幻のパブコメ

来年7月施行予定の改正著作権法が早々と成立したというのに、
http://www.bunka.go.jp/1tyosaku/chosakukenhou_kaisei.html
いまだ先行きが見えない商標法改正。
(施行予定は来年4月1日


改正法自体はとっくに可決成立しているのだが、
肝心の審査基準の方が、実務サイドにとってはいかんとも対応し難い
状況に迷い込んでいる、と業界では指摘されている。


実は、今一番物議をかもしているのは、
小売業商標プロパーの審査基準改正の件ではなく*1
その直後(11月18日)に出された「商標審査基準の改正案」の方。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=630206003&OBJCD=&GROUP


つい先日の日曜日までパブコメにかかっていたこともあって、
今回は個人名でもいいから出してやるか、
とてぐすねを引いて待ち構えていたのであるが、
日常に忙殺される中であえなく断念することになってしまった。


まぁ、実際のパブコメ自体は、
有力な団体やプロフェッショナルな先生方が
存分に筆をふるってくださったものと期待しているので、
ここでは、新審査基準案のどこに疑義を感じるのか、
取り急ぎ書き残しておくことにしたい。

「使用をする商標」(第3条1項柱書)の意義

上記「新審査基準案」が変えようとしている中身が
これだけに限られるわけではないのだが、
やはりもっとも影響が大きいであろう、第3条1項柱書に関する部分について。


元々、第3条1項柱書では、

「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる」(太字筆者)

と定められているのだが、
これまで我が国の商標審査の運用上、
出願された商標が、本当に「使用をする」ものなのかどうかは、
十分に吟味されてこなかった*2


しかし、そのような甘い審査の結果、
多数の「不使用商標」が存在し、商標選択の妨げになっている、
ということが近年指摘されるようになり*3
その対策として今回の審査基準改正がなされた、というのが
ざっとした大まかな流れである。


最近の弁理士の中には、
クライアント側の使用実態や使用意思を十分吟味することなく、

「とりあえずこの類の全役務押さえときましょう。いくら出しても出願手数料は同じですから」

と勧めてくるところも多い*4
範囲を広げすぎて第三者の商標と抵触した時の補正費用は、
代理人側で負担する、という“サービス”さえ見られる。


ゆえに、自社の商標調査を行った際に、
明らかに関係しない業種の会社が欲しい役務を押さえていた、
なんて事象もざらにあって、不快な思いをしたことは数知れない。


だが、だからといって、今回の新・審査基準案にあるような
「使用」要件をめぐる出願審査時の厳格な運用を行うことが、
妥当な帰結をもたらすのか、という点については、
筆者としては疑問を禁じえない。


今回新たに審査基準に加えられる予定になっているのは、
次のような中身である。


2.願書に記載された指定商品又は指定役務が次の(1)又は(2)に該当するときは、原則として、商標の使用の前提となる指定商品又は指定役務に係る業務を出願人が行っているか又は行う予定があるかについて合理的疑義があるものとして、第3条第1項柱書により登録を受けることができる商標に該当しないものとする旨の拒絶理由の通知を行い、出願人の業務を通じて、商標の使用又は使用意思を確認するものとする。ただし、出願当初から後記3.に基づく資料が提出され、商標の使用又は使用意思が確認できる場合を除く。

(1)商標法第2条第2項に規定する役務(以下「小売等役務」という。)について
(イ)「衣料品、飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(以下「総合小売等役務」という。)に該当する役務を個人(自然人をいう。)が指定してきた場合。
(ロ)総合小売等役務に該当する役務を法人が指定してきた場合であって、「自己の業務に係る商品又は役務について使用」をするものであるか否かについて職権で調査を行っても、出願人が総合小売等役務を行っているとは認められないとき
(ハ)類似の関係にない複数の小売等役務を指定してきた場合。
(2)商品・役務の全般について
 1区分内での商品又は役務の指定が広範な範囲に及んでいるため、指定商品又は指定役務について商標の使用又は使用の意思があることに疑義がある場合


(以上、太字筆者)


ここで特に小売業・卸売業商標が“狙い撃ち”になっているのは、
これらの役務が全て第35類に属するものとなっていて、
満遍なく押さえたとしても極めて低廉な手数料で済む、
というシステムになっているからで*5
この点については、既に審議会での議論においても、
導入するという流れになりつつあった*6


