天国でも楽園でもない浮世の哀しさ

少し遡るが、著作隣接権譲渡契約の解釈をめぐる興味深い事案がある。


東京地判平成19年1月19日(本訴・H18(ワ)第1769号、反訴・H18(ワ)第12663号)*1


本訴原告(反訴被告)は、「THE BOOM」が所属する音楽事務所、株式会社ムーブメント。一方本訴被告(反訴原告)は、(株)ソニー・ミュージックレコーズ


事案の概要を簡単に説明すると、


(1)原告と被告*2は、「THE BOOM」の各アルバム・シングルタイトルのレコード原盤に関する音源について、①平成元年5月21日付け共同制作原盤譲渡契約、②平成3年3月20日付け原盤譲渡契約、③平成5年5月10日付け共同制作原盤譲渡契約、④平成6年11月21日付け覚書を締結し、両者が原盤制作費の各2分の1(①〜③)ないし原告が原盤制作費の全額を負担して(④)、音源を制作していた。
               ↓
(2)①、②契約には、「権利の譲渡」に関し、以下のような規定があった(③契約には同一趣旨の条項があるが、④契約には存在しない)。

第6条(権利の譲渡)
甲(編注:原告)は、本契約に基づく原盤に関し甲の有する一切の権利(甲・丙(編注:本件アーティスト)の著作隣接権又は甲の著作権を含む)を、何らの制限なく独占的に乙(編注:被告)に譲渡する。
①この権利には、一切の複製・頒布(貸与・放送・有線放送・上映を含む。以下同じ)権及び二次使用料等(〔省略〕)の徴収権を包含する。
・・・以下略。

               ↓
(3)契約後の平成9年改正により、著作隣接権としての送信可能化権が新設され、被告はインターネットを通じたパソコン向け音楽配信や、携帯電話向け音楽配信を開始した。
               ↓
(4)被告は、CDの印税と同様の計算方法により、音楽配信の印税を原告に支払ったが、原告側は契約当時に存在しなかった送信可能化権まで譲渡対象になっているわけではない、として音源につき自らが権利を有することの確認を求めて提訴した。


という流れになる。


現在は活動休止中、とはいえ、上記音源には「風になりたい」や「島唄」といった「THE BOOM」の大ヒット曲が含まれており、本件の帰趨によってはそれなりの金額が動くだろうから、ここは当然の如く、当事者双方が充実した主張を展開しているガチンコ対決になっており、契約の解釈、著作権法61条2項の意義等に関して、池田眞朗教授(慶応大)、土肥一史教授(一橋大)、田村善之教授(北海道大)の意見書も登場する“華やかな”訴訟となった。


THE BOOM」といえば、ソニーレコードのオーディション経由でデビューしたアーティスト*3ということもあって*4、袂を分かち本件訴訟に至るまでには様々な逡巡もあったのではないかと思われるが、とにもかくにも戦いの火蓋は切って落とされたのである。


さて、裁判所は、本件における当事者の言い分に対して、どのような判断を下したか。


まず、本件各契約における著作隣接権譲渡の解釈について、裁判所は

「本件各契約における権利譲渡条項については、当該条項の文言自体及び本件各契約書中の他の条項のほか、契約当時の社会的な背景事情の下で、当事者の達しようとした経済的又は社会的目的及び業界における慣習等を総合的に考慮して、当事者の意思を探究し解釈すべきものである。」(46頁)

という基本的な考え方を示した後に、本件契約の条項の文言を丁寧に検討し、本件各契約の第6条について、

「その文言のとおり、このようなレコード製作者の著作隣接権を含む原盤に関する権利の一切、すなわち一部ではなくその全部をレコード会社であるSMEに譲渡したものである」(47頁)

と解し、さらに、

「本件アーティストの所属事務所である原告としては、レコード製作者として与えられた排他的権利である著作隣接権をレコード会社であるSMEに譲渡して、その行使を放棄する一方、経済的な観点から、SMEに対する原盤印税支払請求権という形に発展させて、実質的な権利行使を意図したものである。また、レコード会社であるSMEとしては、レコード製作者の著作隣接権のみならず、原盤の所有権や実演家の著作隣接権等も併せて譲り受けることにより、原盤に対する排他的な支配権を確保し、自由でかつ独占的な経済的利用が可能となる反面、その利用による売上げに応じた収益を、印税の形で、レコード製作者たる原告や実演家たる本件アーティストに還元することを容認したものである」
「このような当事者の意図や目的において、本件各契約の締結当時、著作権法上、レコード製作者の著作隣接権として、具体的にいかなる権利が定められているかは問題とされず、SMEに当該レコード原盤の自由で独占的な経済的利用を可能ならしめるため、これに係る一切の権利を移転させ、その反面において、対価的な印税の支払を約束したものである。」(48頁)

と、本件条項の背後にある当事者の意思を“解説”する。


そうなれば、続く結論は自ずから明らかであろう。

「本件各契約の第6条の文言と前記ウ(ア)のような当事者の意図を勘案すれば、契約当事者としては、SMEに当該レコード原盤に係る一切の権利を取得させ、原告に対したいかとしての印税を与えるという基本的な関係を確保すべく、上記のような立法の背景の下、少なくともレコード製作者の地位に伴うものである限り、契約締結当時の具体的な権利関係に加え、将来的な立法にわたる部分についても、一律に包括的な譲渡の対象としたものと解するのが相当であり、これが本件各契約の第6条の趣旨であると考えられる。」(49頁)(太字筆者)

