最近の法律雑誌より~Business Law Journal2019年10月号

このシリーズの最後を飾る(?)のは、今月は買ったぞ、というBLJ。

Business Law Journal 2019年 10 月号 [雑誌]

Business Law Journal 2019年 10 月号 [雑誌]

既に意匠法改正に関する小特集をご紹介していたところではあったのだが*1、それ以外の記事に関しても見どころは多かったので、改めて網羅的にご紹介することにしたい。

特集 法務が知っておくべき広告・キャンペーンの最新実務(23~62頁)

BLJの広告関係の特集は、具体的な事例が多く参考になるものが多いのだが*2、今回も執筆された先生方が空気を読んで(?)なのか、実務者の興味を引く中身の記事が多い。

特に、植村幸也「最近の消費者庁運用例にみる不当表示認定回避のための施策」(BLJ139号24頁)では、最近の消費者庁の不当表示認定事例を具体的なビジュアルをふんだんに用いて解説しつつ、各措置命令において示された消費者庁側の認定の傾向を(極めて辛辣な批判とともに)分析し、「不当表示認定回避の方法」を探る試みがなされている、という点で注目に値する。

これまで、法規制回避の”常道”とされてきた「打消し表示」や、「広告にありがちな誇張表現」という抗弁が容易には通用しなくなっており、しかも、不実証広告規制の場面では「裁判所が学術論文レベルの資料を要求している」というなかなかシビアな状況の下で、

「表現を小細工することで不当表示認定を回避しようとすることがいかに危険な考えであるか」(30頁)

という警鐘を鳴らしているこの論稿は、実務者であれば一度は目を通して、今後の研修等のエッセンスに取り込むべき内容ではないかと思う。
そして、最後の一言*3も含め、植村弁護士の筆の切れ味のよさには、ジュリスト9月号に続き感服させられた。

また、続く、染谷隆明=川﨑由理「最新事例にみる販売促進キャンペーンのコンプライアンス(BLJ139号24頁)も、景品規制、というニッチ(だが実務的には極めて気にする人が多い)分野に関して具体的な取引実情を踏まえた解説がなされている、ということ自体で貴重な論稿になっている上に、

「当局や関係機関が公表している考え方を見てみると、有償取引と無償取引の線引きは、必ずしも明確ではないことが分かる。」(35頁)

と端的に指摘し、最近の複雑なWeb周りのビジネススキームの下で行われるキャンペーンについて注意すべきポイントを示している、という点で、非常に読み応えがあるものだと思う。

そして何よりもこの企画を価値あるものにしているのは、やはり最後に掲載されている実務者のコメント群だろう(「法務担当者はどう対応しているか」(BLJ139号55頁))。

最初のニトリHDの担当者の方以外は、IT・Webサービス周りの事業者のコメントに偏っているように見えてしまうところが、ちょっと惜しいところではあるのだが、「可能な限り、法務側で明確な数字を示すように心がけています。」(「期間限定キャンペーン」への対応に関するニトリHD法務担当者のコメント、56頁)等々、こういうことを意識して仕事ができるとよいね、というエッセンスが散りばめられているので、ここも必読だと思われる。

意匠法改正の小特集と合わせて、こういう形で実務担当者の現場の声を拾い上げるのがこの雑誌の最大のアピールポイントだと自分は思っているし、それに合わせて実務担当者に刺さる専門家のタイムリーかつ踏み込んだ論稿を揃えられると、実に素晴らしいコンテンツになる。

毎号このレベルで、ということになると、編集部の方々の負担も大きくなってしまうと思うけど、10年来の読者としての「こういうのを読みたい!」というスタンダードに近づけてくださったこの号の特集企画に関しては、率直に称賛の声を送りたいと思っている。

安藤文子=永野恵利加「一人法務DDも怖くない小規模M&Aにおける実務ポイント(前編)」(90~96頁)

この記事は、田辺総合法律事務所から「東証一部上場企業の法務部門」*4に出向していた弁護士と、現在出向している同じ事務所の弁護士が共同で「小規模M&A*5の買主側の立場で、「内」と「外」の視点から実務ポイントを解説するというもので、企画のコンセプトとしては非常に興味深かった。

書かれていること自体は全体を通じてスタンダードで、「おっ」と思うようなエッセンスが散りばめられているわけではないのだが、細かい記述の一つひとつから、経験が浅い中で一生懸命仕事に取り組んでこられたのだな、ということが伝わってきて、好感の持てる記事になっている*6

自分は、資料依頼やQ&A項目としてリストアップする項目は必要最小限のものにとどめておき、インタビューを行ってから必要に応じて補充オーダーを出すのがもっとも効率的な(かつ、相手との関係を悪化させない)方法だと思っているし、2,3回経験すれば、経験則を踏まえて「これは確実に入手できる」「これはちょっとハードルが高いかも」という見立ての下で、フルスペックのリスト*7から項目をバッサリ削り、それに代えて社内回しに必要な項目等を入れ込む等、メリハリを付けた対応もできるようになると思っているのだけど、普通の事業会社だと、特定の担当者が短期間のうちに数をこなすことが難しいことも多いだろうから、こういった、基本に忠実にかつ具体的なエッセンスも盛り込んだ記事、というのは非常に有益だと思うところ。

なお(次号の「後編」の中でも出てくる話なのかもしれないが)、自分の経験上、M&Aで大事なのは「DDの際に事細かく契約書等をチェックして、掘り下げて、粗を見つけ出す」ことではなく、「インタビューの際に相手が逃げを打ったところをやんわりと突っ付いて、クローズの時点で表明保証条項に上げるくらいのところにまで持っていく」こととか、「直接のやり取りを通じて被買収企業のキーマンを早めに見抜き、Post Merger Integrationに反映させること*8」、さらに、「何かとシナジー効果を盛りがちな事業部門がお花満開の資料で社内稟議や会議体を強引に押し切らないように、やんわりと牽制して、合理的な意思決定プロセスにより、最終的な判断ができるような環境を整えること」だと思っている。

だから、M&Aの実施フェーズでは、「法務」の守備範囲においても、マニアックに契約書の穴を見つけ出す「専門家」より、人を見抜くセンスや社内の空気を動かせる力を持っている人の方がはるかに大きな貢献ができる、というのが自分の持論ではあるのだが、ご紹介した「実務講座」のコンセプトを踏まえると、執筆者にそこまで言及していただくのは酷なので*9、こういう話はまた別の機会に自分自身で書き残しておければ、と思っている。

田中浩之=根橋弘之「最新GDPR執行事例に基づくグローバルデータ保護デューデリジェンスの展望(前編)」(64~70頁)

この記事もM&Aに関連する話。

企画した方が、本年7月のMarriott社に対するGDPR制裁のニュース(特にデューディリジェンスの不十分さに言及されたくだり)を見て、「データ保護法制に対応したデューディリジェンス」というテーマを思いつかれたのか、それとも元々各国のデータ保護法制について何か記事を、と思っていたタイミングで運よく(?)Marriottの件が公表されたのか、は分からないのだが、「最新GDPR執行事例に基づく」というタイトルから期待したほどには、事例の具体的な内容と記事の中身がリンクしていなかった、ということは一応指摘しておく。

もちろん、アジアからBRICsまで、網羅的に個人情報保護法制を俯瞰できるようにした、という点では有益な記事だと思うし、特にタイとかブラジルでGDPRの完全コピーみたいな法律ができたとか、台湾等で執行が積極的になっているという事実を知らしめて警鐘を鳴らした、ということには意味がある。

ただ、M&AのDDの際に、「個人情報保護」にまでどこまで首を突っ込むかは、対象となる事業の性質によりけりだと思うし、被買収企業等の体制が各国の法規制を真に遵守しているかどうかを真面目に調べようと思ったら、その会社で使われているシステムを洗いざらいレビューしないといけない、ということにもなりかねないので*10、今回の事件の舞台となったホテル業界のように、B to C、かつ、多数の個人情報を管理している、といった特殊な業界を除けば、せいぜい表明保証条項の中で具体的に書くかどうか、といったレベルの話に留めるのが無難なところだと思う。

法律ができていても、エンフォースメントがほとんどなされない、というケースも容易に想像されるわけだし・・・(特にタイなどは・・・)。

その他の記事

上記以外のコラム、連載記事等に関して印象に残ったものを挙げるなら、まずは「法務部門CLOSE UP」で取り上げられている味の素株式会社の紹介(14~17頁)だろうか。

様々なバックグラウンドを持つ社員で構成されている、資格の有無は意識されていない*11、国内グループ会社の案件対応についても仕組みの見直しを行っている、海外の主要な拠点には日本から法務責任者を出向させている・・・

ここに書かれていることは、まさに「企業組織の中の法務部門」としての理想的な目指すべき方向であって、本当にこの通りにワークしているのであれば、最近悩みの深い大手企業の法務部にとっては、”垂涎の的”ということになるだろう。

もちろん、どんなに立派な理想が掲げられていても、現実はそんなにうまく行っていない、というケースは、自分自身散々経験させられたところでもあるので、「中の人」の「肉声」を聞かない限りは何とも言えないところはあるのだが、「法務部長になるまで法務部に所属したことは一度もありませんでした」と語る理事職の部長のプロフィール欄に「一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻修士課程在学中」とある点が、”羊頭狗肉”の会社とは一味違うようにも思えるところで、この点に関しては心から感服した次第。

また、ronnor氏の連載、「辛口法律書レビュー」(126~127頁)は、いつも以上に辛口の体裁ながら、「見るべき点がある」として直ちに入手したくなるような論稿が示されていたり、脚注でさらっとJEITAのモデル契約解説が紹介されていたり、と、いつもの通り、実務上有益な情報も上手にまぶされている。

今回の記事の中でもっとも力を入れて指摘されている「共著本に関する問題」は、本稿に限らず、ronnor氏の過去の連載記事でも、ブックガイドの座談会等でもたびたび指摘されていることだと思うので、そろそろ出版社サイド(と「編者」になる機会が多い先生方)も発想を切り替える時に来ているのではないだろうか*12

なお、最後になるが、大屋雄裕・慶大教授が巻頭の「Insight」(13頁)に書かれている「モノ」の文化*13と「情報」の文化の対比、そして、自動運転車のように、それらが融合する時代になっていることを踏まえて記された以下のコメントが非常に印象に残ったので、ご紹介しておくことにしたい。

「誤って動かされたモノが人を殺すのに対し、情報の処理を誤っても人の生命が直接に失われるわけではない。財産的損失は発生するかもしれないが、社会的に効率が上がればそれを償うだけの利益も上がっているだろうというわけだ。だが、それはいつまで本当なのだろうか。」
モノと情報とが融合することによって現れる新たな領域にふさわしいガバナンスの方法と基準とはどのようなものか。それが今後に向けて我々に問われる課題なのである。」(以上13頁、強調筆者)

昨今、SNS上でしばしば展開される”噛み合わない論争”の背景にあるのもたぶんこれ、で、お互いの論者を無理やり「融合」させる必要は全くないと思うのだけれど、バックグラウンドの相互理解と、「今は縛りはなくても、いずれ規制の枠に縛られることになる(あるいはその逆)」といった可能性に思いを馳せることは絶対に必要なことだと思うので・・・。

以上、長々と書いてしまったが、今月発売のBLJは、”買い推奨”なので、最後に改めて。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:すごく古い話になるが、最初に特集が組まれたのは慌しさにかまけて忘れていたが・・・ - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~の号だろうか。

*3:「本年7月に課長が代わり、今後の運用が注目される」というくだり。

*4:調べればすぐに分かる話なので、あえて会社名を匿名にする必要はなかったのではないかと思うが・・・。

*5:この記事では「売上数千万円~数十億円程度の企業を対象とするM&A」をこのように定義している。もっとも、M&Aの難しさは被買収企業の売上高等とは必ずしも比例するものではなく、リスクの所在も含めてある程度自社内で見通しが立てられる同業者、隣接業界の事業者であれば、かなりの部分は社内でプランニングできるし、規模が小さくても異業種で被買収企業の事業に関する知見が社内には乏しいような場合とか外国企業の場合は、外部の専門家の力に頼るところが大きくなる、という実態もあるので、この定義にはあまり引っ張られない方が良いかな、と思うところではある。92頁の「外部弁護士の起用に関する検討要素」を見ても、まぁほとんどの場面は結局は外部弁護士に頼った方が良いよね、という帰結になっている。

*6:唯一気になる点があるとしたら、「社内弁護士」というポジションが強調され過ぎているようにも思えるところで、特にM&Aに関しては、後述のとおり、法律家としてのセンスよりも企業実務家としてのセンスの方が圧倒的に重要なので、「外部弁護士の視点」と対比するのも「法務担当者の視点」でよいではないか、と個人的には思うところである。

*7:以前、以下のような形で公刊されたものもある。

法務デューデリジェンス チェックリスト 万全のIPO準備とM&Aのために (NextPublishing)

法務デューデリジェンス チェックリスト 万全のIPO準備とM&Aのために (NextPublishing)

*8:特に法務の担当者であれば、法務・内部統制に関して誰が買収後に相手方のカウンターパートになり得るか、ということは真っ先に見抜いておきたいところである。ここを見誤ると(あるいはカウンターパートとして大事にされるべき人が統合後の人事異動や退職でいなくなってしまったりすると)後々非常に苦労させられることになる。

*9:さすがにお立場上、「弁護士がやるより生え抜きの社員にやらせた方がいい」とまでは書きづらいだろうから・・・。

*10:正式合意前にそこまで突っ込んだ調査ができることは通常考えにくいし、仮にできたとしても外部のコンサル等に委託すると相当なコストは覚悟しないといけないので。

*11:この点については完全に賛同。「資格などのバックグラウンド以上に、一人ひとりの個性のほうがバラつきは大きい」(15頁)という言葉に全てが表されていると思っている。企業内で「弁護士資格を持っている」ことによって他の人との間に付く「差」というのは驚くほど少なく、むしろそれがマイナスになることさえあるので。

*12:「百選」のように各人の原稿がある程度定型化しているものや、還暦・古稀論文集のように「多くの人が書くこと」それ自体に意味があるものはともかく、そうでない企画に関しては、企画サイドでコンセプトの統一を徹底できる自信がないなら執筆者の数を絞り込むとか、各論稿の「バラ買い」ができるようなシステムにする(そうでないと一種の”抱き合わせ販売”になってしまう)とか、といった発想はあってしかるべきだと思っている。著作権法の世界でも、以前共著論文集の一部の原稿が先行公開された、というケースがあったと記憶している。

*13:ここでは分かりやすく「モノ」と書かれているが、実際にはリアルビジネスで提供されているサービスも含めて、このカテゴリーに入ってくるのではないかと自分は思っている。

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