札幌ドームファウルボール事故訴訟におけるもう一つの争点。

札幌ドームでの打球事故をめぐって札幌地裁が3月末に下した一つの判決が、今様々な分野で話題になっている。

プロ野球観戦中にファウルボールが当たって失明した」原告の損害賠償請求(請求額約4660万円)に対し、球場の安全設備の瑕疵を認定した上で、被告ら*1にほぼ満額に近い支払いを命じたこの判決が、プロ野球界に与えた影響が大きいというのは容易に想像が付くところで、社会面にとどまらずスポーツ面にまでこの判決を契機とした記事が書かれるに至っている*2

被告側が控訴して争っていることもあり、今後もしばらくの間は、「球場にどこまで安全設備を設ける必要があるか?」という話題が続いていくことだろう。
だが、公表されている判決文を読むと、この判決のインパクトは、一連の報道であまり取り上げられていないところにも潜んでいることに気付く。

そこで、このブログでも、判決内容を簡単に紹介しつつ、論点を洗い出してみることにしたい。

札幌地判平成27年3月26日*3

本件は先述したとおり、打球衝撃事故により被害を受けた原告が、工作物責任(営造物責任)、不法行為債務不履行等に基づき、損害賠償を請求した事案であるが、その原因となった事故の概要を簡潔に整理すると、概ね以下のようなことになる。

・原告は平成22年8月21日、札幌ドームの1塁側内野席18通路10列30番の座席で、北海道日本ハムファイターズ埼玉西武ライオンズの試合を観戦していた。
・午後3時53分頃、3回裏のファイターズの攻撃中、打者の打ったファウルボールが1塁側内野席に飛来し、座席に着席していた原告の顔面に衝突した*4
・原告は本件事故により、右顔面骨骨折及び右眼球破裂の傷害を負った。
(PDF3〜4ページ参照)

そして、「本件打球を回避し得るだけの、観客を危険な打球から物理的に遮断するような安全設備が設置されるべきであった」(PDF7頁等)という原告の主張に対し、ラバーフェンスの長さやファウルゾーンの広さ、そして、安全設備を補完する諸施策が実施されていたこと等を被告が主張して反論し、この点が本件の最大の争点となっていた。

判決文からうかがい知れるだけでも、この争点に対する双方の主張立証はかなり念入りに行われたようで、原告、被告双方から打球の軌道に関する解析結果が証拠提出されているほか、進行協議期日において「本件打席の再現を試みてピッチングマシーンでボールを射出」する(さらに裁判官を座席に座らせる)ということまで行われているし、それを受けた裁判所の判断も、かなり手の込んだものになっている。

先に紹介した記事の中でも触れられているように、

「野球に強い興味関心を抱いているわけではなく,付添いとして初めてプロ野球の試合を観戦する者など,野球のルール等を知らない観客の存在にも留意して,ファウルボール等が観客席に飛来することにより生じる観客の生命・身体に対する危険を防止するための安全設備を設けるとともに,上記の危険への注意を喚起し,打球が飛来した際にとるべき回避行動の内容を周知するなどの安全対策を行うことが必要というべきである。」(PDF24頁)

と被告側の義務を示したうえで、

「ファウルボール等が観客席に飛来する危険は,プロ野球を観戦する上で排除することができないものであるから,観客にも相応の注意義務を果たすことが求められるというべきである」(PDF24頁)

と観客一般の側の注意義務にも言及したこと、その上で、

プロ野球の試合の観客に求められる注意義務の内容は,試合の状況に意識を向けつつ,グラウンド内のボールの所在や打球の行方をなるべく目で追っておくべきであるが,投手が投球し,打者が打撃によりボールを放つ瞬間を見逃すことも往々にしてあり得るから,打者による打撃の瞬間を見ていなかったり,打球の行方を見失ったりした場合には,自らの周囲の観客の動静や球場内で実施されている注意喚起措置等の安全対策を手掛かりに,飛来する打球を目で捕捉するなどした上で,当該打球との衝突を回避する行動をとる必要があるという限度で認められるのであって,かつそれで足りるというべきである」(PDF26頁)

