この歴史的瞬間を包んだもの。

競馬である以上、どんなレースでも波乱はあるし、「絶対」と言われた馬が沈むことだって一度や二度ではない。

そして、本命馬が人気になればなるほど、心のどこかでそれを期待してしまうのが、長くかかわって来た者の性だったりもする。

だが、少なくとも今日は違った。

単勝は断トツの1番人気、1.4倍。誰もが注目した7枠13番・デアリングタクト

既に「牝馬クラシック二冠」のタイトルホルダーであることもさることながら、ここまで土つかずの4戦4勝。

新馬戦では牡馬相手に快勝、2戦目以降は牝馬限定戦とはいえ、調子をキープするのが難しく、これまでの名だたる三冠馬でもトライアルレースではかなりの確率で取りこぼしがある若い牝馬が、ここまで美しい戦績のまま秋の大舞台に臨む、というのは、後にも先にももう見ることはないかもしれない一大事である。

いつもならこういう時にはついつい色気を出してしまいがちな自分も、今日に限っては(そしておそらく来週も、だが・・・)、いわゆる「頭固定」の相手探しに徹していた。

かつては京都の内回りコースで行われる秋華賞は、三冠の中でも最も波乱要素に満ちたレースと言われていて、ファビラスラフィンが出し抜けを食わらせた第1回からして波乱と言えば波乱だったし、先行抜け出しでティコティコタックが勝った2000年など、世紀の変わり目くらいまでは(その時点では)よく分からん馬が来たことも実際にあった。

最近ではどちらかと言えばきっちり差しが決まる展開の方が多いし、比較的人気サイドで収まるパターンも多いから、2着以降も含めて大きな「波乱」が起きることまでは全く期待していなかったのだが、展開としては、前日までの雨で馬場が渋り気味だったことも考慮して、「本命馬と粘った先行勢」という組み合わせが順当なところだろうと思っていた。

ところが、である。

ゲートを出るなり飛び出したマルターズディオサに、かかり気味のホウオウピースフルが絡む形になり、春の実績があるウインマリリン、ミヤマザクラといった馬たちも間髪置かずに追走、さらに先行安定の2番人気・リアアメリアもいつも通り前に行き、気がつくと本命馬以外の人気サイドの馬が全て前がかり、という状況になってしまった。

オークスのレースぶりなどを見れば、デアリングタクトと同じ位置から追い出しても勝ち目がない、ということは誰もが分かることで、それゆえに少しでも先手を取って前に行く、という戦術を多くの騎手が選択したのかもしれないが、この展開だと当然ペースは上がる。そして窮屈な内回りコースでは、コーナーごとに内側もごちゃつく。

一方、道中、前の二冠以上に慎重にレースを運んでいたように見えた松山弘平騎手は3コーナーにかかるくらいのタイミングで後方からスルスルと進出し、4コーナーでは一番安全な外側をきれいに回って直線では先頭とほぼ差のない位置取りに持ってくる。

そしてこうなれば、無敗の二冠馬の独壇場。

オーバーペース気味にレースを引っ張った春の実績組とリアアメリアが次々と馬群に沈んでいくのを横目に、今までGⅠの舞台では見たことのなかったような「好位」から、今までと同じような差し脚を発揮するのを見て、観客、視聴者の誰もが「三冠」を確信したことだろう。

休養明け初戦、馬体も14キロ増だったことも影響したのか、彼女の最後のスパートは、これまでのような「別次元の脚」ではなかった。

むしろ、さらに外から追いかけてきたマジックキャッスルやパラスアテナ、ソフトフルートといった馬たちの方が勢いがあったように見えたし、レース後に発表された上がり3ハロンのタイムを見ても、今回のデアリングタクトはこれまでのような頭一つ抜けたタイムではなく、むしろ上位4頭ほぼ一線、という形になっている。

それでも、付けた着差は1馬身以上。どう見ても負けようがない完勝である。

そして最後の脚色が同じだったからこそ、道中で後方にいながら直線の入り口では一歩も二歩も先に前に馬を持って行くことができた松山騎手の腕と、その指示に的確に応えたデアリングタクトの賢さが際立ったレースだったともいえる。

かくして、日本競馬史上初の「無敗の三冠牝馬が誕生した。

これまで多くの馬がローテーションで使ってきた(そして実力を出し切れずに躓いた)ステップレースを使わず、ぶっつけに近い状態でレースを使ってもきっちり結果を出せる、そんな仕上げができる調教師*1と、それできちんとコンディションを整えられる馬あっての快挙である。

もちろん、これだけ世代で一頭の馬が傑出している(牝馬だけでなく牡馬も・・・)という状況を見れば、「もしかしたら他の3歳馬が弱いだけじゃない?」という意地悪なことを言う人も当然出てくるし、実際そうなのかもしれない*2

だけど、たとえテレビ画面越しでも、今日のレースを目撃することができた者の一人として、今はそんなことはどうでもいいじゃないか、と思う。

それくらい今日の勝ち方は「三冠」にふさわしい強さと美しさを備えていた。

そして、ゴール後にどこからともなく沸き上がった「拍手」の音をテレビのマイクが拾った時、ちょっと胸が熱くなったのも、自分だけではなかったはずだ。

まだ平時ではないが「無観客」でもない。

声援を飛ばすことはできないが「拍手」ならできる。そして全国のファンを代表してその場にいる約800名くらいの入場者が、映像に載せて、ありのままの気持ちを全国の視聴者に届ける・・・。

いつもとは違うが、これまでとも違う。そのことが、これほど心に染みたことはあっただろうか。

馬券の勝ち負けにかかわらず、全ての競馬愛好者に訪れた幸福な週末。来週も引き続き、より大きなインパクトとともに、至福の時を味わえることを願っている。

*1:まだ開業5年目の杉山晴紀調教師だが、元々手腕には定評があったし、これでますます名トレーナーとしての道を歩んでいくことになるのだろう。

*2:古い話になるが、ナリタブライアンヒシアマゾンという歴史に残る牡馬・牝馬が登場した1994年の3歳(当時はまだ4歳)馬も、他の世代との戦いでは常に苦戦していた。

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