突きつけられたリミットと未だ消えぬ疑問

JPXが昨夏から始めた「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」。

第1回の頃から既に不穏な空気が漂っていたのだが*1、その流れは遂に変わらないまま、残酷な結論が示された。

東京証券取引所は25日、プライム市場などの上場基準に満たなくても暫定的に上場を認める「経過措置」を実質4年で終わらせる案を発表した。経過措置は2022年4月の市場再編を起点に3年で終了し、その後1年の改善期間を設ける。それでも基準を満たせなければ監理・整理銘柄に指定され上場廃止になる。プライム市場で基準を満たしていない約270社は上場維持に向けた経営改革が急務となる。」(日本経済新聞2023年1月26日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ)

JPXのウェブサイト(市場区分の見直しに関するフォローアップ会議 | 日本取引所グループ)には、この会議の毎回の配布資料と議事録が掲載されているのだが、年明け1回目、1月10日の時点では、「速やかに経過措置の取扱い方針を決定し・・・」となっていた「今後の東証の対応(案)」の記載*2に、具体的な「終了時期」の案が付け加えられ*3

2025年3月以後に到来する基準日から、本来の上場維持基準を適用
基準に抵触し、1年以内(改善期間)に改善しなかった場合は、監理銘柄・整理銘柄(原則として6カ月間)に指定
(スライド4頁)

という文字が残酷なまでに躍っている。

記事になっていなかったところで、対象となる会社にとって唯一朗報(?)かもしれないのが、

「施行日の前日において、2026年3月以後最初に到来する基準日を超える期限の計画を開示している会社については、明確な期限の定めがない中で策定された計画であることや、計画に基づき着実に進捗している会社もあることを踏まえ、計画期限における適合状況を確認するまで監理銘柄指定を継続」(スライド4頁)

というくだりだろうか。

既に公表されている計画書では、改善に向けた達成期限を「2027年3月期中」とうたっている会社も相当数あったし、中には「2030年12月期」とか「2032年3月末まで」としている会社もあるから、そういう会社にとっては、リミットが過ぎても形式的には現市場にとどまれる、という点では意味がある。

ただ、そうはいっても、ずっと「監理銘柄」という扱いを受けるのは決して居心地の良いものではないし、ある程度常識的な範囲(2024~2025年あたり)でターゲットを設定していた会社は、ちょっと目算が狂えば早々に市場からの退出(よくて降格)を余儀なくされるのに、「いいのかこれ?」と突っ込まれるようなロングスパンで計画を出した会社(裏返せば、3年や4年では到底基準をクリアできないレベルの会社)の方が長く上位市場への上場を維持できる、というのも、何とも矛盾した話のように思えるから*4、実質的には2027年3月頃までには”決着”が付くのだろうな、というのが現時点での印象。

となると、”崖っぷち”の会社にとっては、まさにここからの2~3年が正念場、ということになる。

この話に関しては、何かと「プライム市場」の基準未達組が注目されがちだが、これらの会社の場合、

「転んでもスタンダード(市場)」

だからまだ良い。

本当に大変なのは、現在スタンダード市場で基準未達、それも「流通時価総額」という、もっともコントロールが難しい指標に抵触してしまっている会社である。

21年6月末の基準日時点で元々120社くらい存在したところに、その後のウクライナ情勢等の影響も受けた株価低迷で、さらに20社程度、追加で「基準割れ」を起こしているのが今の実態*5

投資家の目線でいえば、「たかだか流通時価総額10億円の基準もクリアできないような会社は、MBOするなり、どこかに買われてしまえばよい」ということなのかもしれないが、どんな会社にも、「その会社が上場していること」に誇りを持つ社員はいるし、ステークホルダーもいる。

そもそも、どんな会社でも株式を広く流通させ、市場の規律の下に置くことで、会社やそこで営まれる事業の透明性を確保し社会に資する、というのが、「上場」というフェーズが持つ本来の意義だったはずで、「株価が伸び悩んでいるなら市場から出ていけ」というのは、伝統的な株式公開の思想とは相反する面も多い、ということは、ここで指摘しておかなければならないと思っている*6

ちなみに、記事にはなっていないが、同じタイミングで公表されている「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理(案)」*7には、「コーポレート・ガバナンスの質の向上」と題して、以下のような恐ろしいことも書かれている。

「例えば、「検討中」というエクスプレインのまま、数年間も放置している事例があるなど、コンプライ・オア・エクスプレインが形骸化している企業が見られることから、東証からコンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を改めて周知するとともに、エクスプレインの好事例や不十分な事例等を明示し、適切にコンプライ・オア・エクスプレインを実施していない企業に対しては、必要に応じて改善を促していくべき」(スライド8頁)

「コーポレート・ガバナンスの質の向上にも注力すべき」という主張自体には何ら異論はないのだが、自分のこれまでの経験上、「検討中」と記載して「エクスプレイン」を行っている会社は、多くが良識派の会社だったりもする。

求められていることが大事だ、ということは良く分かっているから、無理に突っぱねるようなエクスプレインはしない。だからと言って、完全にできていないものを「コンプライ」とするのは抵抗があるから、真面目な担当者は正直に「検討中」と書いて「エクスプレイン」の扱いにする。

これを「不適切」と決めつけた時に次に何が起きるかと言えば、一部の大手企業がやっているような、「形だけのコンプライ」の跳梁跋扈になることは、火を見るより明らかだろう。

本当に「質の向上」を図りたいのであれば、「エクスプレイン」をしている会社の重箱の隅をつつくより、「コンプライ」している会社に「中身」があるかを検証する方が先でなければいけない、と自分は思っている。

そして「上場維持基準」の問題ともども、現実に会社の中で起きている問題に気付き、的確に指摘する有識者の声が様々な政策に反映されるようになるまでは、どんな形であれ、声は上げ続けなければならない、とも、思っているところである。

*1:当時のエントリーは↓k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/co3pgt0000005cca.pdf

*3:https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/fi1l5r0000000tc8.pdf

*4:なお、今から計画を修正して、当初の予定よりも達成期限を後にずらすことで”特例”の恩恵にあずかることも理屈の上では可能だが、それに対しては「当取引所において変更理由等を慎重に確認」することとされており、そう簡単には認めてもらえないような気がしなくもない。

*5:プライム市場でも新たに「基準割れ」となった会社が20社弱いることからも分かるように、「流通時価総額」の基準を満たせるかどうかは、相場の地合いにかなり左右される面が大きいため、個人的には機械的に引いた一線の数字を超えたかどうか、だけで上場基準の充足性を判断するのは合理的ではないと思っている。

*6:もちろん、下位市場で株価が低迷している会社の中には、そもそもガバナンス面も含めて上場を維持させるに値しない、という会社が一定数存在するのも確かだから、「そういった会社をフィルターにかけるための選別が必要なのだ」と言われてしまえば、一応話を聞かざるを得ないところはあるのだが・・・。

*7:https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/fi1l5r0000000tc3.pdf

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