパターン。

「嫌疑なし」での不起訴なら何も心配はいらないのだが、示談成立等による「起訴猶予」の場合だと、どこまで厳しい処分をしてよいのかどうか、で判断に迷うことになるし、「嫌疑不十分」で不起訴になった場合でも、会社が独自に収集した情報が限りなく“クロ”に近い状況を示唆しているということになると、何もお咎めなしで良いのか・・・?という話にもなってくる*3

日経紙のコラムでは、「会社には慎重な対応が求められる」としつつも、

「職場の大半にうわさが広まったようなケース」

だとか、

「会社や職場に対するイメージを傷つける可能性が高い」

といった場合には、自宅待機命令も認められる、としているのだが*4、前者についてはかなりの偶然に左右されるし、後者についても、何を持って「イメージを傷つける」ということになるのか、判断に迷うことは多いはず。

中には、「メディアに(会社名等が)報じられたかどうか」を懲戒処分を行うかどうかのメルクマールにする、という方もいらっしゃるようだが、これだって、本来は、報道する側のさじ加減一つで決まる話で、客観的な基準にするには、少し理不尽なような気もするところ・・・*5

結局最後は、弁護士だの何だのに相談して、最も良い収拾策を選んでいくほかないのだろうけど。


なお、記事の中では、「電鉄会社の社員が・・・懲戒解雇となった」という2003年の東京高裁判決の裁判例が「会社の処分が有効になった」事例として取り上げられている*6

だが、実はこの判決、懲戒解雇そのものの有効性を認めたものの、それに連動して会社が行った退職金不支給処分については、一部その効力を否定して一定額の退職金の支払いを会社側に命じた、というものであるから、企業側が先例として用いるには、その点に充分留意する必要があるように思う*7

一応老婆心ながら。

*1:わざわざ丁寧に本当の理由を説明する人もそんなにいないだろうし、説明したとしても身柄を取られることなく、その日のうちに会社まで辿りつけたのであれば、大方は「災難だったな(笑)」という笑い話で済むだろう。

*2:最近は、「それでも僕は・・・」の映画の頃に比べると、身元がしっかりしていて前科がなければ、否認していても勾留請求が比較的却下されやすくなっているようだが、それでも、丸々2〜3日くらいは留置場暮らしを余儀なくされることはあるようだから、方便を使うにしても簡単にはいかない。

*3:例えば、通勤にしては明らかに不自然なルートを使って電車に乗っている途中に“捕まった”場合だとか、同じパターンで「不起訴」になるケースが何度も続いている場合だとか・・・。

*4:ただし、このような場合でも「懲戒処分」については常に認められるわけではない、という趣旨の弁護士のコメントを合わせて掲載している。

*5:「痴漢」レベルの犯罪で新聞報道されるのは、大概、被疑者が公務員とか、大企業の社員、といった立場にある人が絡む時だけで、そのカテゴリーに当てはまらない場合は、そんな事態になること自体稀であろう。

*6:おそらく、東京高裁平成15年12月11日判決のことを指しているのだろう。

*7:今回も、その意味で記事が若干ミスリードしているように見えるところがある。

最後に勝つのは正義。

地裁判決の時にも話題になっていた「オリンパス内部通報報復事件」で、会社側に大きな打撃を与えるような高裁の逆転判決が出た。

「社内のコンプライアンス(法令順守)窓口に上司の行為を通報したことで配置転換などの報復を受けたとして、オリンパス社員、浜田正晴さん(50)が1000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が31日、東京高裁であった。鈴木健太裁判長は請求を棄却した一審判決を変更し、「配転先の部署で働く義務はない」と確認して配転は無効とし、同社と担当部長だった男性上司に計220万円の支払いを命じた。」(日本経済新聞2011年8月31日付け夕刊・第16面)

自分もかつては“会社側”の人間として、ドロドロした労働事件に片足突っ込んでいたりしたこともあったから、会社と喧嘩している社員、元社員の側に常に正義があるわけではない、ということを、一応強調しておきたい気持ちはあるし*1、会社の中で働く、ということの意味を実体験として理解していない学者や一部の法律家たちが考えるほど、会社の中での社員の扱われ方が滅茶苦茶だとは思っていない。

