一冊の新書に込められた思い。

昨年の今頃世に出た、著作権を解説する一冊の新書がある。

はじめての著作権法 (日経文庫)

はじめての著作権法 (日経文庫)

自分は、最初この本を店頭で見かけた時、カバーに「企業の法務・知財担当者だけでなく・・・」と書かれている割には、テンションが全く法務・知財担当者向きじゃないな、というただそれだけの理由で買うのをやめてしまったのだが、昨年末に公刊されたビジネス・ロー・ジャーナルのブックガイド批評会で話題になっていたこともあり、取り寄せてみることに。

Business Law Journal 2019年 02 月号 [雑誌]

Business Law Journal 2019年 02 月号 [雑誌]

結論として、第一印象(企業で法務なり知財なりを実際に担当している人にとってはマストな書籍ではない。理由は後述)に関して大きく変わったところはないのだが、一方で、日頃、仕事で著作権に触っていない一般の方(学生から大人まで)向けの"啓発”書籍としては案外良いのかもしれないな、という印象も受けたし、何より、読んだ自分自身が端々に織り込まれたエピソードの懐かしさと、著者の池村弁護士の熱い思いに心打たれるところがあったので、(今さらではあるが)以下、本書の特徴的なポイントを項目ごとに挙げつつ、簡単にご紹介させていただくことにしたい。

「一般の人向け」目線の徹底ぶり

本来、「新書」というのは、専門的な事柄を万人に理解されるように解説することを目的として出されるものだと思うのだが、専門家が書かれたものの中には、必ずしもそうでないものも多々見受けられる。

そんな中、本書は冒頭の「はじめに」にも書かれているように、「マニアックで玄人な方々を対象とするもの」ではなく、「著作権法に初めて興味を持った方、著作権法のことを勉強する必要に迫られた方、そういった著作権法の初学者の方々を対象に、著作権法の基本的な内容を、適宜最新情報等も交えつつ、とにかくできるだけ分かりやすく説明することに徹し」*1ようとするスタンスで貫かれている。

元々業界の専門誌である「コピライト」に連載されていたものをベースとしているとのことだし、池村弁護士ほどの専門家が「初学者」を含む一般人の目線に合わせて本を書く、というのはそう簡単なことではない*2

だが、本書では、例えば、著作権法の中でもっとも説明がややこしいトピックの一つである「著作者人格権」について、

「言ってみれば、作品(著作物)を創作した著作者本人の作品に対する種々の"こだわり”を保護する権利です。それゆえ、著作者人格権は、著作権(著作財産権)のように第三者に売ったりあげたりすることはできず、著作者のみが保有できる権利です」(本書77頁)

と、徹底的に割り切った表現をするなど、随所に「分かりやすく」「口語的に」説明できるようにするための知恵が施されている。

また『おふくろさん』事件(85頁)、『森のくまさん』騒動(86頁)に始まり、佐村河内守氏のゴーストライター事件(92頁)、音楽教室事件(101頁)、銀河鉄道999事件(119頁)*3、五輪エンブレム問題(131頁)と、最近、著作権絡みで話題になったトピックに一通り言及されており、かつ、それらのトピックの著作権の世界での位置付けと、著者自身の考え方についても多少踏みこんで示されている点も個人的にはポイントが高く、一般読者にとって有益だな、という印象を抱いた最大の理由もそこにある。

もちろん、上記のような「時事ネタ」に関しては、その時々で然るべき人が、ネットメディア等を通じて然るべきタイミングでコメントを出していることも多いのだが、それを全部まとめたものとなるとなかなか存在しないし、最近では、得体のしれない法律事務所系のサイトが乱立して決して正確とは言えないコピペ的なコメント垂れ流しをしていたりもするから、然るべきバックグラウンドをお持ちの方が、きちんと「活字」で書かれた本を出すことには、やはり相応の意義はある。

そして、冒頭の「はじめに」に出てくる以下の記述から、著者自身がまさにそこに重きを置いておられたのだろう、ということは重々見て取れるのである。

’(五輪エンブレム騒動について)「筆者は、非常に違和感をもって、そしてある腫冷めた目で一連の報道や炎上騒動を見ていました。とりわけネット上では、五輪エンブレムをはじめ、佐野氏の作品はあれもこれも著作権侵害であるといった論調であったように感じましたが、こうした論調は筆者の感覚とは大きく乖離しています」
「筆者としては、こうした乖離が生じる背景には、『著作権』が多くの国民にとって身近なキーワードになった一方で、著作権法の基本的な知識はまだまだ浸透していないことがあると考えています。分からないことがあれば書籍で調べたり、恥を忍んで先輩などに教えを請うたりといったことをした時代と異なり、今ではネット上でさくっと検索し、それで分かった気になってしまうというケースが非常に多く、著作権法についても同様です。もちろん、ネット上にも正確で良質な記事が沢山ありますが、良くも悪くも玉石混交であり、残念ながら不正確な記事も少なくありません(念のため言えば、弁護士等の専門家によるものだからといって正確な記事とは限らないのが実情ですのでご注意ください)。そうした記事を少し読んだだけで、著作権法のことを知ったつもりになっている人が多く存在しているように感じています。」(本書5~6頁、強調は本ブログ主。)

