まだ解のない問題を論じ続けなければいけないことの難しさ

比較的余裕のある時でも、一度読んだだけでスッと頭の中に入れるのは難しい、そんな話だけに読んだ後もしばらく温め続けてしまったのが、先月発売のジュリストの特集「正規・非正規の不合理な待遇格差とは」に関する話題である。

ジュリスト 2021年 03 月号 [雑誌]

ジュリスト 2021年 03 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/02/25
  • メディア: 雑誌


言わずもがな、昨年10月に出された最高裁判決5件を踏まえた特集記事なのだが、ジュリスト誌では、今年の1月号でも「ジョブ型雇用」をめぐる特集が掲載されたばかりで*1、中1か月でこの特集、という状況を見ただけでも、それだけ今この分野が熱い、ということを思い知らされる。

で、特集の中身に目を移すと、荒木尚志東京大学教授の司会の下、企業実務者お二人を交えた座談会に始まり*2山川隆一東京大学教授、水口洋介弁護士(労働者側)、三上安雄弁護士(使用者側)がそれぞれ「最高裁5判決」の意義を論じた上で、最後に最高裁調査官がメトロコマース事件の解説を書く、という構成になっているのだが、他の法律雑誌等と比べて興味深いのは、取り上げられている意見の多くが”穏やかな”トーンに収まっている、ということ、そして、労働契約法旧20条の下で出された一連の判決が現在のパート・有期労働法の下でも参考になり得る、というトーンが優勢になっているように読めるところだろうか。

「今回の最高裁判決、特に2020年の10月に出た判決を見ると、(略)特に企業が困る判決ではないというのが私の印象です。」(守島基博教授発言・22頁、強調筆者、以下同じ。)

「5判決とも、同条(筆者注:パート・有期労働法8条)の文言と同様に、労働条件の「性質」や「目的」を検討した上で不合理性を判断しており、説示のしかたも同一労働同一賃金ガイドラインの表現に近いものがある。また、「適切と認められるものを考慮して」という文言については、旧労契法の下でも、職務内容などの事情は、不合理性判断の評価根拠事実または評価障害事実であり、不合理性の評価に積極・消極の影響を与える限りで考慮の対象となり得るものであるから、この文言を追加したことは、そうした不合理性判断のあり方を明確化する主旨のものと考えられる(法改正時の国会審議でも同旨の答弁がなされている)。そうすると、5判決の判断は現行法の下でも参考になるといえよう。」(山川隆一「旧労契法20条をめぐる最高裁5判決」ジュリスト1555号34頁(2021年))

「先立つ最高裁2判決の不合理性の判断枠組みは、その後に施行されたパート・有期法8条の判断枠組みを既に取り込んでいるものと評価でき、また、前記(略)で述べたとおり最高裁5判決も同様に同条の判断枠組みを取り込んでいるものと評価できることから、最高裁2判決はもとより最高裁5判決も労契法20条を継承したパート・有期法8条においても先例としての意義を有し、同条の解釈指標になるものと考える。」(三上安雄「使用者側からみた最高裁5判決の意義と課題」ジュリスト1555号52頁(2021年))

もちろん、「労働者側」の立場から書かれている水口弁護士の論稿では、ハマキョウレックスの最高裁判決と比べて、今回の5判決(特に大阪医科薬科大学事件における「賞与」や、メトロコマース事件における「退職金」)に関し、「均衡の観点からの審査」が不十分である、と厳しく指摘されているし、労働契約法旧20条とパート・有期労働法8条とでは法文上大きく異なっている点がある、として、

「今後はあくまで新法の条文に従って判断されるべきである」(47頁)

ということも述べられているのだが、調査官解説も含めた本特集全体の傾向を踏まえると、どうしても浮いた指摘のようになってしまっていることは否定できない。

自分自身、これら5件の最高裁判決が昨年出た時には、一見ドラスチックに見える”逆転”判決も、原審から追ってみてみると概ね無難なところでバランスをとっていることが分かるので、最高裁の結論だけを見て騒ぐのはちょっと違うかな・・・というトーンでエントリーを上げたくらいだから*3、いずれも一事例判決、として穏当に受け止める方向で考える方が健全だろうと思っているところはある。

また、少なくとも「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パート・有期労働法)が制定された当時は、

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

という労働契約法の条文が、

(不合理な待遇の禁止)
第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない

というの条文に変わることでドラスティックな変化が生じる、などと思っていた人は、少なくとも現場レベルではいなかったような気がするから、一連の最高裁判決の法理が2020年4月1日以降もそのまま引き継がれる、ということは自分も全く疑っていない。

ただ、難しいのは、1点目(一連の最高裁判決の影響度)についてはともかく、2点目については、現に法律が変わってしまっている以上、実際に事件が裁判所に係属した時にどのような判断が下されるのか、現時点では誰も完璧に予測することなどできない、ということだろうか。

改正前後の条文の構造と最高裁判例の論旨を、要件事実を軸としたアプローチで、当事者の主張立証責任、という観点から解きほぐそうとする山川教授の論稿などは、自分にとっては非常に説得的に映るのだが、今の条文の構造上、規範的評価の仕方如何によっては解釈が大きく動く可能性も当然あるわけで、政府のガイドラインがそうだったように、その時々の世相や裁判官の感覚によって、「旧20条」下での判決の結論とは全く異なるものが導き出される可能性も、決して否定することはできないはずである。

一番問題になりそうな「退職金」に関しては、既に「正社員」に対しても支給を予定してしない制度設計の会社が相当な数を占めるようになってきていること、そして、支給される側にとっても、今や数十年先の支給をあてにして仕事に従事する動機が薄れていることを考えると、新法の下で最初の最高裁判決が出る頃には、「いずれにも支給しない」という形で均衡待遇が実現するのではないか、という気もするところだが、そういった人事慣行の変化も含めてまだまだ不確定要素が多いだけに、ジュリストの前記特集における議論も、まだまだ”途中経過”に過ぎないのだよな・・・と。

そして、そういう状況でも、正面からこのテーマに向き合っている識者と実務家の方々の思いに触れることができるこの特集には、一読以上の価値があると思う次第である。

*1:「ジョブ型」は魔法の杖ではない、ということを改めて。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:荒木尚志[司会]=大篠裕史=長澤護=守島基博「不合理格差是正と人事管理の課題」ジュリスト1555号14頁(2021年)。

*3:上告審判決を見ただけでは分からないもの~「待遇格差」をめぐる最高裁判決5件の意味。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~、もっともメトロコマース事件の退職金に係る結論については、疑義が出ても不思議ではない、とも感じていた。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html