その物語には続きがあった。

連休中、ということもあって、見た目の数字は落ち着いたように見える「新型コロナ」だが、多くの医療機関が閉まっている時期ですら全国で4,000人超、重症者数は日々増加の一途を辿っている、ということで、連休明けの宣言解除など望むべくもない状況である。

そもそも、まだ緊急事態宣言真っただ中だった1年前の新規感染者の数字は、全国で100人台、というレベルで、それでもまだ当時は「予断を許さない」というムードが強かったことを考えると、今の足元の状況で緩む・・・なんてことはあり得ないはずなのだが、”感覚のマヒ”というのは実に恐ろしい。

もちろん、何でもかんでも大騒ぎすればよい、という話ではなく、こと株主総会に関して言えば、昨年のような「急に会場が使えなくなった!」という担当者泣かせの話は、今年はほとんど目にせずに済んでいるし*1、外野からの「延期しろ!!」等のプレッシャーも今のところ聞こえてこない。

きちんとした会社なら、招集通知で来場自粛を呼びかけ、ウェブでの中継やハイブリッドバーチャルでの開催を試み、さらに念には念を入れて、会場での厳重警戒態勢を敷く・・・という二重三重の対策を依然として行わないといけない状況ではあるし*2、そのために今まさに2月期決算会社の、そしていよいよ本番が近付く3月期決算会社の総会担当者の方々が汗と涙を流しているところなのは間違いないのだが、それでも昨年を乗り切った経験に加え、逆風が少しでも和らいだことで、一人でも多くの担当者が「昨年よりはマシ」という思いで本番に臨めるのであればそれに越したことはない、と自分は思っている。

だが、そんな中、そうはいっても・・・という会社はあるわけで。

昨年の総会集中日あたりに自分が書いた一つのエントリーがある。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

これは、言うなれば、春先からずっと続いていた「株主総会2020」の締めくくりのようなエントリーだったわけだが、そこでご紹介したのが、天馬株式会社の定時株主総会での一件。

前社長の外国公務員贈賄事件発覚に端を発した現役経営陣と元経営者(かつ大株主)の対立は、定時総会の取締役選任議案をめぐって会社提案、株主提案が乱れ飛ぶ、という事態を招き、会社が提案した8名の取締役候補者のうち次期社長候補者を含む業務執行取締役候補者3名の選任が「否決」される、という結末で幕を下ろすことになった。

他の会社でのケースとは異なり、株主から提案された候補者も誰一人賛成率50%を上回ることができなかったために、選任された業務執行取締役2名のうちのお一人が代表取締役社長となり、全ボードメンバー9名中、独立役員6名(監査等委員以外の取締役が2名、監査等委員の取締役が4名)という重厚な布陣で船出することとなったが*3、これにてひとまず落着、というのが、自分も含め、外野から見ていた者の多くが抱く感想だったのではないだろうか。

しかし、先月、会社が公表した一本のリリースは、「もしかしたら事態はより深刻になっているのでは?」ということすら窺わせるものだった。

2021年4月19日付「指名・報酬委員会からの『監査等委員である取締役候補者に係る答申書』受領に関するお知らせ」というリリース*4

詳細は実際に目を通していただくのが一番だと思うのだが、端的にまとめると、書かれているのは以下のようなことである。

取締役会の諮問機関である指名・報酬委員会が、本年の定時株主総会に上程する取締役候補者について検討し、取締役会に答申した。
・その内容は、監査等委員会から取締役(監査等委員)の候補者とするよう請求のあった候補者3名はいずれも不適切であり代わって別の3名(社内1(現・内部監査部部長)、社外2(他の会社の出身者1名、弁護士1名)の選定を推薦する、というものであった。

取締役会の諮問機関として「任意の指名(報酬)委員会」を設置する、というのは、ここ数年で雪崩を打つように多くの上場会社が取り入れ始めたトレンドであり、この会社でも昨年の11月18日に設置のリリースが出されたばかりだった*5

構成メンバーは、独立社外取締役2名(うち1名は監査等委員、もう1名は監査等委員以外の非業務執行取締役)*6代表取締役社長1名、ということで、過半数が独立社外取締役、さらに委員長もその中から選定する、というルールとすることがプレスリリースには記されており、これも最近の王道パターンに沿ったものといえる。

ただ、いかに様々な会社で制度が取り入れられているとはいっても、監査等委員会が書面で選任議案提出請求を行っていた取締役(監査等委員)候補者を全員「不適切」とし、別の候補者の選任を推薦する、という答申を「指名・報酬委員会」が行った、というのは、おそらく前代未聞のことではなかろうか。

ちょうど、最近ジュリストで連載が始まったばかりの「新・改正会社法セミナー」という企画*7が、冒頭から「監査等委員会設置会社というテーマで激烈に盛り上がっており、「任意の委員会が存する場合の(監査等委員会の)意義」についても、ちょうど取り上げられたばかりだったのだが*8、ここでもさすがに「指名・報酬委員会が監査等委員会の提案権を真っ向から否定したら?」などという、多くの会社にとって非現実的なテーマにまでは言及されていない。

会社側のリリースで「指名・報酬委員会の答申」の内容として書かれている、監査等委員会提案の個々の候補者に関する評価や、それを裏付けるエピソードについては、当否を判断できる材料を全く持ち合わせていない、ということもあり、自分が何らかのコメントすることは難しい。