だが、今回の案で提示されている中身は、
当時の議論さえ超えているように思われる。


当時、立法者サイドが説明の中で言っていたのは、

「小売業商標の場合に、・・・何々業という業態がはっきり書かれるとすれば、通常、一般的に行われている何々業と何々業を同時に行っているかどうかというのは、大体、その蓋然性はわかるのではないかと思われます。通常同時に行っている業態以上のものが書かれている場合には、実際に行っていますでしょうかということを拒絶理由で確認させていただきたいというふうに考えております。出願のときではなくて、拒絶理由の応答として、それを確認させていただきたいというふうに考えてございます。」(産構審知的財産政策部会第16回商標制度小委員会議事録・芦葉商標制度企画室長発言)(太字筆者)

といった中身で、
これは上記(1)(ハ)に該当するものである。
「制度の悪用を排除する」という観点からすれば、
(1)(イ)もある程度予想されたところだろう*7


だが、(1)(ロ)は正直言って予想外であった。


具体的な確認方法は以下に挙げるとおりであるが、
排除されるべき権利濫用者にとってだけではなく、
自らの正当な権利を保護したいと思う事業者にとっても、
このハードルはかなり高い。

3.上記2.による拒絶理由の通知をした場合、商標の使用又は使用意思の確認は、次のとおり行うものとする。
(1)「自己の業務に係る商品又は役務について使用」をするものであることを明らかにするためには、少なくとも、類似群ごとに、指定商品又は指定役務に係る業務を出願人が行っているか又は行う予定があることを明らかにする必要があるものとする。
(2)指定商品又は指定役務に係る業務を出願人が行っていることの証明は、例えば、次の証拠方法によるものとする。 
・・・・(略)・・・・
(3)小売等役務に係る業務を行っていることの証明は、次によることとする。
(イ)総合小売等役務に属する小売等役務についての使用であることを証明するには、次の全ての資料を要するものとする。
   ①小売業又は卸売業を行っていること   
   ②その小売等役務の取扱商品の品目が、衣料品、飲食良品及び生活用品の各範疇にわたる商品を一括して1店舗で扱っていること
   ③衣料品、飲食料品及び生活用品の各範疇のいずれもが総売上高の10〜70%の範囲内であること
 (ロ)総合小売等役務以外の小売等役務に係る業務を証明するには、次の全ての資料を要するものとする。
   ①小売業又は卸売業を行っていること。
   ②その小売業又は卸売業が小売業等役務に係る取扱商品を取り扱うものであること
(4)指定商品又は指定役務に係る業務を出願人が行う予定があることの証明については、具体的な商標の使用に係る事業計画書等によって、出願後3年以内に商標の使用を開始することを証明する必要があるものとする。
   ・・・・(略)・・・・

(以上、太字筆者)


なぜならば、需要者から見れば「小売業商標」と認識されるような
標章を管理している事業者の中には、実は「小売業者」ではなかったり、
自ら小売業を行っていなかったりする者も案外多いからである。


例えば、郊外にある複合型ショッピングモールや、
都市部の再開発型ファッションビルは、
外見的には通常のスーパーや百貨店と変わりはないし、
管理運営会社が企画してウェブサイトを開設したり、
バーゲンの告知を行ったりしているが、
管理運営会社の実態は、単なる土地貸し、場所貸しの賃貸人に過ぎず、
実際に「小売業」を行っているのは、上記モール等を構成する
各テナントだけ、ということが良くある。


また、コンビニのように
フランチャイズチェーンの形式をとっている事業者の場合、
実際に標章をコントロールしているフランチャイザー
もっぱら経営指導、収益管理に専念しており、
「小売業」を営んでいるのは各フランチャイジーだけ、ということも
稀ではないだろう。


だが、

(不使用取消審判の場面とは異なり)「いざ登録商標を出願して取得しようという場面では、自ら商標を使用する意図がなければならず、他者に使用させる意図があるというだけでは、商標登録は認められない」(田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)18頁)

現在の商標法の建前の下で、
上記の事業者に審査基準案を字句どおり適用するなら、
いずれも、3.(3)(イ)①の要件をクリアできなくなる恐れが
あるのではないだろうか*8


無駄な不使用商標を減らすために、
「絨毯爆撃」的な商品・役務確保を止めさせる、というところまでは
(少々不都合な面があるとしても)
筆者としてはその必要性を認めざるを得ない。


