忙しさ、の感覚

ここのところ、比較的ゆったりとした時間を過ごせていて、毎日、朝早くから混んだ電車に乗って同じところに行く必要もないし、夜の食事も、終電を気にすることなく普通の時間から食べられる*1
それでいて、やることはそれなりにあって、アウトプットもコンスタントには出しているから、「一日無為に過ごした」という感覚に襲われることも、今のところほとんどない。

数か月前までは、異常なテンポとスピードの中で生きていた。

午前中だけで打合せが2~3件入って、午後法律事務所に相談に行って戻った後にまた会議だの打ち合わせだの、が続いて、最後に部下社員が作った記録や契約書レビューの中身をチェックした上で、方針を指示、最後に上から落ちてきた宿題に応えるためのペーパーを作成し、気が付いたときには時計の針は限りなく「0時」に近づいている・・・。

心身ともにギリギリの状態で身を削って、当たり前のようにそんな日々を過ごしていたけど、その割には充実感が実に薄かったわけで、その後、しばらく在宅で仕事をさばいていた間の方が、効率もパフォーマンスもはるかに良かったのは言うまでもない。

もちろん、時間の流れが変わることのデメリット、というのは確実にあって、最近は、日に一度でも外出して打合せ、みたいな予定が入ると、”ああ忙しいなぁ”と、ちょっと前まではあり得ないような感覚に襲われるし、ましてや、午前、午後に打合せor会議、夜は会食、みたいな日にぶち当たろうものなら、とてつもなく忙しい一日、ということになってしまう。

この種の話に関しては、”慣れ”ていることが良い、というわけでは決してないのだが、やはり「忙しさ」というのは相対的な感覚なので、あまりにマイペースに仕事をしていると、世間の感覚からどんどんズレていくということは、肝に銘じておかないといけない。

ただ、雨の日も風の日も、会議や打合せがある日もない日も、毎日同じ職場に足を運んである程度の時間までそこにいないといけない、という「非効率」からは、そろそろ”世間”自体が脱却しないといけないんじゃないか、とも思うところで、たとえ「会社に行くだけで忙しい・・・」と感じる人が多数になる世の中になったとしても、その方が多くの人の幸福値を引き上げることになるんじゃないか、と思わずにはいられないのである。

以上、あくまで、今は一個人の主観に過ぎないが、後で振り返って、これが「10年後」を占うエントリーだった、ということになることを、心の中でひそかに願っている。

*1:お酒の入る会食の頻度が多すぎて、連日和洋中ヘビーローテーションみたいな状況になっているのが体に良いかどうかは別として。