デジタル広告分野における「独占」の意味。

最近、公正取引委員会が、これまであまり切り込んでこなかった分野で、実態調査のアンケート結果を交えつつボリュームのある報告書を出す機会が随分と増えたような気がする。

今月の中旬に出された「デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」もそう。
www.jftc.go.jp

報告書のデザインが洒落ているのは、まさに最近の公取委報告書のトレンドだし、何よりも内容がタイムリーということもあって、一週間経った今日26日、日経紙がわざわざ社説で取り上げるほどの注目度である。

公正取引委員会がネット広告市場の調査報告をまとめ、独占禁止法に違反するおそれがある行為について見解を示した。ネット広告でも寡占を強める巨大IT(情報技術)企業をけん制する狙いだ。取引の透明化につながる実効性ある取り組みを期待したい。」(日本経済新聞2021年2月26日付朝刊・第2面)

「デジタル・プラットフォーマー」の話、というと、ともすれば、「個人情報を取られる一般ユーザー」対「巨大プラットフォーム」という二極構造でとらえられがちだし、前記日経の社説も、そういう議論の延長線上で書かれているようなところが垣間見えるのだが、今回の公取委の報告書に高い価値を見出すとすれば、「デジタル広告分野」というものをそういった単純な構図の中で論じるのではなく、広告主、広告代理店、媒体社、広告仲介事業者、といった様々なアクター、プレイヤーに着目し、しっかりとそれぞれの「市場」を意識しながら検討する姿勢を見せている、という点だろう。そして、複雑なデジタル広告の取引形態を類型化して極力分かりやすく説明しようとしている姿勢も、この手の報告書にしては非常に優れている、という印象を受けた。

自分自身、ここ1~2年の間にこの分野の案件に触れる機会は劇的に増えていて、特に広告主と媒体社の間でニッチに利益を上げに行く中間商流のあれこれに関わる機会が多くなっているから、一連の取引プロセスも一通り頭の中に入っていたつもりだったのだが、改めて読んでみるといろいろと新しい気付きもあったりして、ともすればプレイヤーも、それを結び付ける契約も、断片的な”パーツ”の組み合わせになっていることが多いこの業界で、こういう形で上流から下流までしっかり敷衍した資料が世に出ること自体が貴重だな、と思わずにはいられなかった。

もちろん、これはあくまで「実態報告書」であって、ガイドラインのように公取委の運用指針を示したものでもなければ、個別の案件への処分を念頭に書かれたものでもない。

だから、ところどころに出てくる「独占禁止法・競争政策上の考え方」の記述も、多くは仮定的な書き方にとどまっているし、それでいて「おそれがある」は随所で連発されているので、これを読んでちょっとどころではなく嫌な気分になった方もいらっしゃるかもしれないが、ことこの分野に関しては、今の段階では、実態をある程度オープンにして、(抽象的な「巨大プラットフォーマー悪玉論」で終わるのではなく)具体的な法の適用の可能性の思考実験を行う、ということだけで意味があると自分は思っているので、この報告書を出発点により議論が深まっていくことを願っている*1

個人的に非常に興味深く読んだのは、この報告書の中で所々に出てくる

「主な指摘とこれに関するデジタル・プラットフォーム事業者の説明」

というくだりだろうか。

”被害者”側だけでなく、”加害者”と疑われる側のコメントも載せて比較するのは、昨年末の「スタートアップ」に関する報告書や、コンビニのフランチャイズ契約に関する報告書などでも用いられていた、最近の公取委絡みの報告書でよく見る手法なのだが、今回印象的なのは、「デジタル・プラットフォーム事業者の説明」が、実に威風堂々としている、ということだろうか*2

例えば、「あるデジタル・プラットフォーム事業者との契約では,何らかの障害が発生して広告が配信できなかった場合,当該デジタル・プラットフォーム事業者に対して損害賠償請求はできないという免責規定が設けられている。一方で,当社に対してはデジタル・プラットフォーム事業者が補償を求めることができるという規定があり,不公平である。」(56~57頁)という媒体社、広告仲介事業者の指摘に対し、