もっとも、アーティスト側が本訴を提起した背景には、送信可能化権について、従来のCDと同様の方式で印税を算定することに対する不満があったものと推察される。なぜなら、本判決が認定している音楽ソフト(CD、レンタル含む)の売上とインターネット配信・携帯電話向け配信の売上の差は歴然としており*5、その背景には、単に音楽配信ビジネスが萌芽期だから、という理由だけでは説明できない“単価”の違いがあることは明白であるからである。


そしてそれゆえ、第6条の解釈にあたっては「音楽配信と印税支払の対価性」という要件を満たすかどうかも焦点になった。


だが、裁判所は、上記のような原告の不満に理解を示しつつも、

(被告の算定方法は)「音源の配信数に応じて支払われるものであることに変わりはなく、このような算定方法に依っていることは、従前のCD等の販売の枠組みとの整合性を保つ上で、やむを得ないところでもある。そうすると、送信可能化権を譲渡対象とした場合においても、音源配信による比例的な対価の支払がされているから、従前のCD等の販売に準じて対価性がなお維持されているとみることができる」(50頁)

として、結局、送信可能化権を含む全ての原盤に関する権利が被告に譲渡された、と判断した。


また、原告側が自己の主張の拠りどころしていた「ライオン丸事件」(東京高判平成15年8月7日)*6との比較については、

「同判決は、著作権の一部譲渡の事案であって、包括的な全部譲渡を目的としたものではなかったため、契約文言中の「放送権」の内容をめぐる当事者の意思解釈が結論を左右したものであり、同じく権利の譲渡を問題とするものではあるが、本件のように当初から包括的な全部譲渡を目的とする契約の場合とは、おのずと当事者の意思解釈の手法や内容が異なるというべきである。」(52-53頁)

と、事案が異なる、と明言している。


ライオン丸事件」の高裁判決が採用したような、「譲渡範囲の認定を厳格に行う」という発想は、内藤篤弁護士らによって手厳しく批判されているところであり*7、本件において裁判所が、

「本件各契約の締結当時、送信可能化権に係るインターネット等による音源配信について、原告において、具体的に予期していなかった事態であったとしても、そのような認識のみから契約の意思解釈をすることは相当ではなく、本件各契約の文言やこれに込められた当事者の意図ないし目的から契約の解釈をすべきである」(51-52頁)

と述べているのも、そのような近年の有力説に沿ったものということができよう。


「対価性」の問題については、印税の取決めの内容自体が「送信可能化権の帰属に関する解釈を左右するとまではいえない」ものであることは認めるにしても、“送信可能化権に関する”支払方法については当事者が何ら合意していない以上、新しい権利を自動的に含むことによって生じた“目減り分”を何らかの形でフォローする必要があるように思われるし、「ライオン丸事件」との関係については、「事案を異にする」的処理よりも、高裁判決の考え方そのものを明確に“変更した”とする方が良かったのではないかと思う。


だが、一歩間違えば、音楽業界が大混乱に陥る可能性もあった繊細な問題について、裁判所がアーティスト側の請求を退けたことで、音楽業界の秩序と平穏が守られたのも事実であり、その意味では本判決の結論は正しかったというほかない。


本訴がこの先、どういう運命を辿っていくのかは筆者の知るところではないが、今後は、「原盤権の帰属」という業界に混乱を招くような争いに血道をあげるのではなく、当事者間で納得できるような印税支払ルールの策定を地道に行ってほしい、と願っている。


THE BOOM

THE BOOM

*1:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119161719.pdf、第47部・高部眞規子裁判長。

*2:正確にはソニー・ミュージックエンターテイメント(SME)であり、本件訴訟の被告とは別法人になるようだが、ここでは便宜上SMEも「被告」と表記する。

*3:現在は東芝EMIに移籍。

*4:プロフィール等詳細は、Wikipedia参照(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E5%92%8C%E5%8F%B2)。

*5:前者は平成13年〜平成16年当時で5000〜6000億円程度であるのに対し、後者は平成13年時点で僅か516億円、平成16年当時でも1150億円弱に過ぎない。

*6:契約で定めた「放送権」の解釈について、東京高裁は「本件契約は,被控訴人ピープロの有する本件作品の著作権の一部である「放送権」を,特に放送条件,放送期間の定めなく譲渡することを内容とするものであり(甲第1号証),本件作品の著作権に極めて重大な制限を加えるものであるから,その譲渡対象の範囲の認定は厳格に行い,一定以上の疑問が残るものについては範囲に入らないとするのが,著作権法の立法趣旨に合致する契約解釈である」と述べて、「有線放送権」「衛星放送権」が含まれる、と主張した控訴人側の主張を排斥した。このうち、「有線放送権」については、契約当時既に「放送権」とは別概念として存在していた、と認定されているから本件とは事案を異にするといわざるを得ないが、「衛星放送権」については、契約当時想定されていなかったもの、として本件とほぼ共通する事情があったということができる。高裁は先述した契約解釈論に加え、当事者間において控訴人側の力が強かったこと、も被控訴人が主張する契約解釈を支持する事情として指摘している。地裁判決(東京地判平成14年10月24日)は、対価の不均衡性も原告(控訴人)の主張を退ける理由としてあげているが、高裁段階ではその点については特に指摘されていない。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/B079AB9B9603485849256DDB0018303B.pdf

*7:内藤弁護士は、ドイツにおける「譲渡目的論」(「利用権の付与に際して利用方法が個別的に表示されていないときは、利用権の範囲はその付与の目的にしたがって定まることになり、未知の利用方法を目的とする利用権付与及びその付与義務の負担は無効である」とする考え方)は、「少なくとも映像産業や音楽産業、その他ニューテクノロジーや新媒体の発展の著しい分野においてはまったく妥当しない考え方である」と弾劾されている(内藤篤「エンタテインメント契約法」39-42頁(商事法務、2004年)。

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