ちょうど一か月前、リニア談合疑惑に関し、被疑事実を否認している大成建設、鹿島建設の両社に対して異例の「再捜索」が行われたことについて、自分は憤怒の気持ちを込めて一本のエントリーを上げた*1。
それからしばらく静かに時が流れ、そろそろ落としどころも見えてくるのではないか、という期待もボチボチ抱き始めたところだったのだが・・・。
新聞の1面を飾ったのは、より深刻なニュースだった。
「リニア中央新幹線の建設工事を巡る入札談合事件で、東京地検特捜部は2日、大手ゼネコン鹿島の土木営業本部専任部長、(氏名略)(60)と大成建設の顧問、(氏名略)(67)を独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で逮捕した。公正取引委員会と連携し、不正な受注調整の実態解明を目指す。逮捕容疑は、2014年ごろから15年ごろの間、大林組や清水建設の関係者などと共謀して、JR東海が発注する品川駅(東京・港)と名古屋駅(名古屋市)の新設工事の受注企業を事前に決定したほか、予定通り受注できるような価格の見積もりを行うことで合意。自由な価格競争を妨げた疑いがあるとされる。当時、大沢容疑者は土木営業本部の副本部長、大川容疑者は常務執行役員だった。関係者によるとこれまでの特捜部の事情聴取に対し2人は容疑を否認していたという。特捜部は家宅捜索した4社のうち、大林組と清水建設の担当者の逮捕は見送った。課徴金減免(リーニエンシー)制度に基づき、違反を公取委に自主申告した点を考慮したとみられる。両社の担当者については引き続き任意で捜査するもよう。」(日本経済新聞2018年3月3日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)
本格的な捜査に着手したのはもう3カ月も前のこと。大林組、清水建設関係者の自白調書はもう山のようにとれているはずだし、被疑事実を否認している2社からも、しつこいまでの捜索差押で関係する証拠は(もしあるならば)洗いざらい持っていっているはず。
それにもかかわらず、ここで「逮捕」という原始的な身柄拘束という手法を用いる目的といえば、東京地検特捜部が描いたストーリーに迎合してくれない二社に対する「嫌がらせ」と、国家権力の名の下に行う「恫喝」、といったものしか考えられない。
この逮捕のニュースが流れた直後に、大成建設が、
「到底承服しかねる」
「(被疑事実である独占禁止法違反に関しては)違反に該当しないと考えており、今後の捜査の過程で当社の主張をしていく」
と改めて会社のスタンスを示し、さらに、
「(逮捕された顧問が)「25回、約3カ月にわたり任意で応じているにもかかわらず逮捕された」
と、この手のプレスコメントでは異例の捜査手法批判に至ったのも、容易に理解できるところである*2。
思えば、数日前の日経紙では、以下のような不思議な記事が載っていた。
「リニア中央新幹線の建設工事を巡る入札談合事件で、大手ゼネコン鹿島の担当者が駅工事の入札から撤退するとの情報を競合他社に伝達した疑いがあることが28日、捜査関係者への取材で分かった。東京地検特捜部はこの情報伝達が独占禁止法違反(不当な取引制限)に当たる可能性があるとみて、ゼネコン4社と担当者の刑事責任追及へ向けた捜査を続ける。関係者によると、大手ゼネコン4社のうち鹿島と大林組、大成建設の各担当者は、JR東海のリニア工事計画が国に認可された2014年ごろから、JR東海との打ち合わせの後などに東京都内の飲食店で会合を開き、工法などの情報交換をしていたという。鹿島の担当者はこうした場で、工法が難しい品川駅(東京・港)や名古屋駅(名古屋市)の工事について、採算面などを理由に受注する意思がないことを他社の担当者に伝えた疑いがある。特捜部の聴取に担当者は「うちは入札から撤退するかもしれないと他社に伝えた可能性がある」と供述しているという。鹿島の担当者は、社内で知り得た情報を他社に伝えたとみられるが、特捜部はこうした行為が独禁法が禁じる公正な競争を阻害する行為に当たるとみている。一方、別の鹿島の幹部は、この担当者が社内で工事への参加や不参加を決められる立場になかったなどとして、「工事を分け合ったことはなく、不当な受注調整に当たらない」としている。」(日本経済新聞2018年3月1日付朝刊・第46面)
おそらく、検察当局筋からのリークだと思われるのだが、「工事に関する情報交換をやっていたこと」については、既に大成、鹿島の2社も認めている話で、ここでの真新しい話としては「鹿島建設の担当者が一部の工事について受注する意思がないことを伝えたこと」くらいしかない。
確かに、事実上スーパーゼネコン4社しか受注できない工事でそのうちの1社が抜ける、というのは、決して小さな話ではないのだが、一方で残り3社の競争は依然として妨げられていないのだから、競争制限効果としてはそれほどでもない、という見方もできる。
そして何より、当初検察当局から流れていた「落札企業の割り振り」だとか「価格の調整」といった話に比べると、話のスケールがかなり小さくなった感があることは否めない。
そこから推測できることは、検察当局が「描かれたストーリーに載ることを拒む」二社の影響で、最初に描いていた絵を修正することを迫られていた可能性がある、ということ。
そのような状況で、「何が何でも描いた絵のとおりに立件する」という意思を示したのが今回の逮捕劇なのだとしたら、そこには本来検察官が果たすべき正義のかけらも見当たらない、ということになる。
個人的には、今回のようなケースで、客観的にみて両被疑者を勾留できるだけの要件は何一つ満たされていない、と思っていて、刑事司法が適正に機能しているのならば、勾留請求審査の段階で(あるいは遅くとも準抗告の段階では)勾留が却下されるはずだと信じているのだけれど、仮にこのままずるずると言ってしまうようなことになったとしても、既に「リーニエンシーを使わない」という肚を決めている大成、鹿島には、「被疑者の供述調書を取らせない」戦術を徹底する等して、会社としての意思を貫いてほしい、と思わずにはいられない。
残念なことに、今回の「逮捕」を契機に、あたかも4社の独禁法違反が確定的な出来事であるかのように報じ始めたメディアもあるし*3、東京都がこれを受けて大成、鹿島の2社のみを公共入札指名停止処分にする方針、という残念なニュースも流れている。
検察官の判断が常に正しいわけではなく、ましてや本件のように当事者が明確に被疑事実を争っている事案で「一方当事者の意思」だけが一人歩きするようなことになってしまえば、公正な刑事司法など到底実現できない、という危機感をもう少し社会全体で共有してほしいものだと思うのだけれど・・・。
本件は、事実認定の面でも、「許される情報交換の範囲」という規範的判断の面でも、いろいろと興味深い論点を含む事案だけに、一方的な圧力とストーリー仕立てによる解決ではなく、対等な立場での主張立証がきちんとなされた上で判断が下されることが何よりも大事。だからこそ、今回の“暴挙”が事をゆがめないことを、自分は願ってやまない。