ただ、そこに書かれていることの多くが昨年の定時株主総会までの様々な動きと密接に関連する出来事であること、そして、その一部は、昨年3月の第三者委員会報告書で描かれていた一部の監査等委員の動きとも整合することを考えると、これも一種の「延長戦」なのだろうな、と思わざるを得ないのが正直なところだったりもする。

そして何より、会社がこの「指名・報酬委員会の答申」の内容を公にしたことで、「監査等委員の独立性」を担保するとされる会社法344条の2の規定との緊張関係が一気に顕在化したことは、紛れもない事実であろう*9

(監査等委員である取締役の選任に関する監査等委員会の同意等)
第三百四十四条の二 取締役は、監査等委員会がある場合において、監査等委員である取締役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査等委員会の同意を得なければならない。
2 監査等委員会は、取締役に対し、監査等委員である取締役の選任を株主総会の目的とすること又は監査等委員である取締役の選任に関する議案を株主総会に提出することを請求することができる。
3 第三百四十一条の規定は、監査等委員である取締役の解任の決議については、適用しない。

現在監査等委員会を構成しているのは社外取締役3名*10で、このうち2名は指名・報酬委員会に「不適切」とされた候補者だから、会社が指名・報酬委員会の答申どおりの取締役(監査等委員)選任議案の総会提出を取締役会で決議しようとしても、その2名が翻意しない限り監査等委員会の「同意」を得ることは難しいだろう。

そうなると、取締役会としては、法廷闘争覚悟で監査等委員会の同意なき選任議案を総会に付議するか*11、あるいは他の策を講じるか、いずれにしても胃がキリキリと痛むような判断とオペレーションをしなければならなくなるわけだが・・・。


この手の話には概して筋書きなどなく、時に思いもつかないような結末になることも稀ではないから、来月の終わりに何がどうなっているか、なんてことを予想することも全く不可能ではあるのだけれど、そうでなくてもコロナ禍の下の売上減で苦戦を強いられているこの会社の方々、特に縁の下でコーポレート周りを支えている方々に思いを寄せるなら、「37.5℃以上の発熱がある株主様」への対応オペレーション上の悩みとか、「総会のウェブ中継で回線が途切れたらどうしよう?」*12なんて悩みは些末なことのようにも思えてくる。

そして、稀少価値のある論点への好奇心より先に、できることならこの「論点」が6月までに雲散霧消して、かの会社の方々が、年に一度の総会を、少しでも前向きに会社の未来図を語れる場にすることができるようになることを、今は願わずにはいられないのである。

*1:これは会場側がやみくもに”ロックダウン”しなくなった、ということもあるし、会社側で予め自衛手段を講じているということも大きいと思われる。

*2:しかも3月期決算会社の場合、本年3月施行の改正会社法に合わせて議案から事業報告まで、記載内容をかなり動かさないといけない状況だったりもする。

*3:昨年の定時株主総会直後のコーポレートガバナンス報告書がhttps://www.tenmacorp.co.jp/dl/?no=1639である。

*4:https://www.tenmacorp.co.jp/dl/?no=1685

*5:「指名・報酬委員会の設置に関するお知らせ」https://www.tenmacorp.co.jp/dl/?no=1658

*6:なお、4月19日付の前記リリースの直後に監査等委員だったメンバー1名が一身上の都合により辞任し、代わって監査等委員以外の独立社外取締役がメンバーに加わることが発表されている。 https://www.tenmacorp.co.jp/dl/?no=1688

*7:司会の藤田友敬教授を筆頭に田中亘教授、松井智予教授という文句なしの研究者が名を連ね、実務界からも、お馴染みの澤口実弁護士に、産業界で長く法改正プロセスにも関与してこられた第一人者、新日鉄(現・日鉄エンジニアリング㈱法務部長)の長谷川顕史氏が加わるというメンバーの豪華さもさることながら、取り上げられている個々のトピックが、実に”かゆいところに手が届く”ものになっている、というのが素晴らしいと個人的には思っている。

*8:ジュリスト1558号53~56頁(なお、Amazon上のタイトルはなぜか「3」月号になっているが、以下のものがこのトピックが掲載されている最新号である)。

ジュリスト 2021年 03 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2021/04/24
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*9:なお、前記答申が公表される前日に、元々再任される予定ではなかった監査等委員である取締役1名の一身上の都合で辞任したことも発表されており、この辺も様々な想像が働くところである。

*10:最新のCG報告書(https://www.tenmacorp.co.jp/ir/pdf/20210318.pdf)参照。

*11:監査等委員会の同意なき監査等委員の選任議案を決議した場合の効力がどうなるか、ということを正面から論じた文献等をまだ自分は見つけられていないのだが、一連の背景事情等も踏まえると、決議方法に法令違反あり、として争われることは避けられないように思われる。なお、監査役選任議案に関する会社法343条1項に関して、監査役(の過半数の)同意を欠くとして争われた事例は散見され、それによって決議取消となった事例もあるのだが(東京地判平成24年4月25日など)、多くの事例は監査役選任議案の話以前に総会の招集手続からしてグダグダだったような事案であり、監査役(監査等委員)選任議案だけが法令に違反する、という事例は見つけられていない。

*12:これが「バーチャル出席型総会」のオペレーションとなると、これまた総会自体が飛びかねないリスクを孕むだけに、もしかしたら互角の緊張感を味わうことになるのかもしれないが。

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