当社の契約のいかなる規定についてのものであるか(そもそもそのような規定があるのか)不明確である。当社の媒体社に対応する広告仲介事業向けの利用規約における責任制限条項は,両当事者に同様に適用される。」
「当社は,上記の指摘は当社に該当するとは考えていない。当社のサービス上の広告キャンペーン,又は当社のサービス経由で広告配信される第三者のウェブサイト上の広告キャンペーンにおいて,同キャンペーンに影響が及ぶ事象(「バグ」)が当社サイドで生じた場合には,当社は,返金又は広告クレジットの形で広告主に対して金銭的補償を行っている。さらに,当社は,異常に多くのアプリのインストールや広告のクリック等の異常な事態や疑わしい行動をモニターする一連の社内ツールを整備している(こうした異常な事態は,不用意なクリックを誘発するように広告が掲載されていたり,人ではなくボットが「クリック」したりしていることの証拠となり得るためだからである。)。このように疑わしく無効と考えられ得る行為については,不正な媒体社や広告主を特定するための調査を行っており,当社では,現在,無効と判断した行為(クリックやインプレッション等)については広告主に対して課金していない。」
「当社の通常の約款においては,懸念されているような,何らかの障害がメディア側に発生して広告が配信できなかった場合にまで,デジタル・プラットフォーム事業者が直ちに補償を求めることができると解釈できる条項は見当たらないとの認識である。そのため,もしこうした懸念があるのであれば,具体的な契約条件を互いに見ながら,契約解釈の議論をするところから始めることが適当と考える。なお,当社の場合は,契約違反によって生じた損害について損害賠償請求ができる定めは,相互に対して規定されていると認識している。」
(57頁、強調筆者)

と、正面から指摘を受け止め、これでもか、というくらい「反証」をした上で、「文句あるなら議論しようぜ」という堂々たる切り返しで応えている*3

他にも、「デジタル・プラットフォーム事業者から開示される情報では,当社の媒体に掲載された広告の単価,広告主がどのようなターゲティングを行ったのかなどが分からない。情報開示が不十分であるため,ブランドイメージの維持が難しい。」(83頁)という媒体社のコメントに対して、

「単価やインプレッションなど基本的な情報は開示しており,媒体社から更なる情報提供を求められたことはない。個別事象の問い合わせに対しては,個別回答で対応している。広告主に対するデータレポートについても,現状特に提供の要望を受けていないため,現在実装の準備はない。もちろん,要望がある場合には検討することは可能である。」(83頁)

と切り返しているあたりは、まさに横綱相撲だと言えるだろう。

さすがに、「デジタル・プラットフォーム事業者が契約の締結に当たって一方的に内容を定めている」という広告仲介事業者や媒体社の指摘(52頁)に対して、

「当社とユーザーの契約の中には,当社が裁量的に利用規約を変更できることが定められている場合もある。当社が常にサービスを変化させ改善させたり,法律上の理由やサービスのセキュリティ・整合性を維持するためである。当社が利用規約を変更できることが契約に定められている場合,変更前の利用規約に基づきビジネスユーザーがサービスの利用を継続することは,機能の変更によるサポート終了,違法となる可能性,又は当社のサービスのセキュリティ及び整合性を損なうおそれのため,可能ではない。ただし,ビジネスユーザーは,変更後の利用規約に同意したくない場合は,サービスの使用を中止することができる。」(53頁)

という切り返しをしているところなどは、「そんなに簡単に中止できるわけねーだろ」という国内の仲介事業者たちの怒りを買うことは必至のような気がして、もう少しマイルドな回答はできないものか、と思ったりもするのだが、「プラットフォーマーの横暴だ!」と陰で呟いている事業者の多くが、彼らの力を恐れている、というよりは、それを面倒と思うがゆえに特段アクションも起こさない、という現実があるのは確かだし、そもそもまことしやかに流布されていることが、確たる根拠のない、ただの噂話だったりするのもこの世界。

