きっと、もっと、彼女は強くなる。

金曜日に行われた五輪フィギュアスケート女子フリー。


録画した映像を何度も見返した上に、ハイライト番組等々でも同じシーンを何度も見た。
見れば見るほどキム・ヨナ選手の演技は美しく、そしてクリーンだった。


これまで、このブログの中で“銀河系”女王を素直に誉めたことなど一度もなかったと思うのだが、今回ばかりは脱帽せざるを得ない。


過去に、輝かしい実績を持ち、優勝候補最右翼と言われていた選手たちが、五輪の「魔物」に魅入られて次々と涙を呑んできたシーンを何度も見掛けた。


欧州女王に7度輝いたイリーナ・スルツカヤしかり、全米8連覇の偉業を誇った、ミス・パーフェクトことミシェル・クワンしかり。


それまでの実績が採点にかなり影響していた旧採点方式の下ですら、彼女たちは五輪の舞台になると、普段では考えられないようなミスをして金メダルをさらわれてしまっていたわけで、ましてや一つの失敗が即スコアに反映される今の採点方式の下では、なおさらその傾向が強くなった・・・はずだった。


だが、前年度世界女王、今季GPファイナル優勝者、というタイトルと、母国国民の期待を一心に背負ってリンクに立った彼女がやってのけたのは、SP、FSを通じてノーミスの完璧な演技。


そして、その結果として叩き出された、228.56点という驚異的な世界レコード。


本来の技術基礎点を約3割増しにしたGOEの加点や、3要素で9点台が並んだ演技構成点の採点など、点数の内訳を吟味して難癖を付けることも、やろうと思えばできるのかもしれないが、あのヨナ選手の演技を見たら、どんな採点方式の下でもジャッジは1番の得点を付けるだろうし、フィギュアスケートが技術的要素と芸術的要素(&ショー的要素)を兼ね備えた競技である以上、その結果にケチを付けるのは野暮というものだ。


それに、プログラム構成が巧い、というだけでは、表彰台の頂点に立てないのはもちろんのこと、メダルを取ることさえ難しい、というのは、今大会(それまでの実績を考えれば)惨敗したモロゾフの弟子たちがちゃんと証明している。


4年に一度の大会に合わせてあの演技を完成させ、それを本番で完璧に演じきるために、ヨナ選手がどれだけの汗を流し、心を鍛えたか、ということを考えると、彼女を批判することなどできるはずもない。


日本人としては、あれをライブで見なくて済んだのが不幸中の幸いだった・・・*1、そういうほかないのだと思う。

鳴らなかった奇跡の鐘。

もちろん、浅田真央選手の2度のトリプルアクセル成功(SPと合わせて3度成功)が、ギネスブックに載せるだけの価値がある快挙だったのは間違いない。


しかも、開幕当初から完成度が高かったキム・ヨナ選手とは違って、序盤は「シーズン中にアクセルジャンプをきっちり飛ぶのは無理なんじゃないか」と思わせてしまうような滑りをしていた状況から、本番でトータルスコアで200点を超えるレベルにまで修正してきた*2こと自体、自体驚嘆に値することだ。


だが、そうでなくてもバンクーバーの空気に合っていないフリーのプログラムで、キム・ヨナと互角に渡り合うには、ジャンプでの2度のミスはあまりに痛すぎた。

コンビネーションジャンプ キムヨナ:29.20点/浅田:21.99点*3→キムヨナ+7.21点
ジャンプ キムヨナ:27.50点/浅田:20.39点*4→キムヨナ+7.11点
スピン キムヨナ:11.90点/浅田:11.90点 →ドロー
スパイラル キムヨナ:5.40点/浅田:6.00点 → 浅田+0.60点
ステップ キムヨナ:4.30点/浅田4.40点 → 浅田+0.10点

