「2強」が「1強」になった日。

5月最後の日に行われた第87回東京優駿

10万人を超える大観衆の前で爽やかに歌い切った昨年の木村カエラの国家独唱も個人的には好きだったのが、無人のスタンドへの一礼から始まり、静まり返った空間から圧倒的な声量で全国に歌声を届けた今年の平原綾香は、どこからどう見ても神がかっていた。

そして、それ以上に圧巻だったのが、ゲートが開いてからの2分24秒ちょっと、遂に「無敗のダービー馬」として歴史に名を刻んだコントレイルのパフォーマンス。

鞍上が福永騎手だっただけに、前走の皐月賞同様、直線で前が開けてからしばらくの間のリアクションにはちょっとハラハラさせられたが、感覚的には「何もしないうちから一歩抜け出し、最後気合を付けたら別次元のエンジンが点火してさらにグイっと伸びた」というところだろうか。

「2着に3馬身」という過去10年では最大の着差。

これは、目の前で見ていて「圧倒的だなぁ・・・」と感じたドゥラメンテや、同じくテレビ越しに「圧勝」の余韻が強く残ったオルフェーヴルですら付けられなかった着差だから、名実ともに「最強」の称号がふさわしい王者誕生、といって良いのではないかと思う*1

もし、ここに”アンチ・コントレイル”の人がいたなら、それでもいろいろと突っ込んでくるかもしれない。

・戦前に囁かれていたとおり、ゲートを出るなり先行してペースメーカーの役割を果たしたのは、同じノースヒルズ産のコルテジアと、前田晋二オーナー所有馬のディープボンドで、この2頭と同じ新冠・コスモヴューファーム産のウインカーネリアンが作り出したのは、今年も高速決着が相次いでいた東京の馬場、そしてダービーという大舞台には全くふさわしくない1000m・61秒7、という超スローペース。


・3年前に自分の騎乗馬(マイスタイル)が作り出したレース展開を思い出したのか、横山典弘騎手(マイラプソディ)が向こう正面でレイデオロばりのまくりを見せ、ラップタイムを引き上げたものの、「ノースヒルズ&前田軍団」の雁行体制は4コーナーを回っても変わらず。


・結果、有力馬たちが、ごちゃついて外をぶん回す羽目になった間に、コルテジアとディープボンドは、内側でコントレイルのために絶好の進路を確保し、労せずして勝利への一本道ができあがる。


・要は「3馬身差の圧勝」といっても、展開の利に恵まれただけではないか。それよりは、外を回った追い込み勢が軒並み全滅する中、今回はしっかり脚を溜めて、コントレイルと遜色ない脚色で追いすがったサリオスこそが、真の実力馬として認められるべきだ! 等々・・・

確かに、戦前は散々「距離不安」を囁かれていたサリオスが、前走とはうって変わったスタイルで後続を突き放して2着に残った、というのは十分価値のあることだし、そんなレースぶりも、「コントレイル以外には負けたことがない」という戦績も、世代が一つズレていたら・・・と思わせるものがあるのは事実。

ただ、あの、「鞍上動かずして頭一つ。動いた瞬間にぶっちぎり」という絶対的なパフォーマンスの前では、どんな言いがかりを並べても、「1強」が確定したという現実を揺るがすことはできないし、この先、この2頭が何度相まみえても順番が逆転することはないんじゃないか、とさえ思う。

自分が、「まだ順位付けは済んでいない。本当の勝負はこれから」と言い切ったのは、皐月賞の後のことだったのだけれど*2、それは今日を最後に撤回。

そして、つい1か月ちょっと前に「次元の違う2強」と書いておきながら、今日、サリオスを完全に馬券から外した結果諸々吹っ飛んだことも、「2強」幻想に固執することなく、この先真の王者・コントレイルだけを追いかけていくための一つのきっかけに過ぎないのだ、と前向きに考えることにしたい*3


ちなみに、既に「1強」と言わんばかりの表紙でダービー特集を組んでいた直近のNumber誌の記事の中には、あの藤沢和雄調教師がダービーを分析する企画があり*4、その中で、あれだけ多くのGⅠ馬を送り出していた藤沢師ですら、

(開業2年目に送り込んだロンドンボーイが惨敗して)「東京の2400mがいかに若駒に厳しい舞台であるかを思い知らされました。だからその後は『出走させるだけではなく、勝ち負け出来る馬を送り込まないとダメ』と考えて、慎重になりました。」
シンボリクリスエスで2着に敗れた後)「『あ、このレベルの馬でもダメなんだな・・・』と思ったら、その後も希望こそ持っても大きな期待は持ちづらくなりました」(31頁)

という心境に陥っていた、という話が出ていて*5、それだけ競馬にかかわる人々にとっての「ダービー」の意味は大きいのだなあ、と改めて感じたところはあった。

ただ、その一方で、

「自分の好きな体型が、どちらかというとマイラー系」
NHKマイルC制覇に執念を燃やしていた」

と、ことダービーに対しては、ちょっと斜に構えておられるように見えるところもある矢作芳人調教師*6が、5度目のチャレンジにして早くもダービー2勝、しかも、こんなお釣りがくるような超ド級の馬で・・・というのが、競馬の面白いところであり、何とも不思議なめぐり合わせだな、と思わずにはいられない。

また来週から始まる新2歳馬の戦いの中で、1年後のダービーに向けた勢力図がどう作られていくのかは、神様ですら分からない話だと思うのだが、無観客のまま完遂され、そして一度たりともノーザンファームに美味しい思いをさせなかった今年のクラシックの流れがさらに引き継がれるのかどうか、そんなところにも注目しつつ、「解禁」まであとちょっとの「無観客」を引き続き楽しんでいくことにしたい。

*1:着差で言えば、ナリタブライアンのダービー(2着・エアダブリンを5馬身切り捨てた圧勝劇)の方が上だが、当時の南井騎手は、馬に気を抜かせないためか、実力を最大限アピールするためか、どんなレースでも本気で鞭を入れまくっていた印象があるので、今回の「ほとんど追わずに3馬身」と単純比較することは相当ではない気がする。

*2:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:もちろん、本当は死ぬほど悔しい・・・。そして、次に来日が叶う機会があるならば、レーン騎手にこそコントレイルに乗ってほしい、とひそかに思っている。

*4:平松さとし「藤沢和雄が読み解く東京2400mの傾向と対策」Number1003号28頁。

*5:結局、藤沢師はシンボリクリスエスからさらに15年の時を経て開業30年目、レイデオロでようやく初めてのダービータイトルを手にすることになる。

*6:島田明宏矢作芳人・勝ってわかった価値と重み」Number1003号72頁。

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