無難な結論−日立職務発明訴訟最高裁判決

ついに日立製作所元社員・米沢成二氏の発明をめぐる
職務発明訴訟の最高裁判決が出された。


最三小判平成18年10月17日*1
オリンパス事件に続き、またしても第三小法廷であるが、
今回は那須弘平裁判長。


口頭弁論が開かれなかった時点で、上告が棄却され、
高裁が認容した米沢氏に対する1億6300万円の補償金支払いが
確定することは分かっていたので、
結論自体はいまさらそんなに騒ぐ話ではない。


本判決の焦点はただ一つ、
外国における特許を受ける権利の譲渡に対して
特許法35条を適用するにあたり、
いかなる理由付けをするか、にあった。


蓋を開けてみれば、
実務的感覚と整合的な論旨になっており、
担当者としては、やれやれ、といったところである。


まず、準拠法決定について。


最高裁は、

「特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は、譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず、譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、法例7条1項の規定により、第一次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。」(太線筆者、以下同じ)

と述べた後に、原審が認定した
「準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意」の存在を前提に、
特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題について、
「我が国の法律が準拠法となる」と結論付けた。


準拠法をいかなる方法で決定するか、ということに関しては、
研究者の間ではいろいろ議論がなされていたようであり、
法例7条の解釈論のみで決着を付ける、という解釈は、
実のところあまり評判がよろしくないようである*2


本件では外国における特許を受ける権利の取扱いについて、
明確な合意がなかったために、「黙示の合意」を持ち出すことで
無難な線に落ち着けることができたものの、
仮に使用者側に有利な国の法を選択する、という“合意”が
明示的になされていた場合、本当にそれでよいのか、と言う問題は、
確かに、理論的には生じうるだろう。


だが、通常の日本企業が、現実的にそんなテクニカルな手を使うか、
そもそも疑問があるし*3
もし使用者側がそういう手を使ってきたら、
その時に何らかの手を講じれば足るのであって*4
一般的な準拠法決定に関する解釈論のレベルで、
複雑な理屈を持ち込む必要はないのではないか、というのが
筆者の率直な感想である。


最高裁も、この点に関しては原審と同様の発想により、
「契約その他の債権的法律行為の効力の問題」として
シンプルに処理をした*5


なお書き、として、
「特許を受ける権利」の取扱いにつき述べている点などは
蛇足な感があるのは否めない*6が、
一応、準拠法選択の争点に関しては、
本判決の理屈の線で落ち着くように思われる。


続いて、最高裁は、
選択された特許法35条の規定を「外国における特許を受ける権利」に
適用しうるかどうかにつき、以下のような理由付けを述べた。

「我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(略)、特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。」

この点については、特許法35条で単純にカバーされている、とした
原審の判断とは異なるのであるが、
最高裁はさらに続けて、

「同条3項及び4項の規定は、職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明等をした従業者等と使用者等とが対等な立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、・・・(略)・・・当該発明をした従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をするのが困難であるという点は、その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。」
「そして、特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが、その基となる発明は、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、さらに、職務発明とされる発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。・・・(略)・・・、当該発明については、使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解される。そうすると、同条3項及び4項の規定については、その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。」

と述べ、特許法35条3項及び4項の規定を
外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求にも
「類推適用」したのである。


このうち、前段については、
使用者・従業者間の交渉力・情報格差を前提に
特許法35条を一種のサポート規制として捉える近時の有力説*7
連想させるものであるし、
後段については、
「社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明」や
「一元的に処理しようという・・・当事者の通常の意思」
といったくだりが、実務的な発想に極めて親和的である。


前段はともかく、後段については、
理論的に詰めた時に妥当なものといえるのかどうか、
評価しかねるものであるのは確かであるし、
「類推適用」という発想も、
これまでの下級審裁判例ではあまり見られなかったもののように思え、
唐突な感があるのは否めない。


だが、冷静に考えれば、
通常の使用者・従業者間で
「特許を受ける権利」の譲渡が行われる場合には、
上記のような論理立てで結論を導くのが、
もっとも素直で、理にかなっているように思われる*8


今後、知的財産法、国際私法それぞれの研究者や実務家から、
本判決に対する様々な論評がなされることになると思われるが、
理論的な整合性と実務的妥当性の双方から、
いかなる評価が下されるのか、見守っていくことにしたい。

*1:H16(受)781号・補償金請求事件。

*2:駒田助教授は、①黙示の準拠法指定による適用法規の不明確さ、②従業者ごとに準拠法が区々となる可能性、③従業者保護のための関連法規が潜脱されるおそれ、といった点を問題点として指摘されている(駒田泰土「職務発明に関する規律と準拠法」田村善之=山本敬三編『職務発明』(2005年、有斐閣)第6章226頁)。

*3:少々補償金がかさんでも、日本の特許法により一律に支払いを行うことには、それなりの合理性もある。

*4:公序則の発動、等が考えられるだろうか。

*5:雇用契約」としての特殊性を特段前面に出すことなく、淡々と「債権的法律行為」として処理している点についても妥当だろう。

*6:こんなところで、またいろいろと批判の多い「属地主義」という言葉を使っているのも気になる(笑)。

*7:土田道夫「職務発明とプロセス審査」前掲『職務発明』第5章151頁など参照。

*8:最近では、職務発明規程等で、「外国における特許を受ける権利」についても、国内の補償金支払い条項を適用、ないし「類推適用」する、と定めている企業が一般的になっているという実態もある。