と観客側の注意義務のレベルを低く解して、それを前提に「プロ野球の球場が通常有すべき安全性を備えるものであるかどうか検討」した裁判所の判断枠組みには、いろいろ考えさせられるところが多いし、「野球場の安全性」について考える場合はもちろん、“元々ある程度の危険性を内包している施設・設備における安全性”の法的評価について考える上でも参考になるものであることは間違いない。

もちろん、結論において、

「本件ドームでは,本件座席付近の観客席の前のフェンスの高さは,本件打球に類するファウルボールの飛来を遮断できるものではなく,これを補完する安全対策においても,打撃から約2秒のごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり,投手による投球動作から打者による打撃の後,ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない。したがって,本件事故当時,本件ドームに設置されていた安全設備は,ファウルボールへの注意を喚起する安全対策を踏まえても,本件座席付近にいた観客の生命・身体に生じ得る危険を防止するに足りるものではなかったというべきである。」
「そうすると,本件事故当時,本件ドームに設けられていた安全設備等の内容は,本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いていたものであって,工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったものと認められる。」(PDF32〜33頁、強調筆者、以下同じ。)

と被告側の主張を退け、さらに、

「被告ファイターズ及び被告ドームによる本件ドームの管理は,当初設けられていた内野席のネットを全面的に取り外してしまうなど,臨場感の確保に偏したものであり,観客の安全を確保すべき要請への配慮を後退させたもので,そもそも諸要素の調和がとれているとはいえないものである。また,そもそも,死亡や重大な傷害を防止するという生命・身体に対する安全対策の要請と,臨場感の確保という娯楽の程度を高める要請とを同列に論じ,全く補償すら要しないとする主張自体,事の軽重を捉え違えた調和に欠けるものというべきである。」(PDF33頁)

と、「臨場感の確保」の意義を強調した被告側の主張を厳しく批判したこと*5、そして、

原告が本件打球を見ていなければならなかったということはできないし,原告が本件打球を見ていたとしても,本件打球を回避することができなかった可能性も高いから,原告が本件打球を見ていなかったことは,原告の過失を基礎付ける事実ということはできない。」(PDF42〜43頁)

と過失相殺の余地すら否定した、ということについては、今後様々な議論がなされることだろう。

特に、仙台地判平成23年2月24日が、「プロ野球の球場の「瑕疵」の有無について判断するためには,プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と観客側にも求められる注意の程度,プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸要素の調和の見地から検討することが必要であり,このような見地からみて,プロ野球施設に設置された安全設備について,その構造,内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められる場合には,その通常の用法の範囲内で観客に対して危険な結果が実現したとしても,それは,球場の設置,管理者にとっては,不可抗力ないしは不可抗力に準ずるものというべきであって,プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を欠くことに起因するものとは認められないというべきである。」と「臨場感の確保」という要素も含めた判断枠組みを設定し、「これ以上,観客の安全性の確保を目的として,内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは,かえってプロ野球観戦の本質的要素である臨場感を損なうことにもなりかねない」という評価の下、球場が「プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えているものと評価すべき」としたこととの対比は、いたるところでなされると思われる(ちなみに、仙台地判で争われた事故で原告が被った被害も右目の視力喪失であり、本件とほぼ同じといってよい)*6

仙台地裁の判決に接したときにもコメントしたとおり*7、被害者(原告)が被った損害の大きさに鑑みれば、瑕疵を肯定/否定する結論のいずれが妥当なのか、軽々しく答えを出すのは難しいのであるが、今回の判決を契機に「球場の安全性」に改めて目が向くようになるのであれば、訴訟を起こした被害者も少しは報われるだろうし、是非、前向きな話になってほしい、と思わずにはいられない。

持ち出されるべきでなかったもう一つの争点

さて、ここまでが、報道等で伝えられている内容なのだが、実は本件訴訟で、被告北海道日本ハムファイターズは、次のような主張も行なっていた。

「原告と被告ファイターズとの間には,試合観戦契約約款((略)。以下「本件契約約款」という。)により,主催者及び球場管理者は,観客が被ったファウルボールに起因する損害の賠償について責任を負わない旨の合意(13条1項)等が成立していたから,被告ファイターズは,本件事故について責任を負わない。」

