「非正規格差」訴訟がもたらす日本の雇用の未来

ここ数年、人事労務業界に大きな話題を振りまいてきた「非正規格差」訴訟で、先週、遂に最高裁が労働契約法20条に関する解釈、判断を示した。

「正社員と非正規社員の待遇格差を巡る2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は1日、定年退職後の再雇用などで待遇に差が出ること自体は不合理ではないと判断した。その上で各賃金項目の趣旨を個別に検討し、両訴訟で一部手当の不支給は「不合理で違法」として損害賠償を命じた。労働契約法20条は正社員と非正規社員の不合理な待遇格差を禁じており、同条の解釈を巡る最高裁の判断は初めて。」(日本経済新聞2018年6月2日付朝刊・第1面)

当時の世相を反映して、労働契約法に以下の条文が追加されたのは、平成25年のこと。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。(強調筆者、以下同じ)

あれから約5年、この日の2判決は、様々な解釈が飛び交った労働契約法第20条をめぐる攻防の一つの到達点、ということになる。

日経紙をはじめ、各メディアでも最高裁判決の要旨を取りあげて、かなり詳細にこの2判決を取りあげている。
とはいえ、やはり、若干ミスリードのように思える紹介のされ方をされている箇所も散見されるので、備忘も兼ねて残しておくことにしたい。

最二小判平成30年6月1日(H28(受)第2099号、第2100号)*1

労契法20条訴訟の「代名詞」としてここ数年労働判例雑誌の話題を独占し、今後も「リーディングケース」と位置付けられるのは間違いないのが、このハマキョウレックスの事件である。

原告側の請求は、無事故手当,作業手当,給食手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当,家族手当といった手当の格差のみならず、賞与,定期昇給及び退職金にまで及び、救済手段も、主位的請求として「本件賃金等に関し,正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認」(地位確認請求)+差額賃金請求、予備的請求として差額に相当する損害の賠償請求、とフルコースで立てている、いわば「労働契約法第20条でどこまでできるか?」を試すような事例であった。

最高裁は、高裁判決と同様に、地位確認請求と差額賃金請求については、

「労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることや,その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば,同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり,有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。もっとも,同条は,有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり,文言上も,両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」(5〜6頁)

と、いずれも退けており、この点に関しては、厚生労働省が法改正時に示唆したエキセントリックな解釈論*2最高裁が改めて明確に否定した、というくらいの意義しかない*3

一方、損害賠償請求に関しては、いろいろと興味深い論旨が散見される。

まず、労働契約法20条の立法趣旨を、

「同条は,有期契約労働者については,無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく,両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。そして,同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。」(5頁)

とし、「有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に」というフレーズを盛り込んだこと、そして、これを受けて、

「労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより相違していることを前提としているから,両者の労働条件が相違しているというだけで同条を適用することはできない。一方,期間の定めがあることと労働条件が相違していることとの関連性の程度は,労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるか否かの判断に当たって考慮すれば足りるものということができる。」(6頁)

と述べていること。

この太字部分は本件でも別事件でも繰り返し強調されており、特に別事件の方では結論にかなり大きなインパクトを与えているだけに、当たり前のことのようで、ここで明記された意義は大きいといえるだろう。

そして、最高裁は、続けて、これまで争われてきた労働契約法20条の各要件について以下のような解釈を示している。

「同条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。」
「同条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。」(以上7頁)

初めての判断ということを意識したからなのか、個人的にはやや日本語を丁寧に書きすぎている、という印象があるし、「期間の定めがあることにより」については、あてはめ*4がかなり拍子抜けの印象だが、その後に述べられた不合理性の立証責任に関する説示*5と合わせて、今後、繰り返し引用されることになるのは間違いない。

キモとなる不合理性の判断については、「皆勤手当」に関する部分*6を除いて原審の判断を追認する形となっており、最高裁が認容した、ということ以上のインパクトはないのだが、本件の第一審判決で原告の請求がことごとく退けられていたことを考えると、使用者側にとって衝撃の結果となったことは確かだと思う。

最二小判平成30年6月1日(H29(受)第442号)*7

実務的なインパクトがより大きくなりそうなのが、こちらの長澤運輸の事件の方で、政策的に積極的な高年齢者継続雇用の慫慂が求められている中で、最高裁がどのような落としどころを示すか、ということが関係者の最大の関心事であった。

結論としては、一部の正社員に限った手当について「不合理」とされたものの、「違い」を認めた高裁判断の根底は揺らいでいないから、企業側の人事担当者の多くはホッと胸をなでおろしたところだろうが、メディアが強調するほど「格差」が全面的に肯定されているわけでもなく、それだけに受け止め方はより難しい。