しかし、出願人自身による現実の使用ないし使用意思を立証しなければ、
「総合小売」の区分で商標を取らせない、というのは、
少しやりすぎではないだろうか。


いかに早い者勝ちの制度とはいえ、
特例により3ヶ月間は出願の先後をもって登録が阻却されることは
ないわけだから、
現に小売業に供される標章を使用している事業者が
権利濫用的第三者によって、自らの権利取得を妨げられる可能性は乏しい。


逆に、先に挙げたようなショッピングモール管理者等による
小売業商標の登録が認められないとすると、
せっかく新制度が導入されたというのに、
標章冒用者を排除できないばかりか、第三者が同じ商標を権利化して
堂々と使っているのを指を眺めて見送るばかり、ということにも
なりかねないのである*9


田村教授が提唱されるように、

「親会社がグループ内の子会社に商標を使用させたり、商品化事業の管理会社が同事業に携わる企業に商標を使用させる場合には、自らの業務に商標を使用することと同視すべきであろう。フランチャイズの本部なども、自ら役務を提供していると評価すべきであろう。」
(前掲・田村19頁)

という運用が可能になるのであれば問題はないのだが*10
関係業界から少々要望が出たところで、
一度固まった審査基準案が、そうそう変わってくるとは思えない。


こうなると、事業者の側としては、
特許庁を「騙す」か、「我慢する」しか方策がなくなってしまうのだが、
果たしてそれでよいのか?というのが、
筆者の問いかけである。


まあ、実際のところは、
lxngdh氏のブログ(http://d.hatena.ne.jp/lxngdh/20061212)にあるような

「・・・これって必要な制度なの?」

というような思いが、知財業界の方々の多くの心の中にあるのかもしれない。


全産業界を代表するはずの知財協ですら、
構成企業の多くは製造業なのであって、
小売業を営む企業の発言権がそんなに強いとは思えないし*11
商品には注目しても、小売サービスそのものにはそんなに注目していない、
という人は世の中一般的に見ても、決して多くはないはずだから*12


ゆえに多種多様な業態で営まれている「小売」の実態を
十分に反映した審査基準にならなかったとしても、
“恨み節イクナイ!”と言うべきなのかもしれないが・・・。


はてさて、この先どうなることやら。

*1:こちらのほうは既にパブコメを終えて改正案が確定している。

*2:従来の審査基準では、①「出願人の業務の範囲が法令上制限されているために、出願人が指定商品又は指定役務に係る業務を行わないことが明らかな場合」(公益法人などが出願人となる場合)、②「指定商品又は指定役務に係る業務を行うことができる者が法令上制限されているため、出願人が指定商品又は指定役務に係る業務を行わないことが明らかな場合」(例えば、「郵便」といった独占業種や「税務、訴訟代理」といった資格職に関する役務など)に不登録事由となるのみだった。

*3:不使用取消の制度はあるが、登録後一定の不使用期間が存在することが審判請求の前提になっているし、請求しても反論されて争いになるリスクがあるため、解決策として十分とはいえない。

*4:これは、商標の出願手数料が類ごとに発生する、ということに由来している。

*5:しかも単品小売等の役務については、販売対象となる商品の類似役務としてクロスサーチの対象となるから、結果的に、莫大な費用を投じて商品区分を押さえるよりも、小売役務を押さえた方が得ということになってくる。

*6:産業構造審議会知的財産政策部会・第16回商標制度小委員会議事録などを参照。

*7:個人で多品目を扱う商店(ないしフランチャイズチェーン)を経営している例もないわけではなく、そういった店主の皆様にしてみれば腹立たしい案だろが・・・。

*8:コンビニについては、そもそも取扱商品に偏りがあることから、3.(3)(イ)③の要件も満たすかどうか怪しい、という指摘があり、小売業商標制度導入の趣旨を損ねるのでは、という批判もあるところである。

*9:いかに不競法があるといっても、小売業者の商圏があっという間に広がることがあることを考えると、やはり全国的に保護が及ぶ商標法による保護が受けられた方が望ましいのは言うまでもない。

*10:田村教授は、上記のような親会社、管理会社に子会社等のために商標を取得したいというニーズがあることを指摘し、「出願段階であまりうるさく審査されない・・・ために、結果的に問題が表面化しないで済んでいるにすぎない」と指摘されている(前掲・田村18-19頁)。

*11:実際審議会の議論の中でも、メーカー出身の知財協代表委員が、「小売業商標が導入されることでやりにくい面も云々」的な発言をなさっている場面が登場する。

*12:筆者自身、コンビニで買い物をする時に、立地で選択することはあっても(会社の近くとか、帰り道とか)、看板で選択することは滅多にない(笑)。

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