Ruth Bader Ginsburg判事の人生と、これからの自分と。

よく考えたら、もう2年くらい出張の飛行機の中でくらいしか映画というものを見ていなかったな、ということに気が付いて、久々に映画館に足を運んだ。

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86歳を迎えた現在でも、米国連邦最高裁で現役の判事として活躍されているルース・ベイダー・ギンズバーグ氏がこれまで歩んでこられた道のりと「今」を描いた硬めのノンフィクションで、法クラ関係者以外に見る人がどれくらいいるんだろうな?と半信半疑だったのだが、上映館の中はほぼ満席。そして、自分も、前宣伝で抱いた期待以上に素晴らしい仕上がりの作品だな、という印象を抱いた。

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(以下、ネタバレ注意)


もちろん、かつて、マイケル・ムーア監督の作品が物議をかもしたのと同様に、この映画も「本筋」の部分では、政治的に相当なバイアスがかかっている、ということは覚悟して見る必要がある。

女性が法曹を目指すことすら稀だった時代に、幼子を育て夫の看病までしながらハーバード・ローレビューの編集委員になり、編入したコロンビア大学ロースクールでもクラストップの成績で修了した、というエピソードがどれだけすごいことか、というのは海の向こうのロースクールにはかすったことすらない自分でも分かるし、弁護士時代の彼女が、女性の権利向上を目指して粉骨砕身した結果勝ち取った数々の判決*1が、米国の差別解消に向けた歴史の中で大きな意義を持っている、というのはおそらく争いのないところなのだろう。
そして、そういったバックグラウンドを示したうえで、連邦最高裁判事になってからも、人工中絶規制や男女差別の問題に関して、一貫した信念に従ってブレずに鋭い法廷意見を書き続けている姿をこの映画が称賛していること自体が悪いことだ、と言うつもりは全くない。

だが、ロー・クラークを経て、若干30歳でロースクールのprofessorの職を得て以降、第一線で活躍し続けた彼女が、紛れもない米国白人社会のエリートの一人だったこともまた事実だし、映画で取り上げられていた分野以外で常に先進的な立場を取り続けていたわけではない(むしろ自分は、Eldred v. Ashcroftで著作権保護期間の延長を争ったLessig教授の主張を退けた際の多数意見を書いた人、という印象が強く、以前、彼女が「リベラル派」として話題になったニュースに接した時にあまりピンとこなかった記憶がある*2)。でも、映画の中で、その辺の話に正面から触れられることはほとんどない。

そして何より、今彼女が″リベラル派”のアイコンになっている背景に、今の大統領に象徴される″ポピュリズム的保守”に危機感を抱くエリートメディア(トランプ大統領に言わせれば「フェイクニュース」を流し続ける人々)の思惑があるんじゃないか、というところが結構透けて見えるところもあって*3、その意味で、現在の連邦最高裁の中での彼女の立ち位置*4と合わせて、今やただの“祭り上げられる人”になっているんじゃないか? と、異国のことながら心配になったところはあった。


だから・・・というわけではないが、自分はこの映画をご覧になる方には、サイドストーリーとして描かれている「夫婦愛」の物語を追いかけることをお勧めしたい。

自らもWeil, Gotshal & Mangesの弁護士として税法分野で第一人者となり、長年大学での教職の地位も得ていた夫・Martin D. Ginsburgの妻への愛は、愛された妻が書く法廷意見と同じくらい終始一貫してブレてないし、妻の仕事への執念を理解し、支え続けたという長年の行動も、自分のかの国の人々に対する感覚からすると、とびぬけて「リベラル」だ*5

当然、描かれている姿からは、この映画の企画趣旨に反するようなディテールは省かれているだろうし、実際のエピソードにしても、必要以上に美化されているところはあるのかもしれない。

それでも、自分がいつかこの世を去る時に、おそらくは自分よりは一段上の世界を極めるであろう妻に向かって、

「愛と尊敬の念は○○年前、初めて会った時からずっと変わらない。君が××界の頂点へ登っていく姿を見られて満足だ。」

と素直に言い残していけるかな、とか、
この先50年経っても、

「夫との出会いは人生で一番の幸運」

と言ってもらえるような何かを残せるのかな? といったことを考えると、今以上にパートナーを支える気持ちを忘れないようにするだけではなく、日々、自分を高める努力も怠ってはいけないな、と思うのである。

Ginsburg夫妻に比べたら、一回り、二回りどころではないくらいスケールの小さい人生かもしれないけど、それでも、ね。


*1:事件の背景から最高裁弁論での主張まで、一つ一つの事件が映画の中では非常にわかりやすく説明されていた。

*2:Aereo事件の時も、強烈な反対意見を書いたのは映画の中で彼女の「対極」にいる(でもプライベートでは仲がいい、というのが映画の本筋だったのだが)と評されていたScalia判事で、ギンズバーグ判事は確か多数意見に普通に同調していたはずである。

*3:2016年大統領選でのトランプ候補に対する「失言」に関して、周囲の関係者が「誰にでも失敗することはある」的なフォローコメントをしているくだりなどは、反対側の人たちが見たら怒るだろう、と。

*4:元々はスタンダードな法解釈で多数意見を形成する方が多かったのに、保守派判事の指名が相次いで保守・リベラルのバランスが崩れたことで、彼女の意見が「尖った少数意見」になってしまった、ということは、映画の中でもそれとなく示されていた。

*5:人種差別にしても、性差別にしても、米国社会の意識は日本と比べて先進的なように見えて、そのバックグラウンドにある差別的価値観の根深さは、ちょっとしたことで雰囲気が変わってしまう日本社会などとは比べものにならないくらいひどい、というのが自分の率直な認識である。