最高裁の本音はどこに?~「共通義務確認の訴え」をめぐる判決の射程を考える上で

2010年代の初頭、「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」の構想が初めて世に出てきたとき、産業界は大いにざわついたし、そこに若干かかわっていた自分にもいろいろと思うところはあった*1

幸いなことに2016年の施行後の同法は比較的平穏に運用されており*2、日本国内で地道に活動している会社が日々クラスアクションの脅威に晒される、というような状況は生じていないのだが、一方で本来きちんとこの制度のターゲットにされるべき”悪質商法”系の事案で使われていない、というのもどうなのかな・・・と思っていたところで、今月、最高裁がそれなりにインパクトのある破棄差戻判決を出している。

問題となった行為は平成28年の法施行当時から行われていたもので、それが2019年の提訴を経て足掛け5年近く経った末に地裁に審理差し戻し、というこの制度の運用のハードルを象徴するような事件ではあるのだが、法制定前から議論されていた

「共通義務確認の訴え」(令和4年改正前法2条4号)

「消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害について、事業者が、これらの消費者に対し、これらの消費者に共通する事実上及び法律上の原因に基づき、個々の消費者の事情によりその金銭の支払請求に理由がない場合を除いて、金銭を支払う義務を負うべきことの確認を求める訴えをいう。」

却下要件(法3条4項)

「裁判所は、共通義務確認の訴えに係る請求を認容する判決をしたとしても、事案の性質、当該判決を前提とする簡易確定手続において予想される主張及び立証の内容その他の事情を考慮して、当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるときは、共通義務確認の訴えの全部又は一部を却下することができる。」

といった要件に関して、原告側にとっての間口をやや広げた(?)ようにも見えるこの判決の内容をちょっと見ておくことにしたい。

最三小判令和6年3月12日(令和4年(受)1041号)*3

本件は「特定非営利活動法人消費者機構日本」が提訴した事件だが、最高裁判決に引用された「原審の確定した事実関係」によると、

・被上告人会社は「仮想通貨バイブル」と称するDVD5巻セット(価格は4万9800円又は5万9800円)及びそれにVIPクラスと称する複数の特典を付加したもの(価格は9万8000円)の購入を勧誘するためのウェブサイトを設け、これらの商品の販売を開始した。


・ウェブサイト上には説明、購入勧誘文言として、「ハイパーミリオネア・Y1が参加者にわずか3ヶ月で16億円稼がせた“秘密の手続き”で日本人全員を億万長者にする歴史的プロジェクトが遂に始動!」、「これからあなたに実践者がたった半年ほどの間に16億円も稼いでしまった日本初公開の最新の方法をお伝えしていこうと思います。すでに実践中の彼らは3年以内に確実に億万長者になると断言します。」、「史上最高のタイミング、史上最高の指導者による塾生に3ヶ月で16億円稼がせたノウハウを完全解説した『仮想通貨バイブル』を公開します…この教材は『暗号通貨で稼ぐ』ことに特化した世界初の教材です。」、「より『確実』に、より『早く』億万長者になりたいという方を対象としたVIPクラスをご用意しました。」等が掲載されていた。


・被上告人会社は、本件商品の購入者に対し、パルテノンコースと称するサービス(購入者にハイスピード自動AIシステムと称するサービス等を提供するものであり、上記購入者が上記システムにログインして投資額等を設定することにより、特定のトレーダーが行う金融取引と同様の取引を行うことができるというもの)を説明する内容の動画を公開して、販売を開始した(価格は49万8000円)。


・被上告人Y1は、本件動画において、「金融系のシステムが世界で最も進歩している国であるイスラエルのある企業との業務提携が実現し、日本初公開となるシステムを特別に提供することができるようになったのです。」、「あなたがハイスピード自動AIシステムを使ってお金を稼ぐためにやることは簡単な初期設定だけです。」、「AIがあなたの代わりに24時間365日、あなたのお金を増やし続けてくれるのです。」等と説明した。
(強調筆者、以下同じ)

ということで、どこからどう見ても胡散臭いし、まぁ控えめに言って鷺、という話なのだが、不幸にもDVDセットの購入者は約4000人、もっとも高額のパルテノンコースですら約1200人が購入していた、ということで集団訴訟の枠組みに乗ってくることになった。

よく見ると、被上告人側の行為は「投資」そのものの勧誘ではなく、投資に関連した商品・サービスの購入勧誘に過ぎないため、民事訴訟で決着をつけるしかない、という話になったのだろうし、こういう悪質商法を簡易迅速に解決するためにできたのが、消費者訴訟特例法だったはず。

ところが、東京地裁(東京地判令和3年5月14日*4は、「多数性」の要件こそ認めたものの、支配性要件の判断に際して、個々の被害消費者ごとに「過失相殺すべき事情がおよそないとはいえない」とし、「本件各対象消費者の過失の有無や過失相殺割合については,対象消費者ごとに上記の諸般の事情を考慮して認定,判断することが必要であり,個々の対象消費者ごとに相当程度の審理を要する」として3条4項却下をしてしまったことで、話はややこしくなる。

その後、東京高判令和3年12月22日も同じ判断*5をしたことで最高裁までもつれ込むことになったわけだが、上記のような説明の”非常識性”を考慮すれば、そこまで真面目に要件を吟味すべき事案だったのかどうか