↑を見ると、コンビネーション+単独のジャンプだけで14.32点差。ダウングレードを勘案すると、基礎点だけで5点以上の差を付けられてしまっている。


これでは、いくら何でも勝負にならない。


キム・ヨナ選手以外の最終グループ滑走者と比較しても、浅田選手がそんなに図抜けていた印象はなかったし、スコア上も、演技構成点ではロシェット選手の、技術点では長洲未来選手の後塵すら拝する結果となった*5


地元選手への“愛”を惜しみなく注ぐ会場の空気を考えれば、浅田選手がフリーで順位を下げても不思議ではなかったわけで(特にロシェット選手との関係では)、銀メダルのポジションに踏みとどまれたのが、むしろ御の字、というべきだったのかもしれない。


「4位」を守りに行く、という不可解な演技に終始した安藤美姫選手*6、見せ場のストレートラインステップに入る直前の最後のトリプルサルコウを失敗して、プログラム全体の印象を下げてしまった鈴木明子選手*7と合わせて、日本人を応援していた者にとっては、ちょっと歯痒いフリーになってしまった(もちろん、男子に続いて、出場した3選手が全員入賞した、という結果そのものは見事というほかないのだが)。

それでも、彼女は強くなる。

この日の演技を見る限り、仮にキム・ヨナ選手やロシェット選手が今回の五輪後に現役を退いたとしても、4年後に浅田真央選手が繰り上がって金メダルを取れる、と断言できる状況にはない。


長洲未来選手のフリーでのパフォーマンスは、新しい時代の到来を予感させるに十分なものだったし、ロシアのレオノワマカロワという若手コンビにも、まだまだ伸びしろがある。


「魔物」に取りつかれないためには、4年間の緻密な戦略が必要、ということを、今回のキム・ヨナ選手は見事に証明してくれたわけで、浅田選手陣営も、来季以降戦略を練り直さないと今回の五輪の二の舞になる可能性は高いように思う*8


だが、自分は、試合を終えた後の浅田選手のコメントと表彰式での姿に、一筋の光を見た。


これまでの日本の五輪メダリストの中に、「銀」であそこまで悔しさを露わした選手がいただろうか。


金メダルが当たり前の、“お家芸”(柔道とか女子レスリングとか)ならともかく、日本の歴史上、メダリストは3人、金メダリストはたった1人しかいないフィギュアスケートの世界で、表彰台の頂点に立てなかったことを明確に「敗北」と定義して、心の底から悔しがる。


その思いを持ち続けることができれば、4年後きっと、彼女は表彰台の頂点に一番近い存在になれているだろう。


決して楽な道程ではないだろうけど、自分はその可能性を信じている。

*1:最終グループの滑走時刻を考えると、あれをリアルタイムで見られた人は、そんなに多くはなかったはずだ(苦笑)。

*2:しかも、荒川静香選手のようにプログラムを全とっかえするわけでもなく、同じプログラムで勝負し続けて・・・

*3:3フリップ+2ループ+2ループでダウングレード判定。

*4:3トゥーループの予定が1回転に。

*5:長洲選手のスパイラルとステップはレベル2にとどまっている。にもかかわらず、浅田選手はジャンプ要素で5点以上の差を付けられ、その結果、技術点の合計で長洲選手を下回ることになった。

*6:現地での調子が相当悪かったのかもしれないが、あと一歩でメダルに届くポジションにいたことを考えると、やっぱり3回転‐3回転には挑んで欲しかった・・・。

*7:ダウングレードによって基礎点だけで3.52点下げてしまったし、GOEや演技構成点に与える影響などを考慮すると、5、6点以上のダメージはあったように思う。それまでのジャンプはほぼ完璧で、ステップもいつも以上の切れ味を見せていただけに、もったいなかった。うまくいけばレピスト選手はもちろん、安藤美姫選手より上に行って、エキシビジョンにも残れる可能性はあったのに・・・。

*8:タラソワのままでいいのか、という点も含め。

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