だが、この事件に関しては、最高裁HPにアップされた地裁の判決で認定された事実を見ただけで、明らかに会社側に理がない事件だ、という思いを強くしたし、そのような前提事実の下でもなお社員側の請求を退けた東京地裁の至って保守的な判断に、理解できないものを感じていた。

上記の記事のとおり、高裁が社員側勝訴の逆転判決を下した、というのは、実に賢明で、画期的なことだと思うのであるが、ここではまず、この事案における会社側の対応がいかにひどいもので、地裁判決がいかに理解しがたいものか、ということを、ご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成22年1月15日(H20(ワ)第4156号)*2

判決の中では、

平成17年10月1日 IMS事業部IMS企画営業部工業用内視鏡販売部門チームリーダー及びマーケティング部門チームリーダー
平成18年11月 オリンパスNDT株式会社(ONDT)においてNDTシステム(非破壊検査機器)営業にかかわる
平成19年4月1日 ONDTの被告会社への吸収合併に伴い、IMS事業部国内販売部NDTシステムグループ営業チームリーダー(営業販売業務の統括責任者)
平成19年10月1日 IMS事業部IMS企画営業部部長付き(新事業創生探索活動として主にSHM(構造ヘルスモニタリング)のビジネス化に関する調査研究業務)

という原告の異動履歴が認定されている。

そして、本件で争いになったのは、原告がNDTシステムグループの営業チームリーダーから、全く畑違いの分野を担当する「部長付」へと配転された平成19年10月1日付け異動(太字)の有効性であり、その背景にあったと思われる原告の平成19年4月〜8月の行動に対する“評価”であった。

原告が平成19年4月〜8月に取った行動というのは、「取引先の社員が原告の職場に何人も立て続けに引き抜かれてきたこと」に対する抗議行動であり、本判決の中では、以下のような事実が認定されている。

4月12日 IMS事業部長であるX1に対し、取引先からの2人目の転職希望者の件をとりやめるべき、と言う。
4月13日 直属の上司であるX2に対し、「飲み会の場でのX4(引き抜かれた社員)の発言に対し厳しい措置と指導を課すべき」という内容のメールを送付。
5月21日 原告とX1、X2、X4とで会議
6月11日 コンプライアンスヘルプラインに電話
7月3日 コンプライアンス室長も交えた会合
7月12日 コンプライアンス室長も交えた(関係修復の)会合
8月27日 X1らによる原告に対する配転命令の説明
8月29日 社長に対するメール

一機2億円程度、という巨額のシステムを扱う部署が、大口の顧客の担当者を引き抜いて自社の営業で使う、というやり方の荒っぽさは、この原告ならずとも疑問に思うところで、原告が上司やコンプライアンス窓口等、あの手この手で自分の問題意識を伝えようとしたことは無理からぬことといえるだろう。

通報を受けたコンプライアンス室も、その回答の中で、

「4 本件に対する処置 (1)取引先担当者の採用に関する注意喚起 採用に関しては人事部がチェックし,問題があれば個々に注意しており,改めて注意喚起を行うかどうかは人事部に一任する。人事部では,取引先担当者の採用に関する明文化された基準はないが,基本的には道義的な問題があり,“採用は控える”というのが原則だと考えている。採用する場合には,当事者が当社への転職を希望し,取引先と当社との間で機密保持誓約を含む同意が成立しない限り行わないこととしている。」などというものであった。」(27頁)

と共通の問題意識を示している。

だが、この会社は、原告をNDTシステムの営業ラインから外して何ら経験のない新規事業分野の「部長付」とする配転人事を企図して本人に通告するとともに、応じようとしない原告に対して「ユーザー側の混乱」を理由に、「ユーザー訪問のキャンセル」や「ユーザーへの連絡禁止」を指示する、という対応に出た。

確かに、あちらこちらで自分の主張を声高に主張し、最終的には社長への“ダイレクトメール”まで飛ばした原告のやり方には、主張の内容の是非以前の問題が全くなかったとは言い切れないのかもしれない。