そして、最高裁は、(少なくとも自分の感覚では)きわめて全うな地平に本件を引き戻した。

「法は、消費者契約に関して相当多数の消費者に生じた財産的被害を集団的に回復するため、共通義務確認訴訟において、事業者がこれらの消費者に対して共通の原因に基づき金銭の支払義務を負うべきことが確認された場合に、当該訴訟の結果を前提として、簡易確定手続において、対象債権の存否及び内容に関し、個々の消費者の個別の事情について審理判断をすることを予定している(2条4号、7号参照)。そうすると、法3条4項により簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であるとして共通義務確認の訴えを却下することができるのは、個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容、当該争点に関する個々の消費者の個別の事情の共通性及び重要性、想定される審理内容等に照らして、消費者ごとに相当程度の審理を要する場合であると解される。」
「これを本件についてみると、上告人が主張する被上告人らの不法行為の内容は、被上告人らが本件対象消費者に対して仮想通貨に関し誰でも確実に稼ぐことができる簡単な方法があるなどとして、本件各商品につき虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をしてこれらを販売するなどしたというものであるところ、前記事実関係によれば、被上告人らの説明は本件ウェブサイトに掲載された文言や本件動画によって行われたものであるから、本件対象消費者が上記説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯は共通しているということができる上、その説明から生じ得る誤信の内容も共通しているということができる。そして、本件各商品は、投資対象である仮想通貨の内容等を解説し、又は取引のためのシステム等を提供するものにすぎず、仮想通貨への投資そのものではないことからすれば、過失相殺の審理において、本件対象消費者ごとに仮想通貨への投資を含む投資の知識や経験の有無及び程度を考慮する必要性が高いとはいえない。また、本件対象消費者につき、過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合が争われたときには、簡易確定手続を行うこととなる裁判所において、適切な審理運営上の工夫を講ずることも考えられる。これらの事情に照らせば、過失相殺に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。さらに、上記のとおり、本件対象消費者が上記説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯は共通しているところ、上記説明から生じた誤信に基づき本件対象消費者が本件各商品を購入したと考えることには合理性があることに鑑みれば、本件対象消費者ごとに因果関係の存否に関する事情が様々であるとはいえないから、因果関係に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」
「以上によれば、過失相殺及び因果関係に関する審理判断を理由として、本件について、法3条4項にいう「簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当するとした原審の判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。そして、他に予想される当事者の主張等を考慮し、個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容等に照らしても、本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」(PDF3~5頁)

原審が「過失相殺」について真面目に考えすぎて本件を「却下」してしまったために、本判決でもそれに対する反駁にそれなりのボリュームを割いてしまっているし、その中身に関しては一定の議論の余地はある(後述)のだが、最高裁が本当に言いたかったことは”青文字”にした部分に尽きるのではないか、というのが自分の見立てで、要は「勧誘文言があまりに過大で、消費者もそれに飛びつかされて購入してしまったことは明らかなのだから、難しいことは言わずに次のステップの審理に進んでくれ」というのが、最高裁の”本音”だったように思える*6

この判決を「ウェブサイト上の説明で勧誘を行っていれば問答無用で二段階目の手続きに移行する」という趣旨のものと読んでしまうと、それはそれでハレーションは大きい。

また、本判決に付されている「裁判所が講じ得る審理運営上の工夫」に関する林道晴裁判官の補足意見*7、特に、

「当事者多数の訴訟において、仮に過失相殺をするとした場合には、当事者(被害者)ごとに存する事情を分析、整理し、一定の範囲で類型化した上で、これに応じて過失の割合を定めるなどの工夫が行われているところであり、同様の工夫は、簡易確定手続においてもなし得るものと考えられる。」(PDF6頁)

の部分も、これが現に行われている訴訟の結論への納得感が(学者的評価はともかく)当事者双方にとってそこまで高くないことを考えると、このロジックが下級審に「パターン化すれば何とかなるから二段階目に持っていけ」と受け止められても困る、というのはある*8

ただそういった本判決の様々な説示も、「難しく考えすぎた」地裁、高裁を宥め、本件をあるべき解決の道に導くためのレトリックと考えればまぁ仕方ないと思うし、そのようなものとして読まれるべきではないかな、と。

おそらくこの先、本判決は「共通義務確認の訴え」にかかる却下要件の解釈について初めて言及した最高裁判決、として様々な読まれ方をするだろうな、と思うだけに、取り急ぎ書き残しておく次第である。

*1:当時のエントリーは「消費者裁判手続き特例法」は誰に影響を与えるのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:これに関しては、当初から言われていたとおり、「特定適格消費者団体」の活動基盤の弱さも多分に影響していると思われるが、その点についてはここでは触れない。

*3:第三小法廷・長嶺安政裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/808/092808_hanrei.pdf

*4:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/579/090579_hanrei.pdf

*5:判決全文は公開されていないが、最高裁判決で引用された要旨によれば、地裁判決が指摘した「過失相殺」に加えて「因果関係の存否」にまで言及しているようである。

*6:判決を書いたのがリベラル色の強い第三小法廷、ということを考慮すればなおさらである。

*7:珍しく宇賀克也裁判官がこの林裁判官の意見に「同調」している。

*8:集団的被害回復の枠組みに乗せる、ということは、個別事情に照らした被害救済の道を事実上塞ぐ、ということでもあるから、その観点からの運用の慎重さも必要だと自分は思っている。「消費者裁判手続き特例法」は誰に影響を与えるのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

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