最近の法律雑誌より~ジュリスト2019年9月号

早いものでもう月末。

いろいろ慌ただしくなっている今日この頃、一部の記事に関しては斜め読みしかできていないところもあるのだが、それでも、手元にある雑誌類は、どれも一エントリーを立ててご紹介する価値のあるものばかりなので、今月もそれぞれでご紹介することにしたい。

まずはジュリストから。

ジュリスト 2019年 09 月号 [雑誌]

ジュリスト 2019年 09 月号 [雑誌]

特集 M&Aに関する新たな規律

今月の特集は、2019年6月28日に経済産業省から出された「公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて」*1をベースにした実質ワンイシュー企画。

M&A指針」といっても、出発点になっているのは2007年のMBO指針であり、今回拡大された対象も「類型的に構造的な利益相反の問題と情報の非対称性の問題が存在するMBO および支配株主による従属会社の買収」とされていて(指針3頁)、決してありとあらゆるM&Aを対象としたものではない*2

ただ、今回出された指針を特徴づけている「公正性担保措置」の考え方については、今後様々な場面で応用される可能性もあり、一通り押さえておく意義はあるように思われる*3

また、この指針の「公正性担保措置」の中でも重要な位置づけを与えられているのが「独立した特別委員会の設置」(指針19頁以下)であり、しかもその委員に関して(社外「有識者」ではなく)「特別委員会の役割に照らして、社外取締役が委員として最も適任であると考えられ、独立性を有する社外取締役がいる場合には、原則として、その中から委員を選任することが望ましい。」(23頁)とまで踏み込んだのが、本指針の特徴的な部分なのだが、この点に関しては、最近マツキヨHDが競り勝ったココカラファインの「争奪戦」をめぐって、今朝の日経紙のコラムで以下のような指摘がなされていたこととも符合するな、と*4

「6月11日に設置された特別委はイトーヨーカ堂元社長の亀井淳(75)、メリルリンチ日本証券元副会長の今井光(70)など6人で構成した。小売り、証券、法律、会計といった領域の有識者だ。調剤事業の相乗効果をアピールしたいスギHDの要望もあり、ヘルスケアの専門家も加わった。人選を請け負ったのは法律事務所だが、委員の一人は「いきなり話が来て、正直何が何だか分からない」と戸惑いを隠さなかった。」
「スギHDで交渉を担ったスギ薬局社長の杉浦克典(40)が特別委に説明したのは7月5日。委員からの質問は同社のプライベートブランド(PB)の売上高や商品数に集中した。手元には調剤・医療といったヘルスケア領域の成長可能性について詳細な資料を用意したが、空振りに終わった。杉浦は「たった90分で理解してもらうのは無理だ」とこぼした。スギHD社内では特別委のメンバーがドラッグストアについて"素人"ばかりとの不安も募った。」(日本経済新聞2019年8月28日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ。)

もちろん、今の日本で「独立社外取締役」がどこまで「社外有識者」と異なる強みを持ち合わせているか、と言えば疑問も呈されているところだし*5、今回の特集の中でも、別所賢作「『公正なM&Aの在り方に関する指針』のM&A実務に与える影響」(ジュリスト1536号44頁)が、「日本においてはコーポレートガバナンスの変革期にあり、・・・海外のプラクティスをそのまま導入する事は現実的とは考えられない」(46頁)と指摘していること等にも留意する必要はあるのだが。

新時代の弁護士倫理 第9回 座談会 組織内弁護士

さて、しばらく続いているこの連載だが、今回、遂に「組織内弁護士」というフィールドに踏み込んできた。

ジュリストでは、ちょうど先月号のHOT Issueでも「企業内法務」の話題が取り上げられていたこともあり(以下参照)、どういう展開になるのかわくわくしながら読んでいたのだが・・・
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

登録以来NHKで活躍されている梅田康宏弁護士と、金融庁の任期付公務員の経験がある中西健太郎弁護士が、それぞれ「仕事の魅力」を語り、石田京子・早大准教授から、

「女子学生で組織内弁護士を志望する人は非常に多いのですが、仕事の実態を知り、やりがいの面で魅力を感じているという学生はあまり多くないと思います。」
「梅田さんや中西さんからお聞きした話を法科大学院の学生に伝えれば、より主体的に組織内弁護士を志す学生が増えるだろうと思いました。」