しかし、その辺を割り引いても、平成19年10月1日付けの原告に対する配転命令は、一連の原告の言動に対する措置としてはあまりに際どく、「報復」と言われても仕方ないような露骨なものであったと言わざるを得ない。

そして、その過程では、通報の秘密を厳守すべきコンプライアンス室長が、回答の際に、原告のみならず、X1や、問題の“引き抜き”を受けた社員本人(X5)に対してまで、メールを送信し、「原告がコンプライアンス窓口に申告したこと」を晒してしまった、という重大な落ち度も介在している。

こうなってくると、配転命令の妥当性に疑義が生じるのはもちろんのこと、会社等への損害賠償請求(1000万円)すら認められても不思議ではなかった。

それにもかかわらず、東京地裁は以下のような驚くべき論理を用いて、原告の請求を退けたのである。

「原告が主張する不正競争防止法違反」という点に関し、原告は社長へのメールやその後の内容証明郵便の中で、特段言及しておらず、被告会社の認識としては、「原告の通報内容は業務及び人間関係両側面の正常化を目的とするもの」というものであった」(33-34頁)
    ↓
「このような抽象的な通報を理由に、被告会社がコンプライアンス室に対する申告を制限したり、無化する目的と有していたとは到底考え難い」
「以上によれば、公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報があったものと認めることはできない」
(34頁)

在職中に会社相手に訴訟を提起していることに鑑みれば、原告が普通の人より勇敢な社員であるのは間違いない。
だがその一方で、法律知識に関して、この原告が特別秀でていた、といえるような事情があるわけでもない。

自分が問題意識を有している事項が、どの法律のいかなる構成要件に該当して違法行為となりうるのだ、ということを、法の素人である申告者側で積極的に主張し続けないと公益通報者保護法が適用されない、というのでは、「保護法」は事実上、有名無実なものとなってしまうわけで、「不正競争防止法違反」ということを明示して主張していないとダメという理屈*3は、正直言って理解不能というほかない*4

そもそも、この手の窓口に情報を申告する者は、あくまで“(法律に関しては)素人”というのが前提なのだから、申告の内容が、法制度の趣旨からして申告に馴染むものであるかどうかを問わず、申告の事実に関する秘密は守られなければならないのであって、

「原告による被告コンプライアンス室に対する通報は「業務及び人間関係両側面の正常化が狙いである」

などと、原告の意図を勝手に忖度し、

当然、被告X1等関係者に通報者及び通報内容が知られることは容易に想定しうることであり、原告が平成19年7月9日に送信した電子メールもそれを前提とした内容である。結局、本件回答を被告X1及びX10人事部長に送信することについて、原告の承諾があったものと認められる」(36頁)

などとするのは、「公益通報窓口」の趣旨を全く理解していない判断だと言わざるを得ない。

加えて、話が出てきた経緯に明らかな疑義があり、本人のそれまでの職務内容や職制上のポジションを勘案すると違和感のある異動であるにもかかわらず、裁判所は会社側の主張を丸のみするような形で、「人員選択の合理性必要性あり」との判断まで示してしまっている。

その結果、一審では、事案には相応しくない「会社勝訴」という結論が導かれることになってしまい、結果的に、本件の原告は、錦の御旗を得た会社により、第一審の口頭弁論終結後、判決後とさらに閑職への配転命令を食らうことにもなってしまった・・・。

いずれ、高裁判決をベースに、様々な議論が世の中で戦わされることになるだろうと思うが、その際には是非、「地裁判決がいかに罪な判断だったか」ということも合わせて検討していただきたいものだと、個人的には思うところである。

*1:片足突っ込んでない時期には、組合の役員やら何やらをやらされて、労働側のご都合主義も散々目の当たりにしてきたからなおさらそう思うところはある。

*2:民事第36部・田中一隆裁判官(単独)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110621150355.pdf

*3:公益通報者保護法の射程外の問題であるから、「通報への報復」等の不当な動機・目的は認められない、とする理屈。

*4:申告者としては、自分が知っているありのままの事実を伝えればそれで十分なのであって、その内容がいかなる法令に抵触するか、ということは、申告を受けた会社自身で調査しなければいけないことのはずである。

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