今こそ、地に足の付いた議論を。

今年の夏くらいから、新型コロナ下で溜まりに溜まったフラストレーションを晴らすがごとく、「法務の未来」を前向きに語ろうとするウェビナーの類をあちこちで見かけるようになった。

それ自体は決して悪いことではないし、後ろ向きな思考に陥るよりは、前向きに考える方が有益なのは言うまでもないこと。

ただ、そういった動きに接するたび、日々進行していくシビアな現実とのギャップに、何かモヤモヤするなぁ・・・と思っていたところ、最近、同じような感想を複数の企業内法務関係者からも聞くことになったので、これからの議論のベースに何が必要か、自分が思っていることを少し書き残しておくことにしたい。

誰の視点で、どこから見るのか?

世の中で行われているあれこれを全部見ているわけではないのだが、様々な情報を総合すると、今、巷で語られている「法務の未来」の多くは、次の2つの視点で語られているように思う。

①「法務」の人間として、何ができるのか、何をしなければいけないのか、どんな未来が開けているのか。
(これから法務を目指そうという人向けの話から、中堅に差し掛かったスタッフが目指すべき道、といったところまで対象となる層の幅は広いが、共通しているのは、主語=「私」、最終的には個々人の志向、適性、というところに帰着していくところだろうか。)

②「法務」の仕事をどう広げていくか、日々の仕事をどう捌くか、いかにして会社の中で必要な役割、機能を果たしていくか。
(管理者、マネージャーの視点で語られる場合が多いが、時には①の「私の夢」とセットで語られることもある。両者は方向性においても結論においても微妙に異なる場合が多いが、主語が「法務部門」ないし「法務にいる私」という、あくまで「法務」のそれに留まっている、という点では共通している。)

いずれも大事な話であることは論を待たないし、同じカテゴリーに属する人を探すだけでも苦労した一昔前の状況を考えれば、「法務」というフレーズだけでこれだけ盛り上がれるというのはなんと素晴らしい時代か、というのは、自分も常々思っていることでもある。

ただ、気になることがあるとすれば、いずれも「私」の目線から抜け出せていないように思えるところ、そして「法務部門(担当者)最適化」の思考から抜け出せていないように思えるところだろう。

その結果、どうなるかと言えば、どれだけ力こぶを入れて「未来」を語っても、法務”以外”の世界には全く広がりのない話に帰着してしまう。

企業内法務関係者からよく聞かされる戸惑いもほとんどがそこに起因していて、「こうすべき」とか「こうしたほうがいい」というのは分かるが、今置かれている環境とのギャップを考えるとどうにもこうにも、「自分たちがこうしたい」というだけでは会社は動かせないからね・・・という諦めの境地に陥ってしまっている人もまぁまぁいらっしゃるように見受けられ・・・。

もちろん、事業部門から来た相談への対応の仕方、とか、リーガルテックを使った仕事の効率化のやり方、といった話であれば、自分たちだけでできることも全くないわけではないが、そういったことは、会社という大きな組織の中の話としては決して大きな話ではないし、そもそも「法務に相談する」とか、「法務が契約を審査する」というカルチャーがない世界でテクニカルな方法論を教えられてもにっちもさっちもいかない、という嘆きも良く聞くところ。

裏を返せば、長年組織の中で生きている法務の人々の本源的な苦悩に応えるような議論が、まだ決して多くないということなのかもしれない。

「組織の中の法務」という視点

そんな状況で自分がたまたま接したのが、経営法友会が出している「SOCIETY5.0時代の法務」という冊子であった。

この冊子、何といっても、まさにコロナの波が押し寄せていた今年の3月に完成(?)させた、というところが一番すごいと思うのだが、それ以上に中身もいろいろと含蓄のあることが書かれていて、特に第2章のイノベーション促進と法務」という章には読み応えのある論稿が揃っているように思われる。

経営法友会が出している他の書籍、成果物と同様に、決して”一枚岩”の見解で貫かれたものではない。だが、それがかえってリアリティを増す。そんな美学がここでも貫かれている。

残念なことにこの冊子も会員向けの非売品のようで、ツテがなければメルカリで買うしかない*1、というのが残念なところではあるのだが、関係者に頼み込んで入手するだけの価値はある冊子だし、会員社であっても、リモート勤務中にオフィスに届いたが書棚とか上司の机の上で所在なくたたずんでいる、というケースは少なからずあるだろうから、そういう時は是非奪い取って読むことをお薦めする。

中でも、自分が良いな、と思ったのは、「法務担当者をどの組織に配置すべきか」という、会社全体を俯瞰する視点から書かれた42~46ページの分析である。

ここでは「(ⅰ)法務担当者が事業組織に所属し、その指揮命令系統に属する」「(ⅱ)「独立」した法務組織」「(ⅲ)ハイブリッド型」という3つのモデルパターンを挙げて、それぞれのメリット・デメリットが検討されているのだが、いずれのパターンも経験し、運営してきた経験を持つ者としては、それぞれに対する良い面、悪い面の指摘が実に的確だと感じられ、地に足の付いた良い分析だと感じるところも多かった。

