最近の職務発明事例から(その3)

続いて、「167頁」という
破壊的なボリュームで襲い掛かってくる判決を一本。

東京地判平成18年6月8日(三菱電機*1

そもそも何で原告の代理人が沖縄の事務所なんだ・・・?*2
という突っ込みはともかく、
フラッシュメモリに関する特許をめぐるこの事案、
いろいろ興味深い論点が満載である。


最初に出てくる「相当の対価」の算定(④)をめぐっては、
本件特許が権利化の過程で再三補正を繰り返したことに着目し、

「本件第1特許発明は、上記認定のとおり多数回の補正を経て、特許請求の範囲の記載が、特定の構造のNOR型フラッシュメモリにおける特定の電子の書き込み及び消去方法を対象とする特許発明として登録されたものであることが、その出願経過と特許請求の範囲(請求項1)自体から明らかである。」(109頁)

と請求の範囲を厳格に解することで、
「クロスライセンス契約を結んでいるが特許発明を実施していない」
という状況が生じていたことを鋭く指摘している。


東京地裁の各合議体の中でも、
この民事46部は、特許クレームを丁寧に解釈して結論を導き出そう
という姿勢が強い合議体なのであるが、
被告自らが「今考えても先駆的な発明と自負している」と豪語していた*3
発明の価値をさっくりと否定してしまうあたり、
裁判所自身の“クレーム解釈”に対する自信が
透けて見えるような気がする*4


また、半導体業界のクロスライセンス契約の実態を丁寧に分析し、

「包括クロスライセンス契約は、同業他社の特許権を侵害する危険を回避し、安定的に製品を製造販売する目的のみならず、相手方が保有する多数の特許に関する調査や評価を経ることなく、継続的なライセンス契約を実現するという目的をも有するものである」
「そうすると、半導体の業界のように、数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては、相手方に提示され代表特許として認められた特許以外の特許については、数千件ないし1万件を超える特許のうちの一つとして、その他の多数の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものというべきであるから、このような特許については、当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の一つであるというだけでは、相手方が特許発明を実施していたと推定することはできないことは明らかである。」
「個々の代表特許でも相手方実施特許でもないライセンス対象特許の貢献度は、半導体関連特許の包括クロスライセンス契約においては、無視し得る程度に小さいものであるということができる。」(123-124頁)

として、「使用者等が受けるべき利益の額」の存在そのものを
否定したくだりなどは、
同様の状況下で、雑駁な丼勘定的算定を行っていた
初期の裁判例に比べると隔世の感があるものといえよう。


結局、原告が主張した莫大な数のライセンス契約のほとんどは
対価額算定の基礎とされることなく、
相当の対価はわずか33万3629円、に留まることになった*5


続いて、ここでは外国において特許を受ける権利の承継対価請求の可否も
一つの争点となっている(③)。


本判決では、承継契約の「黙示の意思」から
準拠法を日本法と決定した上で、

特許法35条は、我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上生じた職務発明の帰属及び利用に関する利害関係の調整を図る規定であることからすると、日本国においてなされた職務発明により従業者等に原始的に生じた特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利も含む。)の帰属、利用及び承継については、使用者と従業者が属する我が国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事項であると解すべきである。」
(148頁)

として、特許法35条適用肯定説に立った*6


もし、先日出された日立製作所職務発明事件の最高裁判決が、
この争点に関する唯一の解だとすれば、
上記の判示は、結論こそ同じだが、
「解法に誤りあり」として減点を免れ得ないであろう。


だが、実のところ、これまで唱えられてきた多くの論者の見解が
一番素直に反映されているのは、実はこの判決ではないか、
と思えるのもまた確かであろう。


この点、後述する大塚製薬の事件*7と比較すると、
面白いと思う。

*1:H15(ワ)第29850号、第46部・設楽隆一裁判長。

*2:ゆあ法律事務所の宮国英男、田島啓己両弁護士。

*3:原告の主張による(25-27頁)。

*4:他にも、被告自身が「社内実施高」として一定額を認定していたにもかかわらず、「発明者及び発明者の属する技術部門の申請の内容に基づいてその実施高を算定していたにすぎない」として原告の主張を退けるなど(154頁)、ある意味、企業実務サイドの“いい加減さ”をフォローしてくれているようなもので、会社側にとっては有難い合議体だといえるだろう。

*5:発明者貢献度の数字を出すにあたっては、「豊田中央研究所」事件で用いられた規範が用いられているが、ここでは順当に“5%”として計算されている。

*6:もっとも、外国実施分を計上しても既に支払われた補償金額(480万5490円)に達しないため、結論として原告の請求は棄却されている。

*7:東京地判平成18年9月8日

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