自分の主観では、本書の折々で引用される〝喩え話”の中には、マニアック過ぎてようわからん、と突っ込みたくなるようなものや、若干強引なこじつけ(?)に見えるようなものもないではないのだが*4、こと、「著作権法の解説と事例へのあてはめ」に関しては、本書は極めてスタンダードで正確な解説を貫いているわけで、それはすごく価値のあることだな、と思った次第である*5

ウィットの蔭から鋭く伝わってくる熱い思い。

本書は、ほぼ全ての章で著者独特のユーモアで笑いを取りに来ている(?)という点でもなかなか特徴的で、そこを評価する声も多いのだが(Amazonの書評や、BLJ座談会でのコメント等)、自分はむしろその裏に秘められた著者のコメントの鋭さの方に心を魅かれた。

先ほど紹介した「はじめに」の長文にもそれは現れているのだが、本文中でそれが特に際立っているのが、第8章「権利制限規定」のなかで1頁半にもわたって記された「私の思い」だろう。

「柔軟な権利制限規定」に関して、以下のように述べるくだり・・・。

(権利者団体側が頑なに反対する背景は)「一部の導入推進論者が、あたかも著作権法イノベーションを妨げる諸悪の根源であり、柔軟な権利制限規定を導入することによって、イノベーション推進のためであれば本来権利者からの許諾が必要な領域も含め、広く権利制限規定の対象となるかのような主張をしていることにあると考えています」
「しかしこうした主張は誤りです。フェアユース規定を含め、柔軟な権利制限規定は決して打ち出の小槌ではないのであって、権利者の利益を不当に害するような領域についてまで、イノベーション推進の名の下に権利制限の対象とするようなものであってはならないはずです。(179頁、強調は著者。)」

これは、もう少し筆が滑れば、特定の団体ないし個人名が出てくるんじゃないか、というくらいピンポイントな指摘で、最後は「おっと、思い入れが強い問題だけに、ついつい熱く語ってしまいました」と冗談めかして締めているものの、相当な熱量を感じる記述であり、直近の平成30年著作権法改正がああいう形で収まった理由も、ここを読めば非常に良く理解できるところである*6

他にも、「法律改正の裏側」というコラム(188~192頁)で、立法担当者として平成24年改正に携わったときの内閣法制局審査や各省協議のご苦労を縷々述べられたうえで、

「法改正の結果だけ見て色々と難癖をつけるのは簡単なことなのですが、その裏には関係者の血のにじむ苦労や様々な大人の事情があるということを少しでも知っていただけると嬉しいです。」(192頁)

と締められている箇所などがあって、「難癖」を付けた側の人間としては、なかなか刺さるところがある*7

いずれにしても、ウィットに富んだ書きぶりで読者を和ませながらも折々でストレートに熱く持論を吐き出す、という点に本書の最大の魅力がある、ということを、自分はここで強調しておきたいのである。

微妙な立ち位置

ということで、ここまでなら絶賛して終わり、ということになるのだが、惜しい点を挙げるとしたら、冒頭でも述べたように、全体を通じて本書の「立ち位置」が若干分かりにくくなっているところだろうか。

「一般読者」向けなのか、「初学者」向けなのか、あるいは「実務家」向けなのか・・・。

これまで称賛させていただいたとおり、一般読者向けの〝啓発書”としては、本書は非常に優れていると思うのだが、ところどころにマニアックな記述*8が登場するのは少々蛇足のようにも思える。
一方で、「実務家」に向けたものだとするならば、著作物性、類似性の判断に関して取り上げられている素材の選び方*9や、実務上一番重要な「権利処理」に関する記述の薄さ等、いろいろ気になるところは出てきてしまう。