特に、多くの人々が法務を語るときに所与の前提としている「独立した法務組織」に関しては、

「同一企業内の組織である以上、処遇、考課を含めて完全な独立組織ということではない。法務組織は、社外取締役監査役、社内監査部門に比べれば事業組織との距離感は近く、人事制度や職務権限制度においても、他の部門と同様、執行部門内の従属的組織であり、『独立』は相対的なものに過ぎない。」(44頁、強調筆者、以下同じ)

と冷静な現状認識を示した上で、

「法務組織の『独立』を傘に、法務担当者が組織内だけの部分最適を追及すれば、前述したような前例踏襲で、責任感の希薄な悪しき法務担当者となりかねない。旧態依然とした法務組織の中だけで、従来からの価値観を転換させることや、事業のダイナミズムを理解するということも、独立した法務組織では困難であるとも思われる。」(44頁)

という問題点を指摘し、さらに「能動的に動くべし」という類のよくある提言だけにとどまることなく、「法務組織自体が多様性を持っていくことも必要」ということにも言及した*2、という点で非常に価値のある分析になっている。

組織で長く生きてきた者にとっては当たり前の話だが、「自分たちが何をするか、何をしたいか」という話をするのであれば、その前提として「自分たちが会社の中でどういう形で組織に組み込まれ、どういうポジションを与えられているのか」ということをまず考えなければならない。

時々、「組織なんてどうでもいいじゃん。自分はどこにいてもやりたいことができればいいんで。」とか、「どういう組織にするかは会社それぞれだから、そこまでは考慮しない。」という言説に接することもあるが、そういう前提で話をされてしまうと、いかに言っていることの各論に光るものがあったとしても、単なる”耳障りの良い言葉”にとどまり、より広い範囲で実装できるものにはなり得ないわけで、特に後者に関しては、「組織の作り方が会社それぞれ」だからこそ、「今、組織体制がどういう状況になっていて、その場合に何がどこまでできるのか。その体制ではやりたいことができない時に、動かすとしたらどういう動かし方が良いのか。そのためにできることは何か。」ということを細かく考えていかないと、地に足の付いた議論は不可能。

だからこそ、そういった議論のベースを提供している一連の本冊子の記述には、大いに参考になるところがあるように思う。

ちなみに、既にご承知の方もいらっしゃると思うが、自分はこれまでのエントリーの中で、何度かこの手の話をしているのだが*3、そこでは、「独立した法務組織」を維持することへの思いは残しつつも、「そこに機能を一元化する」ということに対してはかなり消極的なスタンスを示してきたつもりだし*4、それだけに、本冊子で(ⅱ)以外の選択肢に対するネガティブ方向の指摘に対しては、反論したい気持ちもごまんとある*5

ただ、何よりも大事なのは、議論する視点を示し、浮ついた「未来像」にならないように、まず拠って立つ議論の土俵をしっかりと作ること

そういう観点で言えば、本冊子による前記のような視点の提供はそれ自体が非常に有益なことだといえるし、今後の議論もこれを元に展開されていくことが望ましいのではないかな、と思った次第である。

単なるストレス発散や一部業者の宣伝ではなく、真に生き残るための議論をしたいのであれば・・・。

*1:しかも残念ながら現時点では売り切れである。メルカリ - 経営法友会 SOCIETY5.0時代の法務 企業法務 弁護士 弁理士 法務 【参考書】 (¥980) 中古や未使用のフリマ

*2:ともすれば、ポジショントークもあって、有資格の専門家だけ集めれば事足りる、という暴言が飛び交いがちなのが昨今の状況なのだが、そうではない、ということがここには明確に書かれている。

*3:k-houmu-sensi2005.hatenablog.comk-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*4:「一元化」することによる弊害があることに加え、この先「大きな法務部」を志向したところで、それを維持し続けるのはほぼ不可能だろう、というシビアな現実を見据えて、というところが大きい。

*5:例えば「事業組織の中の少人数の法務スタッフだけで対応する場合」には、「組み込まれた法務スタッフの品質の持続可能性に懸念が残る」という指摘がなされているが(43頁)、こと”知識”レベルでの品質に関していえば、社内のどの組織に位置づけられようが、本人に学ぶ意欲がありさえすれば担保できる(逆にそれがなければ独立した法務組織でも全く担保はできない)し、仕事のチェック体制にしても、事業組織内に管理職と担当者をセットで配置すれば十分、という見方はできるところである。また、「ハイブリッド型」に関して、「法務担当者の指揮命令系統が事業組織ラインと法務組織ラインで重複する」という問題点が指摘されているが、今どき「部長が右向いたら右向け」みたいな、一部門一価値観のような世界はそうそうあるものではない。よほど単純な営業一本の会社でない限り、事業部の中にだって元々毛色が異なる仕事をしている人や、異なるバックグラウンド、異なる派閥の人間が多数混在しているわけだから、そこに「法務」のスタッフが二重系統で入ったところで(多少気を遣うところはあるにしても)、そこまで迫害されることはないだろう、と思うところである。もちろん、うちはそういう会社なんです、と言われてしまえば、すみません、というほかないのだけれど・・・。

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