そのクビ差がまた一回り彼女を強くする。

気が付けば始まってもう4カ月目に突入している「無観客」競馬。

ここ数か月のうちに、世の中には「withコロナ」だの「afterコロナ」だのと謳った”俄かDX商法”が蔓延しているが、サービスの中身を見たら何もトランスフォームしていないありきたりな広告商材だったり、ユビキタスの時代からある「業務効率化システム」だったりするし、しかも華やかなセールストークを並べる割に、会社の決算開示資料を見ると、

「営業部隊が在宅勤務だったので営業ができず、新規顧客が開拓できなかったので今期は減収です、ゴメンナサイ・・・」

的な言い訳が書いてあったりする会社もまぁまぁ多い。

それに比べると、我らが日本中央競馬会では5月以降、ほぼすべての開催日で売上が対前年比プラス*1、それまで競馬場やWINSの窓口、案内・警備等で多くの人出を割いていたことを考慮すれば、既に利益ベースでは前年を大きく上回っていても不思議ではないような状況になっている。

機械化は進んでいたものの、突っ込むものも出てくるものも差して変わらなかった「馬券売り場」から、クリック一つで買える「インターネット投票」へ。

そして、これまた昔ながらの売店、昔ながらの紙面構成で、敷物代わりにもなっていた競馬新聞は、AIをフル活用したデータマイニングが印代わりになる「JRA-VAN NEXT」にとってかわられ、今、競馬場に出入りできる馬と人を除けば、競馬を取り巻く世界は瞬く間に変わった。

これをデジタルトランスフォーメーションの成功事例と言わずして何というか、である。

興味深いのは、このDXによって、馬券の売れ方もかなり変わってきている、ということで、特に東西+ローカル、という三場開催の日は、東京や京都、阪神の馬券売上はそこまで伸びていなくても「裏」開催の新潟や函館の売上が猛烈に伸びて全体をカバーしている、ということも多い*2

競馬場やWINSで馬券を買ったことのある方なら、仲間で出かけていって、目の前のレースやお目当てのメインの重賞・GⅠの予想に花を咲かせている間に、「あ、しまった、いつのまにか福島の〇レースの発売が締切になっちゃった」という経験をしたことが何度もあるはずだ*3

また、メインレースに合わせて競馬場やWINSに行く場合、よほど熱心なファン仲間でもない限り、休日の朝8時台の電車に乗って第1レースから、ということにはなかなかならない。

せいぜい早くてお昼前に集合してご飯から、とか、場合によっては昼飯を取ってから出かけて特別戦くらいから、というパターンも多いし、そうなると自ずから馬券を購入するレースの数も限られてくる。

それがインターネット投票になれば、朝10時前にのんびり起きても、ゆったりコーヒーを飲みながら1レース目から楽しめる

しかも、ネット上では東京も阪神も函館も関係ない。

「どこのモニター見ても新潟のレースのオッズも馬体重も出てないじゃないか!」と場内を駆け回る必要もなく、淡々と最新の情報を見ながら、買いたいレースだけを選んで買える*4

そうなると、当然お金の流れも変わってくる

もちろん、大きいレースになればなるほど、「そこに歓声がない」「生ファンファーレすらない」という光景にちょっとした切なさを感じるのは確かだし、照り付ける太陽の暑さとか、雨の鬱陶しさとか、人混みの煩わしさとか、そんなものすら、時々懐かしくなるのも確かなのだけど、今の環境でそれ以上に得られるもの、楽しめることが増えた、ということは、やっぱり強調しておきたいところ。

既に、続々と在宅勤務体制が解除になった会社が増え、飲食店から映画館、まさかのカラオケに至るまで様々なものが「解禁」になっているのと同様に、そう遠くないうちに、中央競馬の開催スタイルも元通りの形に戻っていくことになるのだろうけど、ここ数か月の、「無観客デジタル競馬」の間にこの世界に取り込まれたファンが、この先どういう形で競馬にかかわっていくことになるのだろうか、ということは、今年の新入社員の行く末と同じくらい気になるところだったりする。

そして、このドラスチックかつ分かりやすい成功例が、これから様々な分野で、本当の意味での不可避的な「デジタル化」が加速していくであろう状況の中、そこにどうしても背を向けてしまいがちな人々に、ちょっとでも響くものになればよいなぁ、と思わずにはいられないのである*5

藤田騎手がナルハヤで見せた真骨頂。

ということで、ずいぶんと長い前振りになってしまったが、ここからが本題。

この土日は、とにかく雨にたたられた週末だった。

特に東京の土曜日の馬場などは、朝からの激しい雨でダートはもちろん芝にすら水が浮いていそうなひどい状況だったから、芝で行われるレースは、血統的にタフで、しかもスタート直後から「前」に行ける馬でなければちょっと勝負にならなかった。

