最高裁法廷意見の分析(第13回)〜地域特殊性へのこだわり?

最一小判平成19年3月8日(H17(行ヒ)第354号・遺族厚生年金不支給処分取消請求事件*1

今回取り上げるのは、先日第一小法廷が下した破棄自判判決。裁判長裁判官は、ヒューマニズムあふれる判決で知られる泉徳治氏(裁判官出身)。


本件で個別意見を表明しているのは、横尾和子裁判官(行政官出身)のみであり、泉裁判官ご自身のお名前は、判決文には直接的には登場していない。


だが、本件で上告人に遺族厚生年金の受給資格を認めるに至るまでの論旨を追っていくと、“泉コート”特有の“弱者救済”的カラーが色濃くでているのが分かる。


本件で問題とされていたのは、厚生年金保険法第3条2項の

「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」

という文言の解釈であった。


なぜなら、上告人(女性)は、民法734条1項によって婚姻が明確に禁止されている「三親等以内の傍系血族」(叔父)と内縁関係にあったからである。


原審は、

「三親等内の傍系血族間の婚姻関係は、我が国の婚姻法秩序において、反倫理的で公益を害するものとされている上、その反倫理性、反公益性は、時の経過によっても治癒されることのあり得ない性質のものであるから、法は、民法734条1項により婚姻が禁止される三親等内の傍系血族間で内縁関係にある者を遺族厚生年金という公的給付を受給し得る者として保護することを予定していないというべき」(本判決5頁)

として、上告人の3条2項該当性を否定した。


そして、本判決における唯一の反対意見を書いた横尾和子裁判官も、民法734条1項が、「何らの留保も置かず」近親婚を禁止している、ということを重視して原審の判断を支持している。


しかし、多数意見は、原判決等が述べている理屈のほとんどを認めながらも、最後の最後で、全く正反対の結論を導いた。


以下、本判決の理を追ってみていくこととしよう。


判決は、上記厚生年金保険法第3条2項の趣旨につき、

「法が,このように,遺族厚生年金の支給を受けることができる地位を内縁の配偶者にも認めることとしたのは,労働者の死亡について保険給付を行い,その遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的にかんがみ,遺族厚生年金の受給権者である配偶者について,必ずしも民法上の配偶者の概念と同一のものとしなければならないものではなく,被保険者等との関係において,互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者にこれを支給することが,遺族厚生年金の社会保障的な性格や法の上記目的にも適合すると考えられたことによるものと解される。」(5-6頁)

と述べる一方で、

「他方,厚生年金保険制度が政府の管掌する公的年金制度であり(法1条,2条),被保険者及び事業主の意思にかかわりなく強制的に徴収される保険料に国庫負担を加えた財源によって賄われていること(法80条,82条)を考慮すると,民法の定める婚姻法秩序に反するような内縁関係にある者まで,一般的に遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たると解することはできない。」(6頁)

と、3条2項該当性要件に一定の絞りをかけている。


そして、本件で問題になっている「近親者間の内縁関係」については、

「時の経過ないし事情の変化によって婚姻障害事由が消滅ないし減退することがあり得ない性質のもの」(6頁)

であり、

「しかも、上記近親者間で婚姻が禁止されるのは、社会倫理的配慮及び優生学的配慮という公益的要請を理由とするものであるから、上記近親者間における内縁関係は、一般的に反倫理性、反公益性の大きい関係というべきである。殊に,直系血族間,二親等の傍系血族間の内縁関係は,我が国の現在の婚姻法秩序又は社会通念を前提とする限り,反倫理性,反公益性が極めて大きいと考えられるのであって,いかにその当事者が社会通念上夫婦としての共同生活を営んでいたとしても,法3条2項によって保護される配偶者には当たらないものと解される。そして,三親等の傍系血族間の内縁関係も,このような反倫理性,反公益性という観点からみれば,基本的にはこれと変わりがないものというべきである」(6頁)

とまで述べている。


ここまで読むと、本件の結論を原審のそれと異にする余地はないように思われるのだが、それでも別の結論になったのは何故なのだろうか・・・?


その答えは、本件事案の舞台となった地域の極めて特殊な環境にあった。


判決は次のように述べている。

「もっとも,我が国では,かつて,農業後継者の確保等の要請から親族間の結婚が少なからず行われていたことは公知の事実であり,前記事実関係によれば,上告人の周囲でも,前記のような地域的特性から親族間の結婚が比較的多く行われるとともに,おじと姪との間の内縁も散見されたというのであって,そのような関係が地域社会や親族内において抵抗感なく受け容れられている例も存在したことがうかがわれるのである。このような社会的,時代的背景の下に形成された三親等の傍系血族間の内縁関係については,それが形成されるに至った経緯,周囲や地域社会の受け止め方,共同生活期間の長短,子の有無,夫婦生活の安定性等に照らし,反倫理性,反公益性が婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いと認められる場合には,上記近親者間における婚姻を禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的を優先させるべき特段の事情があるものというべきである。したがって,このような事情が認められる場合,その内縁関係が民法により婚姻が禁止される近親者間におけるものであるという一事をもって遺族厚生年金の受給権を否定することは許されず,上記内縁関係の当事者は法3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に該当すると解するのが相当である。」(6-7頁)

実際、認定された事実によると、本件の舞台となったa県b郡のc町(現在のd市)*2は古くからの農村地帯であり、「上告人の知っている範囲でも、おじと姪で事実上の夫婦として生活するものがAの勤務先で2組、親戚に1組あった。」ということであった。


