その正義はどこにある?

年明け早々に読み終わって、感想を書こうと思ったら、dtk氏に先を越されてしまったので*1、しばらく寝かせていた一冊について。

会社法の正義

会社法の正義

商事法務がだいぶ宣伝していたのと、東大のローの「上級商法」の講義のエッセンスを書き記した、という触れ込みを見て、何となくどんなものかな・・・と思って手にとって、買ってみた一冊である。

論理的な完成度は高い本だし、一流の弁護士が自らの発想を記された本、ということで、得るところは多い本だと思うので*2、ここに挙げてはおくが・・・。


読み終わって分かったのは、この本に書かれているのは、あくまでも、

「エッセンス」

に過ぎない、ということ。

ミネルバのふくろう」の話から始まるので、一見、一般人向けの読み物なのかなぁ・・・という気にさせられるのだが、会社法の基本的知識がなければまず読んでも面白くないし、dtk氏も指摘されているように、「Law&Economics」をある程度かじっていて、「法的な制度設計の話に強引に経済学的発想を導入することへの違和感」を許容できる人でなければ、なかなかとっつきにくい本ではないかと思う(一応、自分は最後まで付いていったけど)。

もちろん、実際の講義では、行間をしっかり埋めていくような精緻な解説と分析が、惜しみなく披露されているのだと思うけど、そういう想像力を働かせながら読まないと、前半の5つの話なんて、会社の中で実務をやっている人間には、片腹痛・・・もとい、高尚過ぎて読めたものではない。

おそらく、単純な計算上の資産、株式の価値から導き出される答えだけで、経営者の「義務」を語っているように見えてしまうのは、読者にとっての分かりやすさを優先したゆえだろう。

だが、その結論として、

「この義務が守られることこそが会社法の正義である」

とまで結論づけるのであれば、もう少し、机上の計算に介在する“変数”(因子)を意識した記述があっても良かったのではないだろうか*3

現実には、会社を経営するのも、そこで働くのも、その会社に投資するのも「人間」そのものなわけで、それぞれのアクターの行動には、無数の予測不能な変数的要素が含まれているわけだから*4、それを踏まえて論理を展開しないと、純粋な学生・院生ならともかく、普通の実務家には、「あぁ、まぁ、そういう考え方もありますね」と隅に置かれるだけで、終わってしまうことになるだろう。

いくら本書に感化されたとしても、そこに書かれていることを実務の現場で右から左へ流す、ようなことは、これから実務に出る方々は決してしないように、と強く申し上げておきたい*5


ちなみに、dtk氏も指摘されているように、本書全体からは、「著者が本当に強調したかったのは、後半部分のM&A、特に「敵対的M&A」の正統性」なのだろうな、という印象を強く受ける*6

教壇に立っておられた時代が、“投資理論原理主義”的な人々にとっては、いわば「冬の時代」だった、ということも、多分に影響しているのだろう*7

個人的には、著者ご自身の「ピケンズ事件」に関する経験を綴られた第9話などは、純粋な読み物としても、実務的な示唆としても非常に興味深いものだと思ったし、こちらの方で導き出されている結論に対しては、前半部分ほどの違和感は抱いていない。

ただ、「派手な敵対的M&A案件が猛威をふるった時代」が既に遠い記憶となりつつある今となっては*8、本書の処方箋が生かされる機会がどれだけあるのだろうなぁ・・・という思いにも、駆られてしまうところで、その辺は少々複雑な心境ではあるのだが・・・。

なお、本書のところどころに登場する替え歌のクオリティについては、自分も、dtk氏のご意見に全面的に賛同することとしたい(笑)。

*1:http://dtk2.blog24.fc2.com/blog-entry-2101.html参照。

*2:ただし、読み方は各人で工夫する必要があると思われる。

*3:少なくとも本書の中では、税務的な因子以外は結論を導くためのモデルに組み込まれていない。

*4:ゆえに、理論的には考えにくい、「配当を増やすと株価が(短期的には)大幅に上昇する」という現象も起きるし、株主だけに忠誠を誓う経営者よりも多方面のステークホルダーに気配りする経営者の方が、高い評価を受けることになる。

*5:著者ご自身も、決してそのようなことはなさっていないだろうと思うし、本書に目を通すような賢明な学生・院生の中に、そんな人は決していないだろう、と思うのだけれど・・・。

*6:前半部分は、むしろ後半部分につなげるためのウォームアップに過ぎないのでは?という印象さえ受ける。

*7:ブルドッグソースや、北越製紙の例をみるまでもなく、本来、効率的なリソースの活用、という観点からは称賛されても不思議ではなかったM&A案件が、様々な感情論の下で封じられてきたのが、2000年代後半の時流だった。

*8:逆に、必要に迫られての国境を超えた大規模な企業再編劇は、増加しつつある時代ではあるのだが・・・。

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