日ハム球団のHPに行くと、前記主張で引用された約款が掲載されており(http://www.fighters.co.jp/gamelive/agreement.php*8、ここで被告側が行った主張は以下の部分を指摘したものと思われる。

第13条(責任の制限)
(1項)
主催者及び球場管理者は、観客が被った以下の損害の賠償について責任を負わないものとする。但し、主催者若しくは主催者の職員等又は球場管理者の責めに帰すべき事由による場合はこの限りでない。
ホームラン・ボール、ファール・ボール、その他試合、ファンサービス行為又は練習行為に起因する損害
暴動、騒乱等の他の観客の行為に起因する損害
球場施設に起因する損害
本約款その他主催者の定める規則又は主催者の職員等の指示に反した観客の行為に起因する損害
第6条の入場拒否又は第10条の退場措置に起因する損害
前各号に定めるほか、試合観戦に際して、球場及びその管理区域内で発生した損害
(2項)
前項但書の場合において、主催者又は球場管理者が負担する損害賠償の範囲は、治療費等の直接損害に限定されるものとし、逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとする。但し、主催者若しくは主催者の職員等又は球場管理者の故意行為又は重過失行為に起因する損害についてはこの限りでない。
(3項)
観客は、練習中のボール、ホームラン・ボール、ファール・ボール、ファンサービスのために投げ入れられたボール等の行方を常に注視し、自らが損害を被ることのないよう十分注意を払わなければならない。

しかし、現実に観客に重大な「損害」が発生した場合に、この種の約款による一方的な免責規定を盾に責任を免れよう、と主張するのは、(たとえ、故意、重過失等が除外されていたとしても)いかにも筋が悪い。

そして、想像どおり、裁判所は以下のとおり、被告にとっては実に冷淡な判断を下した。

「被告ファイターズは,原告との間で合意が成立した本件契約約款(略)の免責条項(13条1項)に基づき,ファウルボールに起因して観客に生じた損害について責任を負わない旨主張する。しかし,同項ただし書は,主催者又は球場管理者の責めに帰すべき事由による場合はこの限りでないと定めており,これまで検討してきたとおり,本件事故により原告に生じた損害は,本件ドームの設置及び管理に瑕疵が存在したことが原因であると認められるから,被告ファイターズは,原告に対する損害賠償責任を免れることはできない(また,以上によれば,被告ファイターズは,原告に対し,野球観戦契約上の安全配慮義務違反があったものと認められる。)。」
「なお,本件契約約款13条2項本文は,同条1項ただし書の場合において,主催者又は球場管理者が負担する損害賠償の範囲は,治療費等の直接損害に限定され,逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとし,同条2項ただし書は,主催者又は球場管理者の故意行為又は重過失行為に起因する損害についてはこの限りでないと定めている。しかし,同条1項は,6号で,「前各号に定めるほか,試合観戦に際して,球場及びその管理区域内で発生した損害」としているなど,ファウルボールに限らず,一般的に主催者や球場管理者の損害賠償責任の相当部分を免除するというもので,信義に反するものであり,観戦者の利益を一方的に害するものであるから,それ自体無効というべきである。また,以上の認定判断のとおり,本件ドームには工作物責任上の瑕疵があったものと認められ,他方,原告には過失があったとは認められないのであって,上記瑕疵によって原告はその身体に重大な後遺障害を負ったのであるから,被告ファイターズが,本件契約約款13条2項を援用して原告に対する賠償の範囲を治療費等の直接損害に限定することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。」(PDF43〜44頁)

前半はともかく、後半(「直接損害に限定する」という13条2項本文の解釈)のくだりなどは、被告側としては最悪に近い判旨だと言うほかない。

実は、このくだりについては、現在、消費者委員会専門調査会で行われている消費者契約法の改正検討の議論の中でも、早々と引用され*9、無効にすることを検討すべき免責規定(「人身損害の責任を一部免除する条項」)の一例としてやり玉に挙げられている。

