自分があえて書かなくても、
この件についてコメントしたい方はたくさんいらっしゃると思うのだが、
まあお約束ということで。
「特許庁は弁理士の業務拡大を目指し、制度改正の検討に入った。知的財産権に関する営業妨害の訴訟や、特許侵害品の輸入を税関で差し止める水際措置などで企業の代理人を努められるようにすることを検討する。特許出願手続きが業務の中心である弁理士に、知財保護の分野でも広く活躍してもらう考えだ。」(日経新聞2006年8月11日付け朝刊・第5面)
えーと、特定侵害訴訟代理人の試験の合格者数って、
減らしていく傾向にあったんじゃなかったでしたっけ・・・?
などという野暮な突っ込みは、ここではさておくとしよう。
どうせいつものアドバルーン記事、
仮に制度改正が行われるとしても、
実質的にはたいした改正にはならない、という読みもある。
だが・・・、
こういう話が出てくるたびにいつも思う。
知財訴訟って、そんなに特殊なのか? と。
記事を見ると、
「例えばライバル企業が営業妨害目的で「特許権を侵害された」などとウソを流した場合や、商標権関連の訴訟などで原告、被告双方の代理人ができるようにする方針だ。」
とあるが、
前者(不競法上の虚偽告知の問題を指しているのだろう)は
侵害訴訟に比べて純粋な民事訴訟としての要素がより強いものであるし、
後者に関しては、「弁理士」だからといって、
精通しているとは限らない分野の話である。
企業側の人間として、
知財の知識はなくても紛争解決センスのある弁護士と、
知財の知識はあっても専ら出願事務に従事してきた弁理士の
どちらに訴訟の代理人を依頼するか、と問われれば、
自分は迷わず前者を選ぶ。
大学での講義をお願いするわけではない。
実際に生じた紛争の解決に必要な程度の知識であれば、
企業側の担当者でも十分に持っているのが普通だから、
知財訴訟をやったことがなくても、
他の民事訴訟で場数を踏んでいる弁護士の先生であれば、
そちらのほうがよほど信頼できる。
大体、弁理士の先生方の牙城となっている
「審決取消訴訟」の世界ですら、
まともに準備書面を書ける方がどれだけいるのか、
実務屋サイドからは大いに疑問が投げかけられている。
ましてや、定型性が失われる他の訴訟類型をや。
欠けている条文知識を補うことは簡単だが、
さらにその根底にある書面作成能力だの、
問題抽出能力を周囲の人間が補うのは容易なことではないし、
紛争解決に向けてのセンスを補うことなど不可能であろう*1。
資格を与えてから経験を積ませれば良い、
という考え方もあろうが、
弁理士の先生方の仕事が
出願業務中心に廻っている現状が変わらない以上、
経験を積む場面を増やすことにも限界があるだろう。
もちろん、弁理士の先生方の中には、
今すぐ訴訟代理人をお願いしたくなるような
素晴らしい先生方もいらっしゃるのは重々承知している。
だが、一律に職域を拡大した時に、
そういう優れた先生方だけが選ばれるとは限らない。
質の伴わない代理人を味方に付けるのは不幸なことだが、
敵に回すのも同じくらい不幸だ。
何せ主張が噛み合わないから、
訴訟は無駄に長引くし、
自分のところの先生まで調子を崩してしまう。
ゆえに、一般論としては、
上記のような方策は、
危険な賭けといわざるを得ないように思われる。
さらに言えば、一番の問題は、
上記のような発想の根底に、
「知財訴訟は特殊なものである」という誤解が
あるように思えることだ。
紛争解決に必要な範囲を離れて、
“技術の意義”を過度に強調したり、
そのような主張が受け入れられないがゆえに、
裁判所の権威が不当に貶められる風潮。
そういったものと共通する何かが、
ここには流れているような気がして、
なおさら憂鬱になる・・・。
まぁ、この話が「なかったこと」として立ち消えになるのか、
それとも制度改正論議の俎上に本当に上がってくるのか、
自分には知る由もないが、
弁理士の数が増えたから職域も広げたい、
という単純なサプライヤーサイドからの話ではなく、
実際に仕事をお願いするクライアント側の“現場”の声にも、
耳を傾けていただきたいものだと思う*2。
(追記)
上記エントリーに関連したkingpongkingpongさんのコメント。
弁理士の先生の生の声、として大変興味深い。
(http://blog.goo.ne.jp/kingpongkingpong/d/20060811)
確かに弁護士の資格を持っている方すべてが
訴訟代理人としての高度なスキルを持っているとはいえないし、
逆に、弁理士だからといって、訴訟代理人としての適性がない、
ということではないと思う。
筆者が述べたかったのは、
上記エントリーで取り上げた「職域拡大」という発想の中に、
知財といえば弁理士 → ゆえに職域を拡大すべき、
という安直な発想があるのではないか?
知財訴訟の“訴訟としての本質”に遡って再考すべきではないか、
ということなのであって、
最終的には「個々人の資質・訓練度の問題」に過ぎないという点については、
まったくもって同感である。
筆者がこだわっているのは、
単に「審決取消訴訟はやったことあります。任せといてください。」
といった何人かの弁理士に痛い目に合わされた*3
個人的なうらみつらみによるところも大きかったりするわけで、
「そんなことはない。自分たちだって訴訟代理人はできる!」と
日々精進されている先生方であれば、
仕事をお願いすることに何の躊躇もない。
ただ、一律に職域を拡大したときに、
そういった先生方だけを選別して、優先的に資格が付与されるシステムが
導入されるかどうか、という点については自分は懐疑的である。
クライアント側の“選ぶ眼”が重要になのは
言うまでもないことであるが、
かといって、日常的な仕事のお付き合いのしがらみの中では、
クライアント側の選択の余地がさほど大きくないのも事実なのであって*4、
だとすれば、能力担保の仕組みに限界がある
“特定侵害訴訟代理人”的システムの導入を拡大を志向することには、
疑問を呈せざるを得ないのである・・・*5。
*1:これらの点については短期間の能力担保研修で何とかなるものではない、というのは言うまでもないことである。
*2:とはいっても、企業内弁理士を多量に抱える大手メーカーさんなどは、当然賛成に回ってしまうだろうから、通りにくい声になってしまうのは間違いないだろう・・・。
*3:実際には片手で数えるほどの経験しかなかったようで、書面作成能力がそもそも欠如していた上に、近年の法改正すらフォローできていなかった。もちろんこれは代理人を選択する側の甘さにも起因する問題であったのは間違いないのであるが・・・。
*4:出願から権利維持までずっとお願いしてきている先生に訴訟代理人としての経験が乏しいことを知っていたとしても、もし、その先生が代理人になりうる資格をもっていれば、「じゃあ変えます」とは簡単には言いにくい。
*5:「資格」を得るためのハードルを引き上げる、という発想も当然出てくるだろうが、「訴訟代理人の数を増やす」ことを真っ先に念頭に置いているように見える今回の施策において、そのような発想が認められるのか、疑問なしとはしない。