また、著者自身の立ち位置(実務家として、どういうスタンスで著作権法に向き合っておられるのか?)にも見えにくいところはある。

例えば、「著作物性」に関して、一見、狭義(厳格)に解するスタンスをとっているように読める記述がある一方で、まとめの部分では「『著作物』のハードル自体はそう高いものではなく・・・」(本書55頁)という形で記載されていて、どちらに力点を置いて説明しようとされているのかが今一つ見えにくくなっているくだりなどは象徴的である。
また、「権利制限規定」に関するスタンスについても、ある程度、ここ数年の議論に付き合ってきた読者であればともかく、一見の読者にどこまで伝わるかはちょっと疑わしい。

いずれも、個々の箇所の記述が誤っているとか不明瞭、ということではないし、むしろ、真に著作権法を理解され、様々な利害関係者に配慮したバランスの良い言説を意識しておられる方だからこそ、そうなってしまうのだと思うが、「読み物」として通して読んだ時に、きちんと全体を読めば読むほど違和感が生じることにならないのかな?ということは、老婆心ながら感じている*10


とはいえ、自分で買って読んでみて、最後の一点だけで本書を敬遠するのはあまりにもったいない、ということに気付いてしまったので、未読・未購入の方には、「自分ならどう読むか?」という隠れた楽しみを味わうためにも、本書に一度は目を通していただくことを強くお勧めしたい*11


なお、以下は蛇足になるが、本書公刊時に森・濱田松本法律事務所に所属されていた著者の池村弁護士は、本年から、「三浦法律事務所」のパートナーとして新たなスタートを切られたようである*12

昨年くらいから、第二次ベビーブームの最終世代にあたる40歳前半の弁護士が大手事務所を離れて独立するパターンを目にする機会が多くなったが、これも新しい時代の始まりなのかな、と、期待半分、複雑な思い半分で傍観しているところである・・・。

*1:以上、本書4頁。

*2:自分も、ちょうど10年くらい前に、技術評論社さんの依頼で、ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識:連載|gihyo.jp … 技術評論社という連載を書いていたことがあったのだが、本書を読んでいるうちに、当時ちょっとでも分かりやすくするために、表現の一つひとつにすごく神経を使ったことが懐かしく思い出された。

*3:この事件に関しては、池村弁護士自身が松本零士氏側の代理人として訴訟に関与したことにもさらりと言及されている。

*4:あと、「編集著作物」に関して「著作権判例百選」を紹介しておきながら「例の件」について一切触れられていないのは、他の箇所の流れと比較すると、かなり不自然に思える。もちろん、あえて触れたくない著者のご心情は十二分に理解できるところではあるが。

*5:ちなみに自分は、五輪エンブレムに関しては、法律論以外の要素の方をむしろ重視して、「さっさと撤回しろ」というスタンスだったから、結論においては本書の著者とは異なるのかもしれないが、こと著作権侵害の成否に限って言えば、当然「シロ」、という点で意見を共通にしている後味の悪い結末〜遅すぎた五輪エンブレムの“撤回” - 企業法務戦士の雑感

*6:他にも、権利制限規定に関しは、「パロディOK」を権利制限規定化することに関して強い反対の意向を示されている箇所などが印象的である(226~228頁)。

*7:もっとも、この点については当時から激しい応酬がなされていた。今では懐かしい新しい権利制限規定は著作権法の未来を変えるのか? - 企業法務戦士の雑感を参照されたい。

*8:例えば、著作者人格権に関して金子敏哉准教授の説を紹介している88~90頁のコラムなどは、一般読者に紹介するにしてはいささか先端的すぎないか?という気はする。

*9:こういうことを言うと、「これだからマニアは・・・」という突っ込みが入ることは避けられないのだが、著作物性にしても類似性にしても、事案ごとの事情で裁判所が半ば「政策的」に判断を下したケースはそれなりにあるわけだし、そもそも全ての事例について(現職の裁判官を含む)専門家が過去の裁判所の判断を全面肯定しているわけでもないので、これだけで「分かった気」にさせてしまうと、ミスリードとなる可能性はある。

*10:この点、本ブログでも過去に絶賛させていただいた福井健策弁護士の新書のスタンスの一貫性には、敬服するほかない。これを読まずして「著作権」は語れない。 - 企業法務戦士の雑感“TPP時代”の幕開けを前に読むべき一冊。 - 企業法務戦士の雑感など。

*11:なお、Amazonのランキングでは、依然として本書が「ビジネス法入門」部門の1位を争っている。さすが、である。

*12:https://www.miura-partners.com/lawyers/参照。森・濱田松本法律事務所の看板パートナーだった三浦亮太弁護士を発起人として設立された事務所のようで、スピンアウト系の事務所としては、所属弁護士が極めて多いこともあり、局地的に話題になっている。