本件において、原告側が積極的な主張を展開している形跡がないにもかかわらず、裁判所が「信義則」と「権利濫用」という民法の基本原則をストレートに適用して効力を否定してしまえるくらいなのだから、わざわざややこしい問題を孕む「立法」の動きに絡める必要はないと個人的には思うのだが、上記のような判断が示されてしまったことが“規制強化論者”を喜ばせる結果になったのは、紛れもない事実であろう。

被告側としては「主張できることは何でも出しておこう」という戦略だったのかもしれない。

だが、現実の紛争の場面では、「形式的には主張できるとしても、様々なハレーションを考慮するとそれをすべきでない」というものも多々あるわけで、あたかも、本件と直接関係のない部分についてまで免責特約の効力を否定するような判断を誘発する主張をここで行う必然性はなかったのではなかろうか*10


ひとたび上記のような判断が示されてしまったために、被告ファイターズとしては、控訴審でも簡単に和解の道を選ぶことは許されず、とことん争わないといけない立場になってしまったわけで、そのことが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る、というところではあるのだが、実務側の人間としては、この事例を色んな意味で他山の石として活用していくほかないのだろうな、と思った次第である。

*1:本件では、株式会社北海道日本ハムファイターズ、株式会社札幌ドーム、札幌市の三者が被告となっている。

*2:日本経済新聞2015年4月30日付朝刊・第29面「臨場感確保 揺れる球界 打球直撃で失明初の賠償命令 安全への責任どこまで」と題する記事。判決の内容を簡単に紹介した上で、「球が飛んでくるのも子供にとっての楽しみ。ネットで隔てられれば魅力も落ちる」というファンのコメントや、「ネットを全面に張るかどうかではなく、過去の打球分析をし、座席の危険度に見合ったきめ細かい対策を取るなどの議論が進んでほしい」という原告代理人のコメント、日本ゴルフツアー機構の取組み等を紹介し、「日本はスポーツ事故についての被害側の自己責任と加害側の責任の範囲や定義があいまいだった。球界だけでなくスポーツ界全体で話し合うべきテーマでは」という同志社大・川井圭司教授のコメントで締めくくっている。個人的にはバランスのとれた良い記事だと思う。

*3:民事第3部・長谷川恭弘裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/019/085019_hanrei.pdf

*4:誰の打球か、ということは、公表されている判決文には書かれていないし、このイニングの日ハムの攻撃は、西武・涌井投手を攻めたてて4点奪う、という豪快なものだったから(打者8人の猛攻、http://www.fighters.co.jp/gamelive/live/2010082101/参照)、特定することは難しい。もちろん、誰が打ったファウルボールだろうが、球団らの法的責任に関する結論に直接影響することはないのだが、打球スピードのイメージは大体わかるので、そこはちょっと気になっている。

*5:この点については、札幌ドームが内野席のネットを取り外した2006年当時、「臨場感を高めるべき」という声がむしろスポーツ記者やファンの側から強く出ており、それに応える形で撤去がなされたであろうことを鑑みると、被告側にとって少々酷な気もする。後述する仙台地裁の判決も参照のこと。

*6:なお、裁判所のHP等には掲載されていないようであるが、甲子園球場で起きた「折れたバットが観客席に飛んできて顔に刺さる(結果として痕が残った)」という、ある意味、打球直撃よりも恐ろしい事故に関しても、仙台地裁の判決と同じ理屈で、球場管理者側が勝訴している(神戸地裁尼崎支判平成26年1月30日)。

*7:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110302/1299262243

*8:なお、本件事故当時効力を有していた約款と同一のものかどうか(事故後改正等がなされているかどうか)は不明であるが、以下では当時からこの約款の内容が適用されていた、という前提で話を進める。

*9:http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/other/meeting5/doc/150515_shiryou1.pdf参照。

*10:前記仙台地裁の判決において、一種の約款的な効力が主張されても不思議ではなかった「チケット裏面の注意文言」について、被告が「注意文言の法的効果としての免責を主張していない」ことから、原告の消費者契約法8条1項1号違反の主張が退けられた、という経緯と比較してしまうとなおさら・・・である(もちろん、仙台の事件では、観戦約款に基づく被告の免責主張もなされていない)。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html