現職最高裁判事の死。

ここ数年はもちろん、結構昔から、筆者は最高裁の裁判官人事を、それなりに関心を持って見ていたのだが、こういうパターンはちょっと記憶にない。

最高裁判事涌井紀夫(わくい・のりお)氏が17日午後1時13分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。67歳だった。」(日本経済新聞2009年12月28日付朝刊・第19面)

別の情報源によると、任期中に最高裁判事が亡くなったのは1988年以来、ということだから、自分の記憶にないのも無理はないのだが、三権の一翼を担っている方が現職でお亡くなりになる、というのは、言うなれば、現役の閣僚が在職中に亡くなるのと同じことなわけで、やはり事柄としては大きい*1


亡くなられた涌井判事(第一小法廷所属)は、大阪高裁長官から“昇格”された生粋の職業裁判官。


それゆえに*2、2006年10月の就任以降、比較的”保守的”な結論を支持されていることが多く、先の衆院選の際の国民審査で、那須弘平判事と並んで、“罷免すべき人物”として一部の勢力から名指しで批判されていたのは記憶に新しい*3


“肺がん”という病名の重さを考えると、当の国民審査の際に、故・涌井判事がどのような思いでその動きを見ていたのか(そもそも見ることができる状況だったのか)は分からないが、こういうことになってしまうと、あえて国民審査の際に、“叩く”ようなことまでしなくてもよかったのになぁ・・・となおさら思う*4


ご健在であれば、平成24年2月までの任期を残していた涌井判事の今回の訃報が、(高裁所長やさらにその下の偉い人の人事も含めた)今後の裁判官人事にどのような影響を与えるのかは定かではないが*5、今は、心よりご冥福をお祈りしたい。


なお、以下は率直な疑問として・・・



平成21年12月17日に出された4件の第一小法廷の判決のうち、3件には涌井判事のお名前が入っておらず、判決の記名を見る限り、4名の裁判官の合議体において審理された、という体裁になっている。


亡くなる前日、という状況を考えると、それが当然のことのようにも思われるのだが、どっこい。


同日に出された「公文書非開示処分取消等請求事件」には、「裁判長裁判官」として故・涌井判事のお名前が入っている。


この辺がどういうカラクリになっているのか筆者には知るよしもないのだが*6、若干不自然な印象があるのは否めない。


おそらく涌井判事のお名前が入った最後の判決になるであろう上記判決が、「区議会の政務調査活動の内容等の非公開情報該当性を認め、住民側を勝訴させた高裁判決をひっくり返したもの」だというのは、いろいろな意味で象徴的なことではあるのだが・・・。

*1:日経紙の中では「夕刊の社会面の隅」という扱いにとどまっているが、本来は1面に載せるべき話題じゃなかろうか。

*2:もちろん職業裁判官出身者が皆“保守的”な判決を書くわけではないのは、泉・元最高裁判事の例を見れば明らかだが。

*3:一票の格差」問題に関して「反対意見を書いていない」というのが、その主な理由であった。

*4:メディアでの評価は決して高いとはいえず、散々叩かれていた小渕元首相が「病に倒れた」という報を聞いた時のあの気まずさに良く似ている。

*5:つい先日、千葉・仙台高裁長官の最高裁判事就任が決まったばかり。間もなく退官される今井判事、来年6月に定年を迎える堀籠判事の後は、しばらく職業裁判官枠の判事の入れ替わりは予定されていない状況だっただけに、今回の訃報が“人事の筋を変える”ような運命のいたずらにつながることも十分に考えられる。

*6:もしかすると、ずっと前に判決書への署名は終えられていて単に言い渡すタイミングが遅れた、というだけなのかもしれない。

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