明日への逸走。

長い連休が明けて、さぁ気持ちを切り替えよう・・・と思っても、相変わらず東京の空はどんより。
常に湿気を帯びた路面を歩くたび、頭の中を流れる「天気の子」のサントラ。

景気づけに再開されたはずのスポーツの世界ですら、この週末は感染者が出たJ1クラブが試合中止、大相撲の若手人気力士は接待を伴う会食に出かけて師匠から一発レッド、と世相を反省した話題ばかりで、藤川球児が復活勝利と聞いてもあまり心は湧き立たない。

だが・・・今の世の中、唯一の希望は「馬」だ

元々五輪の馬術競技に備えて、恒例の3場開催から小倉を抜いて札幌と新潟の2場で変則開催されているのがこのクールなのだが、そのおかげで、というべきか、東西から馬も騎手も集結したこの2場のレースレベルは確実に上がり、特に新潟ではいつにも増して激しい戦いが増えた。

そして、そんな状況に応えるように、馬券の売上も一向に衰える兆しは見えない

昨年小倉で売り上げていた分が回った、という要素はあるとはいえ、札幌、新潟の2場だけで前年と比較すると、土曜日は対前年比∔52.1%。

札幌の重賞(クイーンS)の日程がズレた関係で苦戦必至と思われた日曜日ですら、新潟はアイビスサマーダッシュの売上が対前年比+78.2%という脅威的な売り上げを記録してトータルでも∔58.3%。さらに、札幌でもメインレースの減収を他のレースが補って前年比プラスを記録し、トータルで対前年比∔36.0%。

2場だけで480億円を超える売上だから、3場開催だった前年と比べても全く遜色ないし、1場分の開催経費がかかっていないことを考えると、主催者にとっては万々歳の結果だろう。

普段通りきっちりと馬を仕上げ、世の中の変化など微塵も感じさせない好勝負を毎レース演じてくれる競馬サークルの関係者の方々の高いプロ意識と、どんなに状況が変わっても競馬場の中で生まれるコンテンツをしっかりと配信し、売上に結び付けることができる完成されたシステム。

今、苦戦している多くの事業者に欠けているものを、10年も20年も前から、時間をかけて堅実に作り上げてきたJRAの素晴らしさはどれだけ称賛してもし足りないくらいなのだが、さすがにいつまでも「競馬一人勝ち」では困るわけで、そろそろ他の興行の世界でもこれに続くプレイヤーが出てきてくれることを願うばかりである。


で、そんな中、この週末一番印象に残ったのが、土曜日の新潟第5レースの新馬戦、4番人気・リフレイム号(牝2)の激走。

前週までのトリッキーな福島のコースとは異なり、きれいな馬場に長い直線、そして翌春の大舞台に近い広々とした左回りコース、ということもあって、クラシック候補と目される2歳馬が続々とデビューするのがこの新潟開催だし、実際、日曜日には、ここまで若干不完全燃焼感もあった新種牡馬ドゥラメンテ産駒が未勝利、新馬で2勝を挙げるなど、かなり傾向が変わったのも事実だったのだが、このレースに関しては、決して順当な結果にはならなかった。

ゲートを出て先頭に立ったのがリフレイム。人気になっていたディープインパクト産駒のノースザワールドやドゥラメンテ産駒のギャリエノワールが後方に控える中、快調にコーナーを回り長い直線を先頭で引っ張るのか・・・と思ったところで、なぜか進路はコースの外へ外へとよれていく。

先導役を失った後続の馬たちが、インで激しい争いを繰り広げる中、外ラチ沿い一杯のところをただ一頭進むリフレイム。

映像を見る限り、実況者すらこの馬の存在を見失ったのか?と思うような状況になりながらも、最後までスピードは衰えず、結局、馬場の内側の方の小競り合いをあざ笑うかのように、大きく離れて先頭を駆け抜ける・・・。

結果的に最後は後続に半馬身差まで詰め寄られる形になったものの、最後の直線を斜めに横切る壮大な距離ロスや、ゴール後、”ギリギリのところでしがみついている”という表現がしっくりくるような鞍上・木幡巧也騎手の映像などを見ると、

「普通にまっすぐ走ったら、どんだけちぎったんだろう・・・」

と思いたくなるような衝撃レースで、この勝ち馬の名は、父・American Pharoahの名とともに、ファンの記憶に深く刻まれることになった*1

American Pharoahと言えば、2015年の米3冠馬BCクラシック勝ち馬であり、ダートの世界では既に今年の3歳陣からカフェファラオ、ダノンファラオという2頭の怪物級の馬を送り出しているのだが、日本の芝のレースで勝ったのは今回のリフレイムが初めて。それでいてこの勝ちっぷりだから、まぁ何というか・・・。

馬にしてみれば、本能の赴くままに走った結果がこれ、なのであり、やれ”逸走”だ、やれ”平地調教再審査”だ、と言われても、そんなの知ったことか、というところなのだろう。

ただ一方で、新潟の外ラチ沿い、と言えば、通常のレースで芝が使い込まれていない分、馬場が良くて最後まで脚がよく伸びる「黄金の道」。この週末の重賞もそうだったが、直線1000mのレースなどでは、外枠に近いポジションからスタートした馬が、どんどん「外側」に寄っていき、そのまま逃げ切る、というケースも決して稀ではない。

そう考えると、今回の「逸走」も、もしかしたら逃げ馬が一番いいコースを選びにいったゆえの戦略の一種だったのか?という、いらぬ妄想も湧いて来たりするわけで・・・。


おそらく、この馬が次にターフに戻ってくるのはだいぶ先のことになるだろうから、それまでは、次々と勝ち上がっていく他の2歳馬を見ながら、「世代最強」の幻影を膨らませていくことになるのだろう。

そして、この馬が現役で走り続ける限り、そこで膨らんだイメージが現実になるのか、それとも虚構に過ぎなかったのか、ということもいずれは分かることなのだが、競馬の予想でも、リアルな人生でも、「好位抜け出し」のタイプのあれこれにどうしても盾突きたくなってしまう自分としては、「逸走」がもたらした本馬の残像が一秒でも長く残り続けてくれることを願っているし、一世一代のレースで堂々とよれずに王道を行く姿を見て、「あの時の逸走がここで生きた」といえれば最高だなぁ・・・と思わずにはいられないのである。

*1:新馬戦でこれだけの衝撃を受けたのは、一昨年、中山の芝1200で逃げて後続を10馬身ちぎったキースネリス以来のことである。

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