泉コートは、このような事情に鑑み、「例外」を認める場合の規範を打ち立てた上で、「特段の事情あり」として結果上告人を救済したのである。

最一小判平成18年10月26日(H17(受)2087号・損害賠償請求事件)*3


以上のような「地域特殊性への配慮」を見て筆者が思い浮かべたのは、徳島県木屋平村公共工事指名競争入札をめぐる事件において、泉徳治判事が提示した「反対意見」であった。


この事件では、村内業者ではない建設業者が平成11年度から16年度までの間、村長から違法に指名を回避された、と主張して国賠法1条1項に基づく請求を行っていたのであるが、泉判事は、地方自治法234条2項及び同施行令の規定からして、「普通地方公共団体の長が指名競争入札の参加者を指名するに当たっても、できる限り機会均等の理念及び価格の有利性の確保に配意するのが地方自治法の趣旨に適合する」と述べた上で、

「上記の機会均等の理念及び価格の有利性の確保を考慮に入れても、当該普通地方公共団体の区域内に主たる営業所を有する者に限って指名する方が当該地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合には、そのような指名を行うことも許容されると考える」(16頁)

とし、人口1314人、世帯数601という木屋平村のような「過疎の村」にあっては、

「上記のような指名*4を行うことは、村の利益の増進にもつながるものというべく、上記の運用には合理性があり、法令に違反するものではないと考える」(17頁)

として指名回避に違法性なし、という結論を導かれている*5


この事件においては、地方自治法の趣旨から、木屋平村の運用基準を地方自治法の趣旨に反するものと認定し、

「上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で,主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し,そのことのみを理由として,他の条件いかんにかかわらず,およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば,それは,考慮すべき事項を十分考慮することなく,一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において,極めて不合理であり,社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず,そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない。」(10頁)

という判断を下した「常識的な見解」が多数意見を構成しているから(結論としては原審・高松高裁への破棄差戻し)、泉判事の見解はあくまで“少数派の意見”として記されているに過ぎないのであるが、法の一般原則を認めた上で、地域特殊性を配慮した「例外」を許容して結論を導く、という手法そのものは、上記近親婚遺族年金訴訟の多数意見とも相通ずるものがあるといえる。

おわりに

さて、このような「地域特殊性への配慮」は、どのように受け止められるべきなのだろうか?


上記2判決をどのように評価するか、は、おそらく読んだ人の思想信条に左右されるところが大きいだろう。


筆者自身は、木屋平村の件については泉判事の少数意見に賛同するが、近親婚遺族厚生年金の件については、泉判事流の多数意見には俄かには賛同できずにいる。


なぜなら、前者は純粋な経済・財政政策上の問題に過ぎず、どのような業者に入札させるか、という最適解を探す上で地域特性に合わせた裁量を認める余地があると思われるのに対し、後者は近親婚を禁止する現在の家族法制度そのものに、政策論では如何ともし難い「優生学上の問題」が取り込まれているからである。


本件では、上告人の夫である故A氏が、前妻Cと一子を設けた後に、Cが統合失調症に罹患して事実上離婚状態になってしまい、栄養状態が悪く衣類の洗濯もままならない状況を見かねたAの父・Bの勧めで上告人とAが婚姻した、という事情があるから、子の福祉の観点からも「許容されるべき内縁関係」として認める(そしてそれを甘受した上告人に対する救済を図る)必要性がある)のが適切な事案だったというべきなのかもしれない。


だが、「農村地帯においては近親内縁婚も許容される」という上記判決の結論のみが一人歩きしてしまうと、後継者難に悩む農村地帯において、“周囲の親族の勧め”によりリスクの高い結婚・出産を強いられる女性が増えることになりやしないだろうか。あるいは、単に先祖代々の土地を守りたい、という“悪しき慣行”*6が温存されることになる結果、かえって“地元に寄り付かなくなる”若者が増えやしないだろうか。遺族年金判決を読むと、そういった懸念を多少なりとも抱かざるを得ない*7


最高裁の多数意見に真っ向から対立するような筆者自身の見解は、読み流していただくにしても、日本国内で一律に決められた「法規範」と、それに相対する「地域特殊性への配慮」のいずれを優先するか、そしてどのレベルで両者を調整していくか、という問題が、非常に悩ましい問題であることを明らかにした、という点において、最高裁第一小法廷が取り扱った上記2件が大きな意義を有している、ということは最後に改めて強調しておきたいと思っている。

*1:泉徳治裁判長・http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070308164237.pdf

*2:地名がここまで徹底して匿名化されているところに本件の“特殊性”を見て取ることができる。

*3:才口千晴裁判長・http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061026161947.pdf

*4:村内業者では対応できない事業のみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名してきた。

*5:ちなみに、近親婚遺族年金訴訟では反対意見を示した横尾和子判事も、この事件では泉判事と同じ立場をとっているのが興味深い(横尾判事の意見は行政側の合理的な裁量を強調するものであって、結論に至るまでの思想は泉判事のそれとは異なるが)。

*6:個人的には土地や事業や家名というのは“守るもの”ではなく、“創るもの”だと思っているので、こういった“田舎の発想”は前近代的なものとして淘汰されるべきだと考えている。もちろん、世の中には違う発想をお持ちの方も多数いらっしゃるだろうし、そういう方々の思想をとやかく言うつもりはないのだが。

*7:逆に、そういった“伝統的価値観”を重視するからこそ、裁判所が公共工事の入札事件とは反対の結論を出した、ということもできるのかもしれないが。