泣いても笑ってもあと20日。

最近、定期エントリーのようになってしまっている東証の市場選択手続きの話。

各社に通知が送られた頃は、まだまだ先の話だな、と思っていたのに、気が付けば手続期限まで20日を切っている。営業日としては実質10日ちょっと。

今月の半ばから後半に取締役会への付議を予定している会社のご担当者の中には、そうでなくても慌ただしい年末、より気力体力を奪われるバタバタ劇に振り回されている方もかなりいらっしゃるのではないかと推察する。

さすがにこの段階になってくると、「プライムに残るか、それともスタンダードに行くか」の方針自体が決まっていない、という会社はほとんどないだろう*1が、当初は「誰が好き好んで下位市場に・・・」という雰囲気だった世界が、思い切って踏み切った数社の勇気と、それを大々的に報じるメディア等に後押しされた形で、次々と広まっているように見える現実もある。

そして、天下の日経紙でも、10日の朝刊に以下のような記事が掲載されるに至った。

東京証券取引所の新市場への移行申請を年末に控え、最上位市場である「プライム」以外を選ぶ1部企業が相次いでいる。日本オラクル大庄、白洋舎など146社が11月末時点でプライムに次ぐ市場の「スタンダード」を選んだ。プライムの基準に未達だったり、基準を満たしていても身の丈に合った市場に上場したいと考えたりする企業が目立つ。」(日本経済新聞2021年12月10日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ。)

実のところ、この記事が基準にしている11月末時点では、まだ「スタンダード市場行き」を宣言した会社よりも、「経過措置を使ってプライム市場に残る」と宣言している会社の方が数は多い

だが、この記事を見ると、「スタンダード」を選んだ会社については、その理由が丁寧に紹介される一方で、経過措置の適用を選んだ会社への言及はWeb上の記事ベースでわずか3行・・・。

この記事を見て、これまで事務方の説明で「プライムに行きますからねー」ということで了解していたワンマン社長が、「うちもスタンダードでええやないか」と鶴の一声で大混乱・・・なんてことにならないことを願うしかない。

ちなみに、自分の考えについては、既にこれまでのエントリー(↓など)でも書いた通りだから、改めて繰り返すことはしない*2

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

ただ、最近の報道等を見ている中で気になっているのは、「プライムに行くかどうか」の選択をめぐる報道に際して、流通時価総額や流通株式比率、といった上場維持基準の話と、外国人投資家向けの対応や取締役会の構成等のいわゆる「コーポレートガバナンス・コード」周りの話が混ぜこぜにされているケースを良く見かける、ということ。

当ブログの読者の方には改めて説明するまでもないことだが、前者は東証が明確に示した「ルール」*3だから、(特別な救済がない限り)満たせなければ上場廃止になる、というのが大原則なのだが、後者は”comply or explain”の思想の下で示された理念的な規範に過ぎず、目標とすべきものではあっても必ず全てを遵守しなければならない、というものではない

確かに、今年6月の改訂後のコーポレートガバナンス・コード、特に来年4月から適用される「プライム市場向け」の上乗せ原則まで意識すれば、「なんか大変そう」というのが素朴な感想にはなるだろう。

議決権行使プラットフォームは入れないといけない*4、英文での開示をしないといけない、気候変動のリスクについてTCFDの枠組みを使って開示しなければいけない*5、、独立社外取締役は3分の1以上にしたうえで、それをメンバーの過半数とする指名委員会・報酬委員会も設置して権限・役割等を開示しなければいけない・・・といった具合で、これを全て遵守しようと思うと、さすがに足がすくむ。

だが、本当にいきなり最初からこれを全部やらないといけないのか、といえば、全くそんなことはないし、特に気候変動リスクに関しては、TCFDの開示枠組みをはじめ、世界での問題意識自体が未だにあちこちに揺れ動いている状況なのだから、一部のハイパーグローバル企業を除けば、むしろ「待つが勝ち」ともいえる状況にある。

そうは言ったって、エクスプレインだと格好悪い・・・と思って何が何でもコードを墨守しようとするのが、日本人らしいと言えばそれまでなのだが、今まさにコードで求められているのは多様性なのだから、(環境が整うまでは)エクスプレインで何が悪い!という開き直りも当然あってよいはずである。

にもかかわらず、これらの理念的規範へのコンプライを「義務」だと思い込んで、「もういいです、無理です、あきらめます・・・」という流れになっているんだとしたら、なんかもったいないな、と思わずにはいられない*6


冒頭の記事ではフォローされていない12月1日以降、昨日10日までの間、手元の調べでは、新たにプライム上場維持に向けた計画書を提出した会社が35社、一方でスタンダード市場への移行を早々に決めた会社は34社。完全に拮抗した状況が続いている。

それでもまだ基準不適合とされる会社の半数以上が態度未表明、という状況の中、これから形勢はどう動くのか。

今は、巷の担当者の皆様が、たとえクリスマスがなくなったとしても大晦日は無事穏やかに迎えられますように、と心よりお祈りする次第である。

*1:今行っている作業は、その方針に合わせた資料作り、あるいは社内関係者への説明、といった段階に入っていることを願いたい。

*2:リンクを貼る先を明らかに間違えていたので訂正。お恥ずかしい限り・・・。(12/26)

*3:あくまで私的機関である取引所が制定したものだから、これも”ソフトロー”だ、という括りをする方は昔から多いのだが、市場の公的な位置づけを踏まえれば、実質的にはハードローに分類しても差し支えないレベルの話である。

*4:これを運営しているのが東証の子会社であることを考えると、そこに競争法上の問題はないのか?ということを前にも書いた気がするが、それはまたの機会に書くことにする。

*5:これをコンサル等、外部の力を借りてやろうとしたら、かかるコストが8ケタより安くなることは決してないだろう。

*6:もちろん、そんなことは当然理解した上で、「だからって、『どんなに頑張っても時価総額(「流通」時価総額ではない)を100億円以上に持っていける自信ない』なんて言えないでしょ。なので、市場のコンセプトとか何とか理由付けてコメントしてるんですよ・・・。」という会社もそれなりにあるとは思うのだけれど、たとえどんなにストレッチが利きすぎた「経営計画」でも、何も絵を描く努力すらしないよりはマシでしょう・・・というのが自分の考えだし、それが企業の中長期的価値向上に対する経営陣の関心の薄さに由来するのだとしたら、もっとたちの悪い話だと思うところである。

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