最近の法律雑誌より~法律時報2019年9月号

今月の法律雑誌紹介シリーズ、第2弾は「法律時報」である。

特集 国際経済秩序をめぐる法動態

最初、特集のタイトルを見た時は、飛ばし読みモードかな、と思ったところもあったのだが、どうして、いずれの論稿もかなり骨太で、現在の情勢を俯瞰するための読み物としても、各論ベースで今後、企業法務の世界にも大きな影響を与えるトピックの潮流を考える上でも、非常に有益なものが多かった、という印象である。

冒頭の松下名誉教授の論文(松下満雄「国家安全保障と通商制限」(法時91巻10号6頁))からして、テーマが「国家安全保障と貿易管理」だから、昨今の情勢を踏まえると実にタイムリーなトピックだし、報道等ではチラホラ見かけていた「WTO上級委員会の危機的状況」*1の話とか、TPPやEPA締結の過程でも話題になった「投資仲裁制度の正統性への批判」*2といった話も、じっくり読めば考えさせられるところは多い。

そして、実務にも徐々に反映され始めている各論的トピックを取り上げるものとして、内記香子=三浦聡「グローバル経済秩序と『持続可能な開発目標』」(法時91巻10号46頁)(SDGsの話)、吾郷眞一「ビジネスと人権-ソフトローの役割」(法時91巻10号57頁)、鈴木將文「情報・データの越境流通」(法時91巻10号70頁)といった論稿もある。

SDGsにしても、各国の人権関連法への対応にしても、実務の現場に落ちてくる頃には、最低限これをやれ、あれをやれ、というレベルの話になってしまうのだが(そういうところまで落とし込まないと実務が回らないので・・・)、

SDGsのような)「『目標ベースのガバナンス』は多国間主義の「手詰まり」を受けた、グローバル・ガバナンスにおける新たな試みの一つだと言える。」(内記=三浦49頁)

といった解説を他の論稿と合わせて読めば、「何でこんなことやらんといかんのか」という不満も多少は和らいでモチベーションが上がるかな、と。

椛島裕之「法科大学院の今後」

この論稿(法時91巻10号82頁)は、先の国会で成立した法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律等の一部を改正する法律案」の内容を受けて書かれたものである。

改正法の内容については、昨日ご紹介したジュリストの最新号にも立法担当者による解説が掲載されているのだが*3椛島弁護士の論稿は、単なる改正内容の紹介にとどまらず、その内容を踏まえた問題提起と提言にまで踏み込んでいるところに意義がある。

「懸念されるのは、今回の制度改正後に、未修コースをどのように取り扱うかという議論がほとんど行われていないことである。」(85頁)
「制度改正後も法科大学院が法曹の多様性を支える基盤として存続するには、これからの中教審における未修者教育に関する抜本的な検討と、未修者教育に焦点をあてた財政支援が不可欠である。」(87頁)

「この制度改革を成功させるには『3∔2』ルートで在学中受験を行った者が高い合格率を獲得することが不可欠である。この点が実現しないと、志望者増加の機運は一気にしぼんでしまうことになるだろう。」
「『3∔2』ルートで相当の人数を受け入れられる法科大学院は、『トップ校』と呼ばれる法科大学院に限定されることになるだろうし、また、そうあるべきと考える。」(以上86頁)

個人的には、「司法試験と法科大学院をリンクさせる」という制度設計自体を一から見直した方が良い、と長年思っているところではあるのだが、今のシステムの下で最も理想に近づけようと思えば、本稿に書かれているような方向性しかないだろうし、その意味で共感させていただけるところが多い論稿だった。

その他の記事等

その他の記事については、時間がなくて読み飛ばしてしまったものが多いのだが、「法・律・時・評」で紹介されているポーランドの司法制度が揺らいでいる、という話(小森田秋夫「政治権力・裁判官・市民社会(法時91巻10号1頁))は、読んでいて非常に考えさせられるところが多かった(少々戦慄も走る)し、

ポーランドで目撃される事柄のうち、あるものはこの日本でも現に生じており、あるものはかつて経験し、あるものは今は表面化していなくても潜在的に問題が存在しており、あるものは日本には欠落している価値あるものを示している、と思うからである。」(3頁)

という最後のくだりが、いかにもこの雑誌らしいトーンだな、ということでご紹介しておきたい。

また、記事ではないが、166頁に掲載されている「小誌掲載論考についてのお詫びとご案内」という告示文にも、いろいろ考えさせられるところはあった*4

あくまで「掲載した側の責任」として、調査結果とともに「お詫び」をしている、というところに、歴史ある査読誌としてのプライドを感じさせるところもあり、ますます好きになったぞこの雑誌、ということも、合わせて申し添えておきたい。

*1:米国が上級委員の欠員任命を阻止しているため、現委員の任期満了により実質的に新規上訴案件の審理が不可能になりかねない、という状況。川瀬剛志「WTO上級委員会危機と紛争解決手続改革」(法時90巻10号14頁)で現在検討されている改革案の内容も含めて、詳しく解説されている。

*2:欧米を中心に、公権力行使の正当性を評価する立憲的諸価値との比較で、制度の不備が指摘されている、という話。須網隆夫「投資仲裁と常設投資裁判所」(法時91巻10号63頁)参照。確かに、「法の支配」の原理が浸透していない新興国であればともかく、自国の司法機関の機能に強いプライドを持っている先進国が、国家主権の制限につながりかねない投資仲裁という発想をすんなり受け入れない、というのはある意味当然のことなのかもしれない。

*3:霞が関インフォの枠で、藤田正人=大月光康「法曹養成制度改革法案の成立と展望」(ジュリスト1536号56頁)という記事が掲載されている。

*4:既に報道もされている件と関連する話のようである。

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