以下、少し長くなるが、判決のキモの部分を引用しておく。

「被上告人における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下,併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。」(9頁)

「被上告人における嘱託乗務員は,被上告人を定年退職した後に,有期労働契約により再雇用された者である。定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。」(10頁)

以上のような論旨により、「正社員」と「定年後に再雇用された者」との間に労働条件の一定の違いが生じ得ることを前提に、賃金項目の趣旨を個別に考慮した結果、最高裁は「精勤手当」とそれをベースにした「超勤手当(時間外手当)」の部分についてのみ、新たに不合理性を認めた。

結果的に使用者側の持ち出しが増える形になっているものの、異なる2つの賃金体系を精緻に分析した上で、基本的な部分では両者の“併存”を認めた、というのが結論だから、筆者としてはそんなに大きな違和感はない。

判決でも認定されているように、業務の内容も責任も、再雇用前と全く同じであるにもかかわらず、賃金だけが引き下げられるのはおかしい、という感情論が消えることはしばらくないのだろうが、そこだけを強調してしまうと、「継続雇用する時は賃金に相応しい単純労働しか与えない」という運用にもなりかねないわけで、そうなると「賃金が下がっても良いから、これまでと同じ仕事をしたい」というニーズには全く添えない、ということにもなってしまう*8

両判決が今後の雇用に与えるインパクトについて

さて、この2つの最高裁判決が出たことで、今後どうなるか、ということだが、両判決の論旨に沿って労働契約法20条が威力を発揮することが労働側の人々が主張するような「非正規労働者の待遇向上」につながるか、といえば、個人的には大いに疑問がある。

例えば、既に一部の企業の動きとして報じられているように、「手当」格差の問題は、これまで慣例的に付されていた「正社員の(無駄な)手当」を削減する、という方向で解決が図られており、労働契約法20条に基づく損害賠償請求は、一時的な救済にはつながっても、非正規労働者の労働条件を押し上げる方向には必ずしも機能しない。

もちろん、これだけ労働現場で「人手不足」が叫ばれている中、労働条件を引き上げないことにはそもそも人を揃えられない、という現実があるし、現に短期的な基本給ベースで見れば、同世代の正社員の賃金よりも、有期雇用社員の賃金の方が上回っている、という業種も最近では決して稀ではなくなっているから、結果的に、“派遣切り”の時代に問題視されていた状況はかなり改善されてきているのだが*9、パッチワーク的な労働政策が乱発された結果、割を食っている正社員中間層もいることは忘れてほしくないところ。

個人的には、いずれもう少し時が経てば、「正規」と「非正規」の雇用市場におけるポジションが逆転する可能性は高いと思っているし*10、その方が世の中の進歩にもつながると思っているのだけど、そこにたどり着くまでの苦しみを誰が(どの世代が)味わうか、ということは、常に心に留めておきたいと思っているところである。

*1:第二小法廷・山本庸幸裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/784/087784_hanrei.pdf

*2:無効とされた労働条件の部分について、「基本的には」無期契約労働者と同じ労働条件が認められる、という類の見解(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/pamphlet07.pdf)。

*3:労働契約といっても契約であることに変わりはない以上、勝手に補充的効力で条件設定がされてしまうような解釈はなるべく慎むべき、というのが自分の考えである。

*4:「本件諸手当に係る労働条件の相違は,契約社員と正社員とでそれぞれ異なる就業規則が適用されることにより生じているものであることに鑑みれば,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって,契約社員と正社員の本件諸手当に係る労働条件は,同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということができる。」というくだり。

*5:「両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから,当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が,当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が,それぞれ主張立証責任を負うものと解される。」(7〜8頁)

*6:ここは、そもそも「手当」の位置づけに関する評価の違いに起因する判断変更だと思われ、金額(月1万円)的なインパクトは決して小さくないが、最高裁判決で示された事実に基づく限り「不合理」という評価も至極妥当なものと思われる。

*7:第二小法廷・山本庸幸裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/785/087785_hanrei.pdf

*8:もちろん、「これまでと同じ賃金でこれまでと同じ仕事ができる」なら、それにこしたことはないのだが、どんな会社でもかけられる人件費には限界がある以上、上に手厚くすれば必ず若年層にしわ寄せが及ぶ。それを度外視して高年齢雇用者の保護だけを叫ぶのは、バランスを失した議論だと思う。

*9:そして「人手不足」が、今後10年〜20年改善される余地のない問題であることを考えると、この傾向が進むことはあっても逆戻りすることは考え難いのが今の日本の状況である。

*10:不安定な会社で満足の行くキャリアも形成できないまま低待遇にあえぐ「正規」社員と、若いうちから好労働条件の職場を渡り歩いて一財を築く「非正規」社員・・・。

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