フィギュアスケート世界選手権・男子シングルで、高橋大輔選手が成し遂げた歴史的快挙。
「フィギュアスケートの世界選手権は25日、男子フリーを行い、ショートプログラム(SP)1位でバンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔(関大大学院)はフリーも168.40点で1位となり、SPとの合計257.50点の今季世界最高で初優勝した。」
(日本経済新聞2010年3月26日付夕刊・第17面)
五輪直後の大会、ということで、ご多分に漏れず、金、銀両メダリスト(&何人かの有力選手)は姿を見せていなかったが、だからといって繰り上げであっさりトップに立てるほど世界は甘くない。
五輪で良いところなく惨敗したブライアン・ジュベール選手にしても、地元の期待を一身に集めながら、ショートプログラムでの転倒・出遅れが響いてメダルを逃したパトリック・チャン選手にしても、今大会のショートプログラムの出来を見れば、世界チャンピオンの座に輝く資格は十分にあった*1。
それでも、なお、その上を行く凄さ。
結果論ではあるが、この大会で高橋選手が叩き出したフリーのスコア(168.40点)は、五輪でのライサチェク(167.37点)、プルシェンコ(165.51点)両選手を上回っているし、SPとの合計スコア257.70点も、ライサチェクの五輪での優勝スコアを僅かに0.03点上回っていて、唯一出場したメダリストとしては、実に堂々たる結果だったといえるだろう。
4回転フリップに挑んで、しかも着氷まで決めたのは非常に大きかったし*2、中盤以降の加点が付くジャンプをほぼミスなく飛び切ったところにも勝因はあったのだろうが*3、それ以上に、フリーのジャッジスコア*4を見て一番驚かされたのは、滅多に出ることのないステップシークエンスでのレベル4を2種類のステップで叩き出し*5、しかもGOEで最大加点2まで付けた、という事実である。
元々、演技構成点だけを比較すれば、他の選手に比べて圧倒的に有利なポジションにある高橋選手*6が、技術要素点でもトップに立ち、他の有力選手を4〜5点引き離してしまったのだから*7、最終的に「圧勝」と言える結果となったのは当然なわけで*8。
そして、地元発の名作映画のテーマがフリーの滑走曲だった、というめぐりあわせの良さがあったにしても、日本以外の地で、
「中盤のステップから、ご当地の観客は大騒ぎ。最後のステップを終えると、国際スケート連盟の関係者も総立ちだった。」(同上)
というほどの熱狂を生み出せる選手は、(フィギュアスケートというジャンルを離れても)なかなかいないんじゃないかと思う*9。
「日本男子の金メダルは史上初。日本男子のメダルは1977年大会の佐野稔、2002、03年大会の本田武史の銅メダル、07年大会の高橋の銀メダルに続いて、通算5個目になる。」(同上)
「4回転」という「技術」を武器に、世界に迫ろうとしていた本田選手の雄姿(特にソルトレイク五輪前後の堂々たる戦いぶり)は今でも自分の記憶に残っているのだが、あれから10年経たないうちに、さらに磨きのかかった「技術」+「演技力」で世界を圧倒する日本人が現れるとは・・・
今季の開幕前に多くのメディアが内心描いていたであろう、
「ケガからの劇的な復活、そして長年の夢だった五輪の舞台で彼の「道」が完結し、爽やかに引退」
というストーリーは、高橋選手のもう一段高い夢へのこだわりゆえに、幸か不幸か未完のままに終わった。
だが、その先に道が続いているからこそ、さらにまた描かれる、安直なシナリオに収まらない奇跡もあるはず。
今シーズン、一応、いったんはここで完結する道も、あと半年経たないうちに再びつながっていくわけで、まずは2011年の東京に向けて、これから彼と精鋭ぞろいのスタッフ陣がどんな一歩を踏み出すのか、が、今は楽しみで仕方ない。
*1:これまで演技者として積み重ねた実績ゆえ、演技構成点で辛うじて高橋選手が上に行っていたものの、技術要素点だけなら、大技使いのジュベール選手の方が上を行っていたし、パトリック・チャン選手との差も、本当に僅かなものでしかなかった。
*2:結果的にはダウングレードになってしまったが。
*3:特にトリプルアクセルを完璧に決めたのは、純粋なスコアから見ても(1.1倍ボーナスとGOE加算で一気に11.02点を稼ぎ、それだけでジュベール選手の4回転コンビネーションに匹敵するスコアを得ることができた)、場内のムードに影響を与えたという意味でも大きかったと思う。
*4:http://www.isuresults.com/results/wc2010/wc10_Men_FS_Scores.pdf
*5:今大会のフリーで、3種類のスピンと合わせてすべてレベル4を出したのは、高橋大輔ただ一人である。
*6:純粋な表現力で上回っているというのもさることながら、シーズン中の“実績”がものをいう5コンポーネンツスコアで、銅メダリストが他の選手の後塵を拝することになるとはちょっと考え難い。
*7:しかもステップだけで、スケーティングに定評のあるパトリック・チャン選手に2点近い差を付けてしまった。
*8:ちなみに、この日、4回転2発に、3回転-3回転(2発)、3回転-2回転-2回転という大技コンビネーションをすべて減点なしで成功させたカナダのレイノルズ選手が上位陣を上回る技術要素点80点台を叩き出しているが、それでも高橋大輔選手には届いていない。
*9:荒川静香選手が五輪本番に、“トゥーランドット”を滑り切ったときの会場の雰囲気(あの時も今回も現地にいたわけではないので、あくまでテレビ越しに感じた雰囲気、でしかないのだが・・・)もかなりのものだったが、今回の高橋選手は、いわば予定調和的に“最高の演技”を期待された中で、それ以上の“完璧な演技”を見せたわけで、会場のボルテージは今回の方がより高かったんじゃないだろうか。