日曜日になって少し状況は和らいだものの、それでも東西とも人気になった差し・追い込み馬が、ことごとく荒れた馬場の犠牲になる構図は変わらず。

本来なら東京の重馬場は得意、という馬ですら、位置取りが悪いと4着、5着が精いっぱいという状況だったから、差し馬大好きの自分の予想が外れまくったのは言うまでもない。

で、そんな中、行われたのが阪神牝馬限定ハンデ重賞、マーメイドステークスだった。

夏のハンデ戦、しかも走るのは牝馬、となれば荒れないはずがなく、ここ4年は1番人気がすべて消え、しかも2年続けて10番人気(いずれもハンデは軽量の51キロ)の馬が連に絡む、という極めて難解なレースになっていたのだが、そんな流れを受けて今年注目されていたのが藤田菜七子騎手が操る6歳牝馬、ナルハヤだった。

階級はまだ条件戦レベル(3勝クラス)。そのためハンデは51キロと恵まれ、しかも逃げて粘るタイプの馬で、重・不良馬場ではこれまで3戦2勝とくれば注目されないはずがない。

そんな注目と鞍上・藤田騎手という話題性ゆえに4番人気へと押し上げられてしまったことで馬券的な妙味は薄れたが、それでも前に行ける他の馬(特に最内枠のリュヌルージュ)あたりと組み合わせたら面白いんじゃないかな、というのが自分の戦前の予想だった。

前にも書いたかもしれないが、藤田騎手はとにかくスタートが巧く、力のある逃げ馬とコンビを組むといい勝負ができる。

レースが始まってからの展開も、そんな期待を決して裏切るものではなかった。

ゲートを出てさっと先手を取り、馬場を考えれば早すぎず、遅すぎずの絶妙なペースで終始先頭をキープ。

2番手に付けていたゴドルフィンのサマーセントの出来が思いのほか良かったようで、直線で抜け出されると捕まえるのはちょっとキツイな、という状況になったが、それでも、ゴール直前までよく粘り、初めての芝重賞での馬券圏内確保まで、あと一歩・・・のところまでは来ていた。

結果的には、最後の最後でリュヌルージュに交わされて4着。昨年の七夕賞であっと言わせたゴールドサーベラスと同順位、ということになってしまったが、上位馬との着差、という点でも、それなりの人気を背負いながら、ちゃんと人気通りの着順に持ってきた、という点でも、1年でさらに一回りグレードアップした感はある*6

そして、このまま順調に乗り続ければ、もしかしたら今年の夏の間に、もっと大きな結果を出せる機会も訪れるような気がして、ここはどんなに人気がなくても追いかけてみる価値はありそうだな、と思った次第である。

*1:5月9日以降でマイナスになったのは、前年までのボリュームがあまりに大きかったダービーの日と、NHKマイルCの開催日だけで、土曜日に限れば対前年比+10%を大きく上回る日も稀ではない。

*2:前年同開催日のオープン特別が重賞になった影響もあったとはいえ、5月10日の新潟は対前年比132.9%、この土曜日の函館も対前年比130.7%で、一日にして10億円以上の伸びを見せている。

*3:ローカル開催になると、馬三郎でも買わない限り、競馬新聞にもまともな馬柱は載っていなかったりするから、ずっと追いかけていた馬が出る等、よほどのことがなければ、そもそも買う予定すら立てない、という方も多いはずだ。

*4:このギャップがあまりに大きいがゆえに、JRA-VANを導入して以降、自分はほとんど競馬場にもWINSにも、足を運ぶことはなくなってしまっていた。ある意味「無観客」時代を先取りしていたのかもしれない・・・。

*5:もちろん、短期間のうちにこれだけ多くの需要者を取り込めた背景には、相当な歳月をかけて、「インターネットを使ってどこからでも馬券を変える仕組み」を開発し、UIにうるさい人々のクレームも浴びながら、今の「直感的に買えてしまう」システムを作り上げてきたJRAの尽力も当然あるわけで、昨日今日聞きかじったフレーズで急に「うちもDXだ!」と叫んだところで、古い仕組み、古い仕事のやり方が一朝一夕にどうにかなるものではない、ということには注意が必要だと思うけど。

*6:既に昨年、コパノキッキングで初重賞タイトルを取っている騎手に、「4着」に入った程度であれこれ言うのは失礼だ、という突っ込みもあるかもしれないが「コンビを積み重ねて自ら獲りに行った」結果には、やはり一味違うものがあると思うので・・・。

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