そこで、

「当社の明確な料金体型は,英国 CMA により,そのオンラインプラットフォームとデジタル広告に関する最終報告書の中でも認められて」いる(81頁)

と堂々と胸を張る相手と互角に戦おうと思ったら、法の適用以前に、あれこれと変えなければいけないことは多いような気がしてならない*4

あと、最後の章、「デジタル広告取引の伸長に伴う媒体者間競争の変化とその変化に伴う消費者への影響」(120頁)の中の、「デジタル広告においてコンテンツの価値が評価されにくい構造になっている」という指摘に関しては、なるほど、と思う一方で、なぜこの文脈で特定のプラットフォーマーが作り出した広告市場上での話だけを議論しなければならないのか?という疑問も湧いてくる。

要は、本当に価値のあるコンテンツ、価値のある媒体だと思うのであれば、他人が作ったアドネットワークに乗っかるのではなく、自ら広告主を集めることだってできるのではないか?という素朴な疑問である。それは広告の効果が(巨大プラットフォーマーのせいで)分からない、とぼやく広告主にとっても同じこと。

24時間、番組の隙間で切り売りされるテレビCMとは異なり、インターネット広告の場合、リソースはほぼ「無限」に存在する。

だから、あえて代理店をかまさなくても、効果的な広告のやり方を考えることはいくらでもできるはずなのに、「技術がない」「ウェブのことはよくわからない」「面倒だから全部任せる」みたいな流れで、インターネット広告代理店に諸々丸投げした結果、各プレイヤーのフラストレーションがたまることになっているのだとしたら、そのとばっちりを食らう「巨大プラットフォーマー」もたまったものではないだろう。

もちろん、「広告」の可能性は追及できても、「検索」は巨大プラットフォーマーに代わるものなし、というのが今の世の中の現実だから、両者が巨大プラットフォーマーによって作為的にリンクさせられない、ということは絶対条件なのだが(そして、この点こそが、各国の独禁当局がもっとも疑い、切り込もうとしているポイントでもある)、その部分の公正さえ確保されているならば、あとは競争法のエンフォースメントに過度に依存しなくても、問題を解決することはできるのではないか。

ということで、まだまだ生煮えの発想ではあるのだが、市場に対する細かい分析がなされてこそ、そういった発想も浮かんで来るわけで、このような形で有益な資料を世に出していただいたことには感謝しなければならない、と改めて思った次第である。

*1:正直言えば、技術の変化もトレンドの変化も極めて早い分野で、中間商流の事業者ともなれば、数か月単位で打つ施策も力の入れどころもガラッと変わってしまう世界だから、そこで「数年」スパンの独禁法の世界のエンフォースメントが威力を発揮できるかどうかといえば半信半疑なのだが、そうでなくても劣位に置かれがちな事業者にとっては、交渉の材料が一つ二つ増える、というだけでも意味はあると思っている。

*2:報告書によれば、ヒアリングを受けたのは「グーグル、フェイスブックツイッター、ヤフー、ライン」の5社のようだが、随所に出てくる「日本のビジネスユーザーからは・・・」という表現や、翻訳風の独特の言い回しからすると、回答の多くは外国に拠点を置き、かつ、世界中でこの手の問題と戦い続けている超巨大プラットフォーマーではないのかな、と思ったりもする。

*3:実際、この業界で生じる問題の多くは、プラットフォーマーそのものとの契約ではなく、その間に介在する代理店等が仕掛ける過剰なまでにリスクヘッジされた契約に起因する、というのも現実だったりする。

*4:ちなみに英国CMAの最終レポートはOnline platforms and digital advertising market study - GOV.UKで、一度読もうと思ってからかれこれ1年近くになるが、あまりのボリュームゆえにまだ手が付けられないのは遺憾の極みである。

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