という発言(62頁)を引き出したところまでは(リップサービスだとしても)悪くない展開だったと思うが、座談会出席者がその流れからさらに踏み込んで、

土日に出勤することは、ほとんどなく、あっても、年に1日あるかかないかのレベルだと思います。」(63頁)

という「恵まれた」部分を強調してみたり*6

(所属する会社が)「原告、被告になる訴訟では、必ず訴訟代理人になっていました。」(64頁)

という、これまた特殊なケースを前面に出してきたり*7、ついには、

「こうした、様々な点で、組織内弁護士には、弁護士ではない法務部員の方とは違う価値があると思います。」(67頁)

とまで言ってしまっているくだりに関しては、ポジショントークとしての側面を考慮しても、正直ここまで書くべきことなのかな?と思うところはあった*8

そして極めつけが、「職務の独立性」と職務基本規程51条*9の問題に関する以下のコメントである。

「『法と良心に従った判断』がおよそできないというほどに抑圧された状態、自分は辞めるか、明確に違法なことをせよという意見書を出すしかないような場面は、現実的にはほとんど想定されないと感じています。」(66頁)
実際にも、クビか左遷を覚悟しなければ意見も提案もできないという状況というのは、容易には想定できないですし、そのようなことにならないように、日頃から現場や上級機関とコミュニケーションを取り、意見を言いやすい環境や信頼関係を構築しておくということこそが重要であって、そこに組織内弁護士の力量が試されているのではないかと思っています。」(70頁)

「人間って、恵まれた環境にいるとそれが当たり前だと感じてしまうんだろうな」ということは分かっていても、登録以来、常に職務基本規程51条を意識しながら仕事をしてきた人間としてはちょっとやり切れない気分になるし、これを読んで、「そうか、そんな心配はしなくていいんだ」と会社の門を叩いた人に苦しい思いをさせたくないな、というのもあって、ここはあえて厳しく書くのだけれど、これは「組織(とその中にいる人々の集団心理)の恐ろしさを全く理解していないコメント」なので、”これから”の方々には、そのまま鵜呑みにしていただきたくはないな、と。

どんなに日頃、良好で円滑なコミュニケーションが保たれる環境を作っていたとしても、いざ事態が急変したら、誰が味方で誰が敵かもわからなくなる。
だから、最後は、自分の良心だけを信じてリスク覚悟で刀を抜かなくてはならない。

それが現実だし、組織の中でバッヂを付けるということは、そういう覚悟とともに生きるということなんだ、ということも、これから企業内弁護士を目指す人たちには知っておいてほしいことの一つである*10

なお、個人的には、「研究者の視点から」の中で、田村陽子・筑波大教授(田村陽子「法化社会と組織内弁護士の真骨頂」(ジュリスト1536号72頁))によってなされている、

「組織の違法な行為を発見した場合でも、組織内弁護士には外部への通報義務まではないからと言って、ある組織内弁護士が良心的裁量判断で外部に通報したときに、当該組織から解雇されても不当解雇ではないという制度で良いのか。」(72頁)

という問題提起には非常に賛同するところがあって、組織内弁護士に「弁護士」としての振る舞いを貫徹させようとするのであれば、行動することのリスクを緩和するための一定の法理も必要だろう、と思うところである*11

その他連載、判例評釈等

今号の判例等の評釈には、労働判例研究で取り上げられている労働契約法20条に関する2件の高裁判決(メトロコマース事件、日本郵便(大阪)事件。いずれも平成31年に入ってからの判決)や、「時の判例」で紹介されているイビデン事件判決(最一小判平成30年2月15日)など興味深いものが多かったのだが、特に尖がり具合が目に付いたのは、平成31年3月13日のクアルコム・インコーポレイテッド事件公取委審判審決を取り上げた植村幸也弁護士の評釈(植村幸也「非係争義務が拘束条件付取引に該当しないとされた事例」(ジュリスト1536号6頁))だろうか。

「審査官(局)は非係争義務という外形に囚われ本質を理解できなかった(できていれば3条項は問題視されなかっただろう)。反競争性発生機序を経済学的思考により分析できる人材の育成が急務である」(7頁)

本件が、「マイクロソフト非係争事件とは本質的に違う!」ということを強調された上でのコメントなのだが、実に手厳しいな、と。

あと判例評釈以外の論稿の中で、「連載 知的財産法とビジネスの種」に掲載された「引用」に関する論稿(橋本阿友子「メロディと引用」(ジュリスト1536号80頁))の中の以下のくだりがちょっと気になったので、メモしておくことにしたい。

「平成30年著作権法改正までは法32条1項がフェアユース的に活用され、その要件が緩やかに解釈される傾向にあったが、新たに法30条の4や法47条の4などの柔軟な権利制限が規定された今、引用の解釈が厳しくなる可能性もあるとは思う。」(81頁)

橋本弁護士は、「2要件説より総合考慮説の方が説得的」として、法32条1項の趣旨に立ち返った楽曲の引用による利用可能性を指摘されているのであるが、そのような論者の方であっても一抹の懸念を持たれている、という点には、今後の実務を考える上で留意しておいた方が良いかな、と思うところである。

以上、ジュリストに関してはここまで、ということで。

*1:https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628004/20190628004_01.pdf

*2:個人的には、強行規範ではないとはいえ「相互に独立した当事者間で行われるM&A」に関してまで、「指針」のような形で一定のタガをはめるのはさすがにやり過ぎだと思っている。もちろん、”寝耳に水”の被買収者側株主を保護するための最低限の規律は必要だとしても。

*3:冒頭の藤田友敬「『公正なM&Aの在り方に関する指針』の意義」(ジュリスト1536号14頁)が非常に分かりやすく全体を俯瞰しているので、それを読んでおくだけでもだいぶ違うよね、と思った次第。

*4:ただし、ココカラファインの事例はあくまで独立当事者間のM&Aなので、この指針がダイレクトに適用される場面ではないことに留意する必要がある。

*5:「指針」が適格性あり、と強調する理由のうち、、株主総会において選任され、会社に対して法律上義務と責任を負い、株主からの責任追及の対象ともなり得ること、②取締役会の構成員として経営判断に直接関与することが本来的に予定された者であること、といった点についてはその通りなのだけど、③対象会社の事業にも一定の知見を有していること、という点についてはまぁ何とも言えないかな・・・と。

*6:もっともこの点については、JILAアンケートでも84%の現役インハウス・ローヤーが土日祝日勤務を「ほとんどない」と回答しているそうなので、自分の方が少数派だったんだろうな、とは思うが、自分は任期付の中西弁護士の「体験談」の方が数段共感できるし、少なくとも「16%」は、激務に耐えている、という実態も伝えてくれないと、実相を正しく伝えたことにはならないんじゃないかな、と思う。

*7:社員でなくてもできるような不効率な仕事を社内に抱え込んでしまう、という観点からも、後述した「職務の独立性」との関係でも、「社内弁護士は所属する会社の訴訟代理人を受任すべきではない」というのが自分のポリシーだし、企業経験の長い人ほど、同様の感覚を持っている人が多いのではないか、と自分は思っている。

*8:あと、「法曹界における人脈を持つ」といったメリットがあるのは事実だとしても、弁護士会の会務等、「弁護士」として活動する場面での自分の立ち位置や人脈と、社内で会社の一員として仕事をしている時や、産業界の会合に出ている時など「企業の法務担当者」として活動している時の自分の立ち位置や人脈は、自分は明確に分けていたし、前者と後者をごっちゃにすることは本来あまり推奨されるべきことではないと思っている。

*9:正確な条文は次のとおり。(違法行為に対する措置)第51条 組織内弁護士は、その担当する職務に関し、その組織に属する者が業務上法令に違反する行為を行い、又は行おうとしていることを知ったときは、その者、自らが所属する部署の長又はその組織の長、取締役会若しくは理事会その他の上級機関に対する説明又は勧告その他のその組織内における適切な措置をとらなければならない

*10:もちろん、訴訟代理等を引き受けている場面でなければ、「弁護士として担当している職務」ではない、というロジックで、職務基本規程51条の射程外、と逃げる解釈も取り得るのではないかと思っているし、動きたくても動けない、というような場面では、この解釈を採る方が現実的だとは思うところではある。

*11:少なくとも今の職務基本規程で、組織内弁護士にそこまでの行動が求められているわけではないので、現状では、他の社員と同様の公益通報者保護ルールに服することになるのだけど、一時期、義務上乗せとも読めるような改正案が俎